ひぐらしが鳴き止むとき

 便所行ってくる、と席を立った御幸を横目で見ながら机に突っ伏していた頭をゆっくり持ち上げると、突如後頭部に衝撃が走った。
 何事!?危うく机に額をぶつけそうになったわたしが振り返ると、どこから現れたのか相変わらずヤンキー顔の倉持が立っていた。

「難しいこと考えずに一言頑張れって言っときゃいいのによー」
「なんだ、いたの…」

 なるほど、その右手のパーで叩いたわけね。後頭部を押さえながらぼやいてると彼はさっきまで御幸が腰掛けていた席に座り込んだ。恐らく先程の会話を聞いていたのだろう、御幸の心情を察したのか倉持は笑いながらわたしをじっと見つめた。

 元ヤン格ゲー馬鹿と称される一見お調子者な彼だが、実はこう見えて人のことをよく見ている。ツリ目のせいで少々近寄りがたい印象があるが、何やかんやで周りを気にかけることができる人物だ。グランド以外で御幸に声をかける数少ない野球部員であるが故に、口喧嘩が絶えずとも、きっと御幸にとってなくてはならない存在なんだろう。

「苗字も応援来るんだろ?」
「夏休み入ったらね。イケメンの先輩達を拝みに行くよ」
「クソメガネのためにも来てくれよ、アイツ素直じゃねーからな」
「…どういう意味?」
「ヒャハハ!別に?」

 それはつまり。
 倉持が言いたいその先の可能性を、つい推測してしまいそうになったが思考を止める。はっきりと言葉にして表さないものは、邪推に等しいと思ったから。









 それから、暑い熱い夏が本番を迎えて数週間後。彼の初めての夏は終わりを迎えることとなる。
 準決勝敗退、それが青道高校の結果。わたしはスタンドから、彼らが崩れ落ちる姿をただ呆然と眺めていた。

「よくやった!お疲れ様!」
「次も期待してるぞ!」
「また応援来るからな!頑張れよ!」

 グランドと同様にベンチ入りを逃した部員たちが涙を流す隣で、在校生やOBが声を上げる。少し離れた場所からそれを傍観するわたしには同じことができなかった。

 フェンスの外にいる自分は、彼らの力になんてなれない。わたしはそれをよく知っている。


(20111015)

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