きみのせいだよ

 
 危うく唇を奪われそうになったところを必死の思いで阻止するも、その後の車内は何とも言えない気まずい空気になってしまった。本当に勘弁してほしい。それを仕切り直すべく向かったのは近くのコンビニで、何か温かい飲み物でも飲みながら小腹を満たそうということになった。
 純粋な寒さ対策なのか、はたまた身バレ防止目的なのか。ネックウォーマーで口元を覆った御幸先輩の隣を歩き、慣れ親しんだコンビニで温かいお茶と肉まんをそれぞれ1つずつ購入した。車に戻り、冷めないうちにと早速購入品を口に運ぶ。あつあつの肉まんを頬張り、更にお茶でそれを胃に流し込むと、身体の芯からじわじわと暖まるようだった。

「沁みるな〜〜」
「ほんとですね」

 先程の気まずい空気はどこへやら。のんびりゆっくりまったり。そんな雰囲気が車内に充満。
 いつもこんな感じなら、変に気構えないで済むのにな。なんて考えてしまったわたしが愚かだった。御幸先輩と一緒にいると、いつも変な方向に話が進んでいくのが定番なのに。

「なぁ」
「はい?」
「明日ってなんか用事あんの?」
「特にないですけど」
「ふーん……」

 突拍子もない質問、そして意味深な表情と感嘆詞。その先は何を言われるのだろう。それを推測して、少しだけ困った。

「予定ないなら、帰したくねぇな〜〜」
「またそういうこと言う……」
「本気なんだけど?」

 大胆発言に精一杯の皮肉を返してみるも、間髪入れずに追い討ちを食らってしまった。その顔はずるい。真っ直ぐにわたしを見つめる大きな瞳から、目が逸らせない。

「何にもしねぇから朝まで一緒にいてよ」

 年上のくせに、まるで甘えるような口振り。今までに聞いたことのない弱気な声音と台詞に眩暈がしそうだった。
 ごくりと生唾を飲み込んで、先程の言葉を脳内で反芻する。朝まで一緒に、って。一体、どこでどう過ごすつもりなんだろう。そこで手を出されなかったら、わたしに対して本気だっていうことなのかな。

「……ほんとに何もしないんですか?」

 思わず溢れてしまった本音にハッとする。これじゃまるで、手を出して欲しいみたいじゃないか。
 慌てて訂正しようとすると、御幸先輩は「あ〜〜」とか「なんだよ、も〜〜」なんて声をあげ、頭を抱えながらハンドルに上半身を預けて突っ伏してしまった。分からない。なんだそれは。一体どういう反応なのだろう。

「そんな顔してそんなこと言うなよな……」
「はい?」
「俺の息子元気になっちゃっただろ〜〜」

 随分と親父臭い言い回しだが、その言葉の意味するところはわたしにだって分かる。自然と視線が向かう先は、前屈みになった先輩の腰元で。

「どこ見てんだよ、すけべ」
「はぁ?先輩が変なこと言うからでしょ!?」

 さっきまでの甘い空気が台無しだ!

 頬が熱い。脈が速い。この人といると、いつも精神が乱される。焦りを怒りへ誤魔化すように、思わず手に持っていたペットボトルをフルスイング。気付いた時には、大事な商売道具である先輩の二の腕を殴っていた。


(20220723/#1週間で2個書き隊「きみのせいだよ」より)

prev next
- ナノ -