時刻は22時。

バーとして有名だが料理も一流の、飲み屋の一角にあるこの店の人の波のピークは18時から21時と23時から深夜1時頃。丁度その境目の時間は客足も少し落ち着き、オーナーと客が話を出来る余裕もあるような落ち着きを取り戻す時間。

カランカラン

ベルの音にドアの方を見ると、くたくたな様子で店内に入ってくるスーツ姿の女性にその店のオーナーの金髪の青年は口元を緩めた。

「いらっしゃいませ、マドモアゼル。」

カウンターに案内をし椅子を引いて、女性客への決まり文句を口にすると「オレンジジュース。」と、つっけんどんにオーダーを受けた。

「今日はいつにも増してお疲れですね、なまえちゃん。」
「……ちょっと難解な事件があって。」
「お酒は飲まないのかい?」
「だめ。このあと張り込みがあるの。ちょっと息抜きに来ただけだから。」

息抜きに俺に逢いにきてくれただなんて光栄だなあ、と目をハートにして体をくねくねさせる青年に、眉間に皺を寄せてはいはい、と適当にあしらう彼女は眼鏡を外してテーブルに置く。この一方通行に見えるやりとりももう半年続いている。

「相変わらずつれないねプリンセスは。」
「当たり前でしょ、女の子にはみんなに言ってるの知ってるのよ。」
「****ちゃんは別格なのも知ってるだろ?」

そう困ったように笑っても、知らないわよ、とオレンジジュースを静かに手にとり口にする彼女は、不定期ではあるが月に何度かこの店にやってくる常連客。必ずスーツに眼鏡というスタイルの彼女は、この店にはお世辞にも馴染んでいるとは言い難い。

そんな彼女の職種を聞いたのはつい2週間前のことだった。

「しかし刑事も大変だね。」
「んー、まあ、ね。でも楽しいわよ?」
「俺としちゃあ心配でならねえけど、な。」
「?そうかしら?」
「そりゃあ、プリンセスが生死と隣り合わせだなんて、毎日気が気じゃねえよ。」

いつになく真剣な顔でそういえば、またそんなこと言って、と軽く返され青年はがっくりとうなだれた。
気付けば彼女のオレンジジュースは半分以下になっている。

「なにか他のものをお持ちしますか?プリンセス。」

そう尋ねたとき、静かに時間の流れる店内に携帯の機械的な着信音がすぐ近くで鳴り響き、何人かの女性客がカウンターのほうへ目を向けた。

「はあ…警部だわ。ごめんなさい。」

気怠そうに携帯に出た****の眉間に本日一番の皺が寄る。

「わかりました、すぐ行きます。」

そう言うなりバッグの中から財布を出して、ジュース代を払おうとする****の手を青年が優しく制したので、****はきょとんとして顔をあげた。

「サンジさん、なにを、」
「今日はいいから、慌てず気をつけて戻るんだよ。」
「え?いやいや、そんなわけには」
「その代わり、たまには休みの時に来てくれたら嬉しいのですが、マドモアゼル。」「それはいいけど…でも会計が。」
「大丈夫だよ、さ、行っておいで。」

ぽん、****との背中を押すと、少しだけ微笑んでありがとう、と****は足早に店を出て行った。走っていく彼女をガラス越しに見つめていれば、また新しいお客がベルを鳴らしたのでサンジはにこやかに笑みを浮かべ出迎える。

「予約してたんですけど…」

サンジを見るなり頬を染めてきゃあきゃあ言う女の子2人に、いらっしゃいませ、マドモアゼル、と丁寧に挨拶をした。






高層ビルの中に混じり立ち並ぶマンションのキーを解除してエレベーターに乗る。30階行きのボタンを押し扉が一度閉まったところで、再び開くと見知った男が乗ってきたので顔をしかめる。トラファルガー・ロー。サンジより5つ上の階に住む、大学病院に勤める外科医だ。まったくつながりがなかった2人だが、何度かこうして顔を合わせるうちに一言二言会話を交わすようになっていて、ローが友人とサンジの店に来たこともある。

「「おまえか…。」」

同時にそう吐き出したことにちっと舌打ちサンジに対し、ローは35階を押すと、いつになく不安そうだな、とニヤリと笑う。

「ああ?…大事な子が今日も張り込みするっつーんだから、心配にもなるさ。」
「あー、あのじゃがいも娘か。」
「てめっ…****ちゃんになんてこと言いやがる!謝れ!」
「俺は別に****とは一言も言ってねえ。」
「き、気安く呼ぶなクソ野郎!」

ったく、と引き下がるサンジを見て喉を鳴らして笑うローだったが、それから特に会話はなく階についた音と共に扉が開き、サンジはローにじゃあなと告げると自室へ向かった。カードキーを通し中に入ると、今日何本目かわからない煙草に火をつけ、バルコニーから地上にちりばめられた星星を見下ろす。

「今頃頑張ってんだろうな、****ちゃん。」

暗い室内に月明かりが差し込み、なんだか不安が拭えなかった。徐にテレビをつけ、チャンネルを変えていると携帯が鳴りだし、はい、と受話すると、甲高い声が耳に響く。

『あー、サンジくん?ね、もう帰った?』
「ああ…今ついたところですよ。」
『ほんと?これから行ってもいいかな?』

したいの。

受話器の向こうで官能的に誘ってくる女性に、サンジは小さく溜め息をついた。

「今日は勘弁してくれませんかね。」
『え〜?なんで??サンジくんはしたくないの?』
「今日はちょっと。」
『でももうマンションまで来ちゃったの。ね、おねがい、入れて?』

まじかよ、ごんとハンマーで頭を殴られたような衝撃に一気に疲労感が押し寄せてくる。正直なまえが気掛かりで他の女と話したい気分ではまったくない。だがマンションの前まで来ている女性を追い返すのは紳士としてできることではないため、仕方なくサンジはエントランスのキーを解除した。

「はー、疲れちゃった〜。」
「ほら、水。」
「ありがとう〜。」

冷たい水を渡すと、女は嬉しそうにそれを受け取った。頬を紅くし、きつい香水とお酒の香りを身にまとう彼女にサンジは想い人を思い浮かべる。

そういや****ちゃんは香水の香りなんか一切しないな。

あたりまえか。刑事だもんな。

そんなことを考えていると、ソファーに座った女がくるりと振り返って可愛く笑う。

「今日の客、すっごいしつこくてさ、サンジくんの顔見たくなっちゃったの。」
「そうですか。…それ飲んだら帰ってくださいね。」
「え〜?せっかく来たのに?」

シンクに腰掛けるサンジに頬を膨らませる女だが、どうやら相手をしてくれないと悟ったのか、携帯でほかの男を誘い出す。つまんなくなったねサンジくん、と言い残して部屋を出て行く女になにも答えず、サンジはただ、****の安否だけを考えていた。


想うのはいつも君のことだけ


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