▼18:暗殺者チームとベッリーナ

「アデレード、ワイン足りてるか?」

「アデレード、ピザ取ってやるよ」

「アデレードの服が汚れるのは許可しない。ナプキンを敷くといい」

「アデレードのトリッパ、ディ・モールト美味い」

「オイ、アデレード。そのオリーブ、俺にも寄越せ」

「アデレードのミネストローネだ、ジェラート」

「あぁ。これが食いたかったんだ、ソルベ」

「アデレード、ここ座れ。ペッシ、空けろ」

「へ、ヘィッ!兄貴!あ、姉貴、どうぞ」

「……姉貴って呼ばないで」

夕食時には全員アジトに集まったメンバーが口々にアデレードに話しかける。アデレードは一人一人に返事をすることを諦めて、取り敢えずペッシの呼び方を訂正した。
アデレードがしゅんとするペッシの頬をむにむにと掴み口唇の端を指で押し上げて笑顔を作る。

「すぐに下を向かないの。笑った方がチャーミングよ、ペッシ」

「は、はいッ!ヒィッ!?」

アデレードに言われてペッシが笑って顔を上げると、アデレードの背後にギリギリとこちらを睨むメンバーが見えて思わず叫んでしまう。
険悪なムードの中、アデレードは気にも留めずにプロシュートの隣へ腰を下ろした。

「リゾット、ワインを注いでくれる?ホルマジオ、ピザはひときれでいいわ。Grazie,イルーゾォ。メローネ、ギアッチョにオリーブを渡してちょうだい。ソルベとジェラートは本当にミネストローネ好きね」

アデレードが長い脚を組みながら未だにペッシを凝視するメンバーにそれぞれ先程の返事をすると、一斉にパッと行動したり笑顔になったりする。強面の男たちのそんな様子がなんとも愉快で思わず笑ったアデレードの髪をプロシュートがさらりと掬った。

「仕事入れられた時には最悪だったが……アデレードの笑顔のおかげで今は良い気分だぜ、Gioia mia」

「相変わらず忙しいのね。怪我はないの?」

“俺の喜び”と呼ばれてもアデレードは動じずにリゾットが注いでくれたワインを一口飲む。「俺らの前で堂々とアデレード口説いてんじゃあねェ」と野次を無視して、掬ったアデレードの髪の一房にそっとくちづけするプロシュートの表情は柔らかい。

「心配してくれんのか?優しいな、アデレードはよォ。ほら、こっち乗れよ」

「乗らないわよ」

自分の膝をバシバシ叩いて誘っても即答で断るアデレードに、プロシュートは怒ることもなく楽しそうにくつくつと笑った。
キスを落としたアデレードの髪をそっと耳にかけてやる。

「やっぱり良い女だな、アデレード。そうでなきゃいけねぇ」

「そうね。あなたが私をそう作ったんだものね、自慢でしょう」

「皮肉るアデレードも綺麗だぜ、益々惹かれちまう」

「ゥエッ!」

ひとり盛り上がるプロシュートを見兼ねて、メローネが露骨に不快感を露にした。アデレードの髪を撫でながらプロシュートは目だけを動かして舌を出してえづく真似をするメローネをギロリと睨む。

「……プロシュート、食べにくいわ」

「あァ?そりゃ悪かったな。ほらよ」

プロシュートに片腕を肩に回され片手で髪を撫でられ至近距離で口説かれているアデレードは料理に手を伸ばすことが出来ずにワイングラスをくるくると回した。
ホルマジオが取り分けてくれたピザは冷えていく一方で、指摘すると謝ったプロシュートがピザをちぎってアデレードの口許へ持ってきた。

「そうじゃあないの」

「良いじゃあねぇか。口開けろ。ほら、入れてやるよ」

「ねぇ、ソルベ。今の発言はコンプライアンス的に不味くない?」

「いや、ジェラート。コンプライアンス以前にセクハラに近いな」

「うるせぇぞ、お前らがそれ言うか?あァ?」

「プロシュート、ソルベとジェラートの言う通りだ。折角帰って来たアデレードを不愉快にさせるな」

「……チッ!」

茶化すソルベとジェラートに食って掛かるプロシュートをリゾットが仲裁して止める。アデレードの名前を出されてはプロシュートもそれ以上絡むことはなく盛大な舌打ちを残して煙草に火を着けた。
ふーっと吐き出される紫煙に、アデレードは少し眉をひそめて黙って皿とグラスを持ってイルーゾォの隣へと移動する。

「おい。何で黙って移動してんだよ。つーか何でイルーゾォの隣なんだよ」

「煙いわ。イルーゾォは煙草吸わないし悪酔いしないもの」

「プロシュート、悪く思うなよ。アデレードの判断だ。アデレード、ブルスケッタ食うか?」

「Grazie,イルーゾォ。食べたいわ」

ほら、とイルーゾォがアデレードの取り皿にブルスケッタを取ってやると、微笑むアデレードにイルーゾォの頬も緩んだ。
イルーゾォはブルスケッタを口に運ぶアデレードの横顔をじっと見つめる。以前の暮らしに戻ったようで嬉しかった。

「……イルーゾォ、そんなに見つめらちゃあ食べにくいわ」

「あぁ。すまんな。昔みたいだと思ってな」

「私、そんなに成長してないかしら?」

「いや前よりもずっと綺麗になったさ」

「はいはい、そこまでー!」

「さっきっからよォ〜!お前らはアデレードを口説かずに飯くらい食えねぇのかよーッ!」

イルーゾォとアデレードの間にメローネとギアッチョがカットインしてくる。

「アデレードみたいなベッラを前に口説くなって言う方が無理だぜ、ギアッチョ。イタリアーノの血が泣くぜ〜?」

「血が泣くってよォ……どういうことだぁぁ〜〜〜ッ!?血は泣くモンじゃあなくて流すモンだろうがよーーッ!!ナメやがって、この言葉ーーッ!ムカつくぜーッ!クソッ!」

「うわ、出たよ」

ホルマジオの言葉にギアッチョのセンサーが反応してしまったことをメローネがまたか、と呆れた表情をする。
キレたギアッチョがソファを思いっきり蹴ると、その衝撃でアデレードの持っていたグラスが揺れ中身が溢れた。
ぱしゃり、と赤ワインがアデレードの手首にかかる。

「あっ、」

「アデレード、大丈夫か?」

「ん、服にはかかってないわ」

「舐めてあげようか?」

「結構よ、メローネ。手を洗ってくるわね」

膝にナプキンを敷いていたお陰でワインはアデレードの手首を濡らしただけで済んだ。舌舐めずりをするメローネをスルーしてアデレードはささっとナプキンで拭いてから立ち上がる。

「……悪かったな……」

Va bene(気にしないで)、ギアッチョ」

アデレードはくすりと微笑みながら気まずそうに俯くギアッチョの水色の巻き毛を一撫でして、洗面台へと向かった。
ぱたん、とドアの閉まる音がして水の流れる音が聞こえてくる。
それまで殆ど口を挟まなかったリゾットが「さて」と低い声で呟けば、その気配にメンバー全員がびくりとする。

「お前ら、アデレードが帰って来て浮かれるのは解るが、不愉快な思いはさせるな。──戻ってきて欲しいのなら焦らずに確実にだ」

リゾットの付け加えられた言葉にメンバー全員の口角がゆっくりと上がった。




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