人生相談

 ツンケンした態度を一貫しているとさすがの御幸先輩も精神的にこたえたらしい。駐車場に停めていた車に乗り込むや否や「お前がそんなに怖い話ダメだと思わなかったんだよ、悪かったって…….」と運転席から弱々しい声が聞こえてきて、一応は反省している様子が伺えた。怒っておいておかしな話だが、それがなんだか可哀想に見えたものだから「もういいですよ」と溜息混じりに許すほかなかった。

「……この公園、よく来るんですか?」
「いや?初めてだけど」
「ふぅん……そんなこと言って、他にも女の人沢山連れてきてたりするんじゃないんですか?」
「は?」

 思わず発してしまったのはチクリとした嫌味。あぁ、やってしまった。また可愛くないことを言ってしまったな。

「俺がそんな女遊びしてるように見える?」
「分かんないですけど、女性には不自由してなさそうだな〜〜とは思います」
「そんな暇ねぇよ、プロ野球選手って言ってもまだ2軍だし。こちとら1軍に上がりたくて必死なんだぞ?それに怪我とか故障でいつ首切られるか分かんねー世界だから、割と真面目に練習三昧よ?」

 掌を車の天井に向けながらおどけてみせる御幸先輩は嘘をついているようには見えなかった。失礼なことを言ってしまったな、と反省をしつつも、頭に浮かぶのは素朴な疑問。

「なんで、わたしなんか誘ったんですか」
「……二人で話がしたかったんだよ。なんつーか、お前といると落ち着くんだよな」
「えぇ……何それ」
「元々顔見知りだからか変に気ィ使わなくて済むし、何より話しやすいからさ」

 だからついからかっちゃうんだよなー、ごめんな?と続ける御幸先輩はかつての高校時代の主将の顔をしていた。こういうところは変わってないな、と思う。いくらプロ野球選手になろうと、住む世界が変わろうと、この人の根っこは変わっていない。そう信じてみたくなった。

「みょうじは?夢とかあんの?」
「え?夢、ですか」

 唐突に聞かれたのは予想もしない未来の話。プロ野球選手という大層な夢を叶えた御幸先輩相手に、平凡なわたしのちっぽけな夢を語るというのはいかがなものか。一瞬、そうためらうが、この人は多分馬鹿になんてしないだろう。そう確信し、夢と呼ぶには小さすぎますけど、と前置きしながらおずおずと口を開いた。

「……就職したら、初任給で両親にご飯をご馳走したいなって思ってるくらいですかね。高校も大学も私立に通わせてもらったから金銭面で沢山迷惑かけたと思うんで、恩返しっていうか……ちょっとずつ親孝行したいんですよ」
「ふーん?」
「なんですか」
「いや、俺とおんなじだなーと思って」

 返ってきたのは予想外の答え。同じ?何がですか?と聞き返してみるも「いや、なんでもない」とはぐらかされてしまうだけ。そういえば御幸先輩ってお母さんいないんだったっけ。もしかしてプロ野球選手になったのは、お父さんのためなのだろうか。そんな考えが頭に浮かぶも、この手の話の深入りは野暮だと思いそれ以上追及しないことを選んだ。

「当分先の話だけど親御さんに喜んでもらえるといいな」
「そうですね」
「楽しみだな」

 ふっと笑う横顔が妙に優しくてなんとなく恥ずかしい。思わず視線を逸らし、履いていたスカートをぎゅっと握った。危ない危ない、不意打ちの笑顔は心臓に悪い。なんとかしてこの密閉された車内の空気を変えなければ。その思いから生まれたのは、特に意味のない提案だった。

「あー、あの、座席、後ろに下げてもいいですか?」

 ちょっと窮屈だったんですよね、なんて言いながら忙しなく身体を動かしてレバーを探す。あれ、シートを後ろに動かすのってどうやるんだっけ。窓際に頭を傾けながら手当たり次第にレバーを探っていると「いや、そっちは違う」という声が耳元で聞こえた。

「え、コレじゃな……ぎゃあ!」
「うおっ」

 二人の叫び声と共に、ガタンと音を立てて大きく後ろへ倒れたわたしのシート。どうやら間違えてリクライニングレバーを引いてしまったらしい。腕を預けていた御幸先輩も巻き添えになった結果、倒れたわたしに覆い被さる形になってしまった。ともすれば唇が触れてしまいそうなほど近くなった距離に、思わず息を呑む。

「………」
「………」
「ラッキースケベってやつ?」
「多分違います」
「せっかくだしキスくらいしとくか」
「何言ってるんですか!?」

 ぐっと距離を詰めようとしてくる御幸先輩の胸元を押しながら「退いてください!」と訴えてみるも眼鏡の奥はニヤニヤと笑うばかり。さっきまでの真面目な空気はどこへ行った。本気なのか冗談なのか分からない、この人のこういう発言はやっぱり苦手だと思った。


(20210804/#1週間で2個書き隊「人生相談」より)

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