▼09:オンブラとベッリーナ

アバッキオがムーディー・ブルースで見た通り、2年前事件に巻き込まれたアデレードはそこでスタンドを発現させ襲ってきた男3人をスタンドで殺した。
シャドウ・デイジーが泣き叫ぶ男たちを食い散らかす光景をアデレードはただじっと見ていた。
男たちの生きる音がしなくなり、頬についた返り血をシャドウ・デイジーにぺろぺろと舐められる。
ざらりとした舌の感触に自分が血溜まりの中に座っていることにやっと気付いた。
自分の影から伸びるシャドウ・デイジーと身体から迸るヘリオトロープのオーラにアデレードが戸惑っていると、カツンと革靴の音が響く。
廃墟の入り口を見ると、月の光を背にして金髪の男が立っていた。
月光を浴びた金髪がキラキラと輝き、アデレードは一瞬悪魔が迎えに来たのだと思った。
実際彼は悪魔に違いなかったと後になって知るのだが、この時のアデレードは近づいてくる男をただぼんやりと見つめていた。
彼女の傍でシャドウ・デイジーがぐるぐると威嚇するように鳴いている。

「派手にやったな、Signorina(お嬢ちゃん).」

3人の男の死体をちらりと見ただけで金髪の男は視線をすぐにアデレードに戻す。
男の足元に目がびっしりついた上半身だけをゆらゆら揺らす怪物がいて、アデレードは目が離せない。

「……こいつが見えてんだろ?」

男の質問にアデレードが小さく頷くと、男ははぁと溜め息をついて取り出したピストルの銃口をアデレードに向けた。
アデレードがびくりと肩を跳ね上がらせるとシャドウ・デイジーの鳴き声が一層大きくなり、今にも飛びかかりそうな体勢になる。

「Signorina.アンタ何者だ?売られそうになった女がどうしてスタンドを使える?」

「……スタンド?」

「俺やアンタの傍にいるやつのことだ。……その様子だと何にも知らねぇみてぇだな。何があったか全部言ってみな」

アデレードに照準を定めていた銃口を反らして男が顎で話せ、と促す。
銃口が離れたことでアデレードが一安心したからかシャドウ・デイジーも警戒音を止めた。
起きたことを全て話すと、男は少し考え込むように顎に手を置いて黙る。

「……アンタにはふたつの選択肢がある。このまま俺に殺されるか、俺たちの傍でギャングになるか。選べ」

「……ギャング……」

アデレードはアバッキオのことを思い出した。つい先日ギャングになった従弟をなじったばかりだ。
だがこのまま殺されるのは嫌だと思った。
アデレードは真っ直ぐに男を見つめて答える。

「あなたについていく」

「そうかい」

そう言って笑う男はアデレードに近付いて、自分の着ていたジャケットをアデレードの肩に掛けた。
仕立ての良いスーツからは香水と男の匂いに混じって血の匂いがしたが、血溜まりに座っていたアデレードには気にならないことだった。
寧ろ彼の服をついている血で汚してしまうのではないかとそちらの方が気になった。

「汚してしまうわ」

「今更服のひとつやふたつ構わねぇさ。返り血浴びた半裸の女もセクシーだが、夜は冷える。着てな。女は身体を冷やすもんじゃあねぇ」

「……Grazie.」

改めて自分の姿を見ると、上半身は剥ぎ取られそうになったブラが辛うじて引っ掛かってる状態、スカートはビリビリに破かれているという酷い有り様だった。
肩に掛けられたジャケットを前で押さえて立とうとすると、男が手を貸してくれる。力の入りきらない足がふらついた。

「靴、片方ねぇな。どこだ?……あぁ、あったな」

男は辺りを見回すと、アデレードの脱げた靴が少し離れた場所に落ちていた。
すると足元にいたシャドウ・デイジーが影の中を走って靴を咥えて戻ってくる。
男が手を差し出すと、シャドウ・デイジーは咥えている靴を男の手の上に置いた。

Brava(いい子だ).」

男がシャドウ・デイジーを撫でる。先程まであんなに警戒していたのに今では気持ち良さそうに撫でられている。

「あぁ、駄目だなこりゃ。ヒールが折れてやがる」

お気に入りだったJIMMY CHOOのパンプスは男の言うとおり10pのヒールが無残にポキリと折れていた。

「仕方ねぇな」

男はそう言ってアデレードの身体を横抱きにした。
剥き出しの膝裏に男の腕が触れてぞわりとする。
アデレードを抱き抱えたまま歩き出した男がちらりとアデレードを見下ろした。

「気分悪いか?吐くなら下ろす」

「……吐きそうになったら言うわ」

「そこまで強気なら問題ねぇな。Signorina,名前は?」

「……アデレード。あなたは?」

「プロシュート」

「プロ、シュート?」

「コードネームだ。チームのリーダー以外は全員コードネームで呼びあってる。本名を知る必要がねぇからな」

プロシュートは停めてあった真っ赤なロードスターの助手席にアデレードを下ろす。
トランクに入っていたタオルをアデレードに投げて寄越すと、彼も運転席に乗り込んだ。
走り出した車内で、アデレードはコンパクトを取り出してタオルで返り血を拭く。
既に血は乾いていて擦っても落ちそうにない。諦めてタオルで破れていたスカートを隠した。
ストッキングも伝線し破れている。片方だけ履いていたヒールもついでに脱いだ。

「悪いがこのまま仲間の所へ戻る」

「……この格好で?」

「だから悪いがって言っただろうがよ。必要な服や靴なんかは適当に俺が買ってやる。それで文句ねぇだろ、オンブラ」

Ombra()?」

「アデレードのコードネームだ。今日からお前のことをそう呼ぶ」

影を支配出来るアデレードにぴったりだろと笑ったプロシュートの顔をアデレードは今でも覚えている。



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