昼食時、珍しくキッチンに立つ一人の少女が居た。その後ろ姿を通りすがりのこの船のキャプテンは目にし、彼女が何をしているのか興味本位で後ろから覗き込む。

「…げ。」
「ああ、キッド。」
「珍しいな、今日は雹でも降るんじゃねぇか?」

珍獣でも見たかのような表情でキッドは****を見つめた。エプロン姿に珍しく髪をまとめている****が妙に新鮮ではあったがそれよりもまずは彼女の手元が気になって仕方なかった。

「お昼に何か作ろうと思ったんだけどさ。でもあたし、料理できないからまずはおにぎりから始めて見たらどうだって言われたンだ。」

ああ、ナルホド―キッドは呆れ顔で頷いた。料理は初心者の彼女に火を使わせたり包丁を使わせたりするようなモノを作らせればこの立派なキッチンがどんな被害をこうむるかわからない。コック達にとってキッチンは神聖な領域であるし、ここが破壊されてしまえばクルー達が飢餓で苦しむことになるだろう。コック達の精一杯の配慮だ、とキッドは彼等に心の中で礼を言った。

「さっきからいろいろ試してみてはいるんだけど、なかなかいいのが出来ないんだよね。」
「あー、形か?丸ばっかなんだろ。」
「形はすぐに三角になったよ、ただ中身がなかなか難しくて。」
「……中身?」

おにぎりの中身。初心者の****が作るのなら中身は何も入っていないか、梅かとてっきり思っていたキッドは急に悪寒を感じチラッとテーブルの方を見た。そこには綺麗な形のおにぎりが綺麗に並べられていて、彼女が器用なことをあらわしているように思える。

「それ、中身が全部違うんだよ。って言っても、もうどれが何なのかも覚えてないんだけど。」
「ロシアンルーレットかよ!!中身何入れたんだ!!」
「んー、中身は本当にいろいろ。梅干にチョコレートに、それからジャムに…「ちょい待て!!梅干以外、なんかおかしいだろ!!」
「うん、確かにあんまり美味しくは無かった。」
「……!!!!」

がくっとシンクに手をつき、大量のおにぎりに再び目をやる。コレがすべて普通のおにぎりなら、****が作ったのだから他のクルーには食べさせたくない気持ちになるが、中身も中身ならどのおにぎりに何が入っているかもわからないというのだからもうこれは船内での罰ゲームに使うしかない。

「…つか、何だっていきなり料理しようと思ったんだよ。」
「あんたに、何か作りたくなったんだ。」
「…へ?俺?」
「うん、キラーから最近キッドがあまり食事を取らないって聞いたから。おにぎりなら食べるかなって思って。」
「……ま、っまじかよ。」

俺のため?キッドは顔を真っ赤にし、どう反応すればいいのかわからずにたじろぐ。そんな彼に動じること無く****は「はい。」とおにぎりを差し出した。

「これは梅だよ。やっぱりあたしは梅が一番美味しいと思った。」

差し出されたおにぎりを口にし、再び背を向ける****をじっと見つめながら、いつもは隠れている彼女のうなじに目が行きふぅと溜息をついた。

「ん、ごっそさん。」
「相変わらず食べるの早いなあキッドは。」
「男がだらだら食ってられっか。」

そう言ってからぐいっと抱き寄せれば何の抵抗も無くすっぽりと腕の中に納まる****。少し力を込めて抱きしめれば、痛いよキッド、などと可愛い声で抗議してくる。

「うまかったぜ、サンキュー。」
「どういたしました。」
「礼をやる。」

ニヤリ、と笑ってからキッドがゆっくりと****に顔を近づけ、その唇を近づけた時だった。

「あ。」

その言葉にキッドの動きが止まる。

「キッド。歯に海苔がついてるよ。」
「……。」

俺は何故、こんなムードの欠片も無い女に惚れちまったんだろう―後悔既に遅し。




(それは彼女の照れ隠しでもあることを、彼は知らない。)



海苔がついても愛しい君


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