ひみつの逢引き

 想定外過ぎる展開の数々に精神を乱され振り回され、やっとのことで迎えたお開きの時間。やれやれ、これでようやく日常に戻れるのか……玄関先で靴を履きながら内心ほっと息をついていたわたしだったが、次の瞬間聞こえてきたのはささやかな平穏を脅かす新たなる火種だった。

「近くに車停めてるから送るわ」
「エッ、いいですよ」
「は?なんで?」

 上着のポケットから車のキーを取り出す御幸先輩は眉根を寄せて首を傾げた。なんで?って、そんな事いちいち聞き返さないで欲しい。これ以上一緒にいると先輩のペースに巻き込まれておかしくなるからに決まってるじゃないか。なんて言えやしないのだから。

「駅よりコインパーキングの方が近いけど?」
「だ、だったら倉持先輩も一緒に、」
「アイツ用事があるとかでとっくに帰ったぞ」
「嘘!?」

 せめて二人きりは避けたい、そう思い倉持先輩を巻き添えにしようとしてみるも確かに姿が見えない。焦って沢村に視線をやるも、ウンウンと頷いて御幸先輩に同意するのみ。どうやら先に帰ってしまったというのは本当らしい。なんてこった。
 呆然と立ち尽くすわたしの腕を引いて「ホラ行くぞ」と声をかけてくる御幸先輩、そんなわたしたちを見送りながら「またな〜」と笑顔で手を振る沢村。玄関のドアが閉まる音が、いつまでも頭の中で虚しく響いていた。





「一晩同じベッドで寝た仲なのにな〜〜そんなに俺のこと嫌いかよ〜〜へこむわ〜〜」
「別に、そういう訳では……」

 全力で遠慮していたものの結局断りきれず、いつかの夜のように助手席に押し込まれてしまったわたし。拒絶されていると感じたらしい御幸先輩はこれでもかと言わんばかりに「傷付いた」アピールをしてくるが、機嫌を損ねた子供みたいで正直面倒だと思った。
 エンジンがかかり、車がゆっくりと走り出す。車内が無言になりなんとなく気まずい。居た堪れなくなって膝の上に置いていたカバンを抱えるように身を屈めると、運転席の御幸先輩は呆れたように口を開いた。

「そんなに警戒しなくても何もしねぇよ……外だしこんな時間だし誰が見てるか分かんねーし」
「後半なんか物騒なこと聞こえた!」
「はっはっは!冗談だよ」

 お前ホント面白いな〜〜なんて笑う御幸先輩を横目に見ると目尻にうっすら涙を浮かべて小刻みに震えているではないか。わたしの反応が余程ツボだったらしい。失礼だな。
 それから数十分、ぽつりぽつりと会話を交わしながら束の間の時を過ごしているとあっという間に我が家に到着。見慣れた光景が視界に入り、これで本当にいつもの日常に戻ったと思った。

「ほら、何もなかっただろー?」
「ソウデスネ」

 今朝の歯磨きのときと同様、無表情棒読みで返事をしながらシートベルトを外す。だけど、不本意とはいえこうして自宅まで送ってくれたことは事実だし、一応感謝はすべきだよなぁ。わたしの中の道徳心に諭されながら「ありがとうございました」と謝礼を述べつつ頭を下げる。そしてドアのレバーに手を掛けようとした瞬間、不意に腕を掴まれた。

「最後に一個だけ頼みがあんだけど」
「……何ですか」
「連絡先教えてくれよ」

 これも何かの縁だろ?なんて言いながらハンドルに上半身を預けて笑う御幸先輩は何を企んでいるのだろう。わたしなんかの連絡先を知ってどうするのか。そんな疑問が溢れて止まらないのに、気付いた時にはメッセージアプリの友達登録が終了していた。
 それから数秒も経たないうちに御幸先輩から送られてきたのは見たこともないキャラクターの変なスタンプ。最近やっとスマホに変えたと聞いていたのに随分使いこなしてるじゃないか。スタンプなんて興味なさそうなのに、わざわざダウンロードしたのかな。そう思うと不意に口元が緩んでしまった。

「そんなに嬉しい?」

 ハッとして顔を上げればニヤニヤしているメガネと目が合った。どうやら喜んでいると思われたらしい。

「別に!御幸先輩こそ鼻の下伸びてますけど!?」
「ハァ?伸びてねぇわ」
「いーや伸びてますね!2ミリくらい!」

 負けじと強気で言い返してみれば御幸先輩の口元は怒りでヒクヒクと引き攣っていた。あぁ、またやってしまった。我ながら可愛くない女だな。そう思った。


(20210714 #1週間で2個書き隊「ひみつの逢引き」)

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