▼29:窓際とベッリーナ
アデレードたちが隠れ家に戻ると直ぐにボスからブチャラティへ指令が届いた。
ブチャラティチームに暗殺者チームが接触してきたことはやはりボスの耳に届いていたが、それを攻撃や探りだと捉えられていることはアデレードとブチャラティには都合が良い。
『ポンペイにある犬の絵に隠した乗り物の鍵を手に入れろ』との命令に、ブチャラティはフーゴ、アバッキオ、ジョルノの三人をポンペイへ向かわせた。
アデレードは買ってきたものをナランチャに預け、ブチャラティにホルマジオと会い、隠れ家の場所を教えたことを伝える。
「リゾットたちと繋がっていることをレオーネたちに話さなくて大丈夫だったかしら」
「彼は彼らで勝手に動くと言った。それはこちらの動きに必要以上関わらないと言うことだ。アバッキオたちが暗殺者チーム以外の敵と戦闘にならない限り、彼らは手を貸さないのならこの情報は返って混乱を招く」
「リゾットはね。暗殺者チームの皆がリゾットのように干渉しない訳じゃあない。私はそこを心配してるの」
「アデレードの言うことも解る。馴染みのある奴らのことは君が一番解っているだろう」
「じっと待つのが苦手な人に心当たりがありすぎて」
「例えばプロシュート、とか?」
「そうね、彼はせっかちよ」
「まだ君に好意を持っているしな」
「あら、よく知っているのね」
「教会で」
「うん?」
「教会で彼を見たときにそう感じたんだ」
「そう」
「アデレードはまだ彼を──」
ブチャラティがそう言いかけた時、キッチンからアデレードの名前を呼ぶナランチャの声が響いた。
「Si.……行くわ」
「ああ」
ブチャラティの視線から逃げるように部屋を出たアデレードは逃げるような真似をしてらしくないと溜め息をつきそうになる。次に私らしさとは何かと思い留まり、引いてはプロシュートの顔がちらついてしまい、意識から振り落とすように首を振った。
「ナランチャ」
キッチンにいるナランチャに声をかけると、彼はトリッシュ用のサラダを持って何やら悩んでいるようだった。
「ああ、アデレード!これって彼女の?」
「トリッシュが希望したものよ。私が持っていくわ」
「そう?じゃあ頼むな」
「Si,化粧品は何処かしら?あとサラミも」
「ほいよ」
「Grazie.」
アデレードはナランチャから買い物袋とサラミを受け取り、二階へと向かう。
変わらずトリッシュの部屋の前に立つミスタに買ってきたばかりのサラミを渡すと、Grazie!とミスタからバーチを送られた。
ドアをノックし、返事を待って中へ入る。
トリッシュは窓際に立っていた。
「トリッシュ」
「“窓から離れて”でしょ」
アデレードは平然とベッドに移動するトリッシュを苛立ちもせずに見つめ、テーブルに買い物袋を置きひとつずつ取り出して見せる。
「頼まれたものよ。ハンカチ、ストッキング、フランス産のミネラルウォーター、イタリアンヴォーグの最新刊、GIVENCHYの頬紅2番。あとカニが好きだと言っていたから、カニのサラダを買ってきたわ。レモンビネガーのドレッシングよ。こっちはパニーニ。まだ温かいわ。食べる?」
「……ええ」
トリッシュが小さく頷いたので、アデレードは荷物を一度袋へ戻してテーブルを動かした。
このテーブルは些か窓に近い。一脚しかない椅子も移動してトリッシュを促す。
アデレードはてきぱきと手を動かし、サラダの蓋を開け、パニーニの包みを開いて食事の準備を整えた。
ミネラルウォーターのボトルにストローを差すのも忘れない。
「Buon appetito.」
「……Grazie.」
トリッシュが小さく呟く。この状況に弱さを見せまいと強がる彼女の気持ちは解る。
見知らぬ男たちの中に放り込まれた経験はアデレードにもある。
だがアデレードはそれを安易に口にはしなかった。こうした同調をトリッシュは好まないだろう。
アデレードは窓際の影に立ち、外を窺う。
長閑なブドウ畑が広がるだけで、怪しい人影などは見当たらない。居場所を教えたホルマジオならスタンド能力でいくらでも隠れられるだろうが、ここを見張っているのが彼とは限らない。
「ねぇ、窓……」
「なぁに、トリッシュ?」
「窓の傍は危険なんじゃあないの?」
「大丈夫よ。もし弾丸が飛んできても私が受けるから」
アデレードの返事にトリッシュは眉をひそめてツンと唇を尖らせた。
その表情にアデレードがああ、と頷く。
「心配してくれたのね。ありがとう」
「……別に」
トリッシュはそっぽを向いたままパニーニを食べ始める。
その横顔を見てアデレードはクスリと笑って窓際から離れた。
prev | next
back