chloe







浮かんだ痛み



※十.二国.記パロ
無駄な基礎設定基い妄想


 彼との対峙は長かった。湿った洞窟の中で、時間の流れがどれほどのものかわからなくなる。集中力が削られ、ほんのわずかな気の緩みが勝敗を、いや、生死を分けることに底を尽きそうな気を強くした。まがまがしい力をまとった彼の潜む洞の奥からは血の臭いが流れてきていて、根気に反して、鼻が、脳が、四肢、身体が近い限界を思う。
(この血生臭ささえ無ければ…)
 彼も始めの荒々しさに勢いを欠けさせているのが分かる。互いに潮時だった。
(下れ。)
咆哮をあげ、陰っていた双眸がこちらを射殺さんと睨み光る。深い緑の目がぎらぎらと牙を剥いて猛る。
(下れ。)
空気を震わす叫びとともに、血の臭いが強くなる。吐き気を呼ぶ頭痛も増して、握った拳を固くする。
(下れ。お前の名前を教えろ。)
緑の光が瞬いて切れる。旋風が起こると、彼の気が弛んだ。
「臨、兵、闘、者…」



 久しぶりに逢山にいた頃の夢を見た。何年前だったかは忘れた。年月の感覚が乏しいのは、見目に歳をとらなくなったせいもあるかもしれない。オレは、王を選んだ。
 同じ、日本で生まれたはずの、こちらの世界の住人だった。
(…白石はオレを憎むかな)
いきなり異世界の王になれだなんて、断れば天命が尽きて死ぬだなんて、脅迫もいいところだ。見たことも聞いたこともない世界のために、自分を捨てるなんて惨いことだと思う。でも、そうでもしなきゃ、置いてきてはくれなかっただろう。虚言と思われても、こちらには確かに王を待つ幾万の民がいるのだから、オレには見殺しになんてできやしないのだ。白石を連れていかなければならなかった。そうだろう、麒麟。
 ヌルと首を這う感覚に瞼を開ける。鬱々とした気持ちに比例したように月影に照らされた影が蠢く。
「光、」
現象としてはオレの心象を映し出したように見えても、現実はなんてことはなく、詩的要素の欠けらもない実情。呼んでもいないのに勝手に這い出てくる、手を焼く使令の仕業だ。
「光、止め。」
再度呼び掛け制止を掛ければ、舌を動かすのを止めた。いくら奔放にさせようとも使令は使令だ。オレの言うことに背いたりはしない。あの日から、光はオレに鋭い眼光を向けたりはしない。
「謙也さん何考えてたんです。」
 細められた緑の目が、宵闇でも鈍い光を反射してきらきらと瞬く。とてもきれいだ。妖魔の好む玉よりずっときれいに見えた。ふんだんに飾った玉座より、そこに憂れいた顔で腰掛ける王よりも。
「王を選んでしもた。白石を不幸にするんを選んでしもたんや。」
 光は不快そうなあくびをした。アホらし、そう言いたそうなのが目を瞑ったって分かる。光、妖魔には理解できないのだろう。情にばかり囚われて生きる麒麟という生き物が。
「だから、泣きそうな顔してんすか。」
「泣いてないわ。」
「王が苦しめてるんやったら、あんなんの首くらい簡単に…」
「光、ちゃうよ。」
物騒なことを言う光を諫める。麒麟の使令ならば、麒麟が平伏する王への態度も然るべきだと言っても、こればかりは何故か改めない。最低限は弁えているつもりなのか、王を前にすれば大人しくオレの影に潜むけれど、オレしかいなければこの様だ。使令にしてすぐに、自分があまりにも親しもうなどとしたのが仇になったのだろう。
 寝台の端の寄り添って腰を据える光の頭を撫でながら、先刻見ていた夢を話す。
「光の名前知ったときの夢、見たったよ。」
光を下して、名前を知ったとき、瞬く緑の目を近くで見たくなった。お互い様に大分疲弊してるのは分かっていたけど、座り込んだ洞に名前を呼んだときに響いた音は喜色を滲ませていた。血の臭いがして最悪なはずなのに、浮かんだのは笑みだった。
「謙也さん、」
大人しくしていた光が身を乗り出して覆い被せるように視界に入ってくる。あの日もこうだったな、なんてぼんやり思う。開かれた口にそろった歯牙が唾液に濡れていた。あの日と違うのは背中が柔らかい布団であることと、血の臭いのしないところ。
 黒い頭が下りて、赤い舌が伸びてきて首筋を舐め上げられる。喉元を歯をたてないように、唇で以て食まれる。
「謙也さん、食べたい。」
「まだ死んでへんわ。」
あの日、オレを苦しめたのは君の生きる匂い。塞がった傷跡を探してその腕を撫でる。痛みはしないかと聞けもせずに、しきりに首筋を舐める光をそのままにオレは再び眠りについた。夜はまだ深い。

――――――――
続かない


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