自転と公転が同期するとき


今年の正月、というかあの初詣以降、ついに名前が鳴を名前で呼ぶようになった。つまりは二人がそういう関係に落ち着いたということで。
それから数ヶ月経ち、季節は春に。俺と名前は無事2年生に進級。鳴と名前の関係は一見良好に見えていたが、春大が近づくにつれ名前が頭を抱えて悩むことが増えた。まぁ、当然と言えば当然の結果である。

「なんで青道と稲実って同じブロックなわけ?ほんと最悪なんだけど。稲実の校舎、東地区に引っ越してくんないかな」
「今更何言ってんの?つーか物理的に無理だろ」
「っていうかこれから後2年も悩まなきゃいけないわけ?今年の春と夏と秋と、来年の春と夏…?最悪じゃん…もう今から死にそうだわ」
「知らねーよ!」

朝のホームルーム前から机に突っ伏してブツブツ呟く幼馴染に深い溜息を一つ。だいたい付き合った時点でこうなることは分かってただろ、追い討ちをかけるようにそう言ってやれば「そうなんだけどさ、でも、あぁ〜」と情けない声が続いた。

「でも一つ言えることは血迷ってマネになんなくてよかったって事かな。危うく二重スパイになるとこだったわー」
「はっはっは、お前スコア読めねーし書けねーからどうせ無理だったろ」

それこそ何言ってんだと言わんばかりに笑い飛ばすと今度は鬼の形相で睨まれた。だってお前、変化球の種類もよく分かってねーじゃん。

「まぁ、こうなった以上はお互いの情報バラさないように極力野球の話はしないから安心してね」
「別にそんな事心配してねぇけど」
「でもいい顔しない人もいるだろうしさ」

突っ伏していた身体を起こした名前はフゥ、と軽い溜息を吐く。青道でチアをやってる御幸一也の幼馴染が稲実のエース成宮鳴と付き合っている。これは今のところ俺しか知らない事実。だけどそれが周囲に明るみになれば名前の言うようにそれを良く思わないやつが出てくるかもしれない。自分のチームを応援してくれるはずのチアメンバーがライバル校のエースの彼女なんて、はたから見れば確かにおかしな話だ。
明るいだけが取り柄の彼女の表情に翳りが見える。俺にも鳴にも迷惑をかけたくない、ただその一心だということが手に取るように分かった。

「…俺が稲実行ってれば、お前も一緒に稲実来てた?」
「なんで?」
「そしたらこんなことで悩まなくて済んだのにな」

シニア時代、鳴に声をかけられて稲実に誘われた時のことを思い出す。もしもあのまま縦に首を振っていたら、今とは違う未来があったかもしれない。
なんて、くだらないことを想像したところで名前が喜ぶはずがない。そんなの言わなくたって、分かってたことだけど。

「別に一也のために青道に決めたわけじゃないから。それに一也には稲実の白キャップより青道の紺キャップの方が似合ってるよ」
「ふーん…そっか」

あくまでも自分で選んだ道。迷いのない目で見つめられながら名前が発した言葉は俺の胸にストンと落ちた。
俺も名前も、誰かのために青道を選んだわけじゃない。自分がどこで何をすべきかは、自分で選んで決めるのだ。

「一也」
「ん?」
「鳴と出会わせてくれてありがとね」

そう言って柔らかく笑う名前の表情からは後悔の色は微塵も感じられない。これからの行く末を悩みつつも、これでよかったんだと言っているようにも見えた。

「どういたしまして?」

反射的に定型文のような返事をしてしまい、語尾にハテナがついてしまう。出会わせてくれた、って、俺何もしてねーし。お前らが勝手に出会って勝手に喧嘩始めたところから既に色々始まってたんだと思うけどな。なんて、懐かしい過去の一ページを思い出してみる。

「今更だけど元彼と今彼か〜なんか複雑…」
「え?なんて?」
「いや別に。名前が幸せならそれでいーよ」

名前の頭に手を伸ばしてぽんぽんと軽く撫でてやる。艶のある髪の毛がふわふわと上下するのを見て、何故か中学時代に戻ったような気分だった。

「何、もしかして今更惜しくなった?」
「はぁ?お前みたいなうるせーやつ二度とゴメンだわ…」
「なんだと!?」
「うるさいのは沢村で充分、もうこれ以上のお守りは俺には無理」
「あんなバカと一緒にしないで!」

オイオイひでーな。もしかしたら未来のエースになるかもしれねぇってのに。
まだ入部して間もないのに名前にすらバカ扱いされる沢村がほんの少し不憫だと思った。

春が終われば当然のように夏が来る。その時名前は、どこで、誰を想っているのだろうか。


(20210118)
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