連続スペクトルの分析


「御幸ー、お客さんだぞ」

土曜の夜、食堂で夕食を待ちながらスコアブックを睨んでいると倉持に声をかけられた。客?誰だよ、そう返しながら扉の方へ視線を移すと、名前が息を切らしながら「ちょっと顔貸して」と俺を睨んでいた。







寮母さんに「あとで食べにくるから」と告げて食堂を後にし、名前を引き連れて近くの土手まで移動する。グラウンドに続く石階段の端に腰を下ろして「で?土曜にわざわざ寮まで押しかけてくるなんて何があったんだよ」そう問うと、名前は柄にもなくモジモジしながら呟いた。

「成宮に、キスされた…!」
「ブフッ、え、は?」

予想の斜め上を行く返答に驚くどころか吹き出してしまった。いやいや、お前らいつの間にそんなことになってんだよ。
鳴のメールや名前の態度から、確かに最近距離が縮まったなぁなんて思ってたけど。まさかこんな急激に事が進むとはさすがの俺もびっくりだ。

「でもキスされたってことはそういう関係になったってことだよな、だったらなんでそんな怒ってんだ?」

モジモジしてた割にはどこか苛立っている。その矛盾した態度が理解できずにそう問うと「いきなり襲われたの!」と反論された。

「え?いきなり?」
「無理矢理ね!犯罪だよ!」

名前はそう叫びながら再び顔を赤らめる。それから何を思い出したのか、わっと掌で顔を覆う様子に呆れて言葉を失った。怒ったり照れたり忙しい奴だな。お前どんだけ激しいキスされたんだよ、見てるこっちが恥ずかしーんだけど。

「…つーか何で無理矢理?どういう経緯?」
「なんか…話の流れで一也と付き合ってたことがバレて、いきなり…?」
「えぇ〜何でバラすんだよ…」
「カマかけられたんだよ!つい顔に出ちゃったんだから仕方ないじゃん!」

そんなのただの嫉妬だろ。完璧に俺のせいじゃねーか。
ポケットからケータイを取り出して恐る恐る画面を確認するが今のところ音沙汰はない。とりあえずホッとしてみるが、鳴からのリアクションが恐ろしくなって未来の自分を想像したら頭が痛くなった。俺、殺されるんじゃね?

「は〜〜俺も罪な男だなぁ」
「自分で言うな」
「つーかファーストキスじゃあるまいし、そんなことでいちいち赤面してんじゃねーよ」
「ほっといて!」

なんなら慣れるために俺が久々にしてやろーか?ニヤリと笑いながらそう言ってやれば「結構です!」とばっさり断られてしまった。冗談だよ、バカ。

「ていうかそういうこと軽々しく言わないでよ、一也と付き合ってたの、青道のみんなには内緒にしてんだから…!」
「ハイハイ、そーでした」

溜息を吐きながら冬の空を見上げてみる。今日は朝から曇りっぱなしで、見上げた先には星どころか月すら見えない鈍色の曇天が広がっていた。ハァ、という音と共に白い吐息は空に溶けて消えていく。名前は相変わらず体育座りで身体を縮めたまま、口を固く結んでいた。

「で?いきなりキスされて終わりじゃないんだろ?」
「…告白も、された」
「なんだ、じゃあ話が早いじゃねーか」
「でも逃げて来ちゃった」
「はぁ?」
「成宮だよ?あの成宮がわたしのこと好きって!信じられる!?」
「信じるも何も、鳴が自分でそう言ったんだろ?アイツがそんな嘘つく奴だと思うか?」
「そうだけど…」

まぁ、中学時代の最悪の初対面に始まり、この夏の再会の印象も互いに悪かっただろうし、現状とのギャップに戸惑うってのが分からねぇこともねーけどな。
でも、だからって鳴の告白を無下にしていいことにはなんねーし、そもそも名前だって鳴と同じ想いの筈なんだ。第三者である俺の目から見たって明白なのに、なんでそうやって隠そうとすんのかねぇ。

「いい加減お前も素直になれよ」
「ぐぅ…だって、そんな今更…!」
「いやいや、俺はとっくに気付いてたけど?」

そんなに赤面して唸られても、顔に出過ぎだしバレバレなんだけどな。
どいつもこいつも、頑固だねぇ。


(20110113)
prev top next

- ナノ -