偏差値が20違うと、話が合わないらしい。世間ではそう言われている。俺の偏差値は45、あいつの偏差値は65。偏差値は見事に20違うが、ガキの頃からの付き合いにもなるとそんなのは例外じゃないか、と思う。

勉強嫌いの俺とずっと一緒にいたくせに、あいつ一人だけずいぶん恵まれた頭持ちやがって。まあ…頭がいいからって、別に羨ましくねーけど。





「だが、あの中に混ざりたいと書いてあるぞ。」
「………どこにだよ。」
「顔に、だ。」

まじかよ、と小さな鏡を取り出して己の顔をまじまじと見るが、どこにもそんな文字が書かれていないことにキッドは更に不機嫌に顔を歪めた。

「書いてねえだろ。」
「いや、そういうことでは、」

苦笑する友人に舌打ちすると、もう一度幼なじみの横顔を盗み見る。午前授業で終わりだが志望校の話で、****の取り巻きの男達が彼女を囲んでいた。既に静かになった教室で盛り上がっている会話は筒抜けだ。偏差値がいいと言葉の選び方まで頭の良さを見せつけられているような気がし、キッドは舌打ちをする。

「ったく、男に囲まれて嬉しそうにしやがって。」
「…俺にはそんな風には見えないが。」
「それはおめーの目が節穴なんだよ。」
「………。」

イライラを隠そうとしない燃えるような赤髪の友人に、節穴はおまえじゃないかと言いたくもなるがその言葉を呑み込み金髪の少年は隣にいる彼が目を逸らさない教室に目を向けた。不機嫌に文句を言いながらも帰ろうとしないキッドに小さく笑みがこぼれる。

それから30分後、ようやく解放された****が帰り支度を始めたのを見計らい、キッドは教室に顔を出した。

「よお。」
「キッド、待っててくれたの?」
「ま、まあな。たまたま用もなくて暇だったから、し、仕方なく待っててやったんだよ。」
「ふふ、ありがとう。」

花も綻ぶ笑顔、とはこのことだろうか。幼なじみにしか見せない、ぱっと笑った****の顔がやけに綺麗に見え、キッドは慌てて目をそらす。漆黒の長いストレートの髪を整えてから、鞄を手にして****は廊下へと足を踏み出し、口元に笑みを浮かべている金髪の少年ににこりと微笑んだ。

「キラーも、待っててくれてありがとう。」
「気にするな。猛獣には猛獣使いが必要だからな。」
「おい誰が猛獣だ。」

キッドが眉間に皺を寄せると、****はくすくす笑い、誰もあなたのことだなんて言ってないわよ、とぽんと肩をたたいた。

「どこか寄っていく?」
「いや、俺は用があるんで先に帰る。キッドを頼む****。」
「おーい、普通逆だろ。」
「了解。しっかり捕まえて暴れないようにしとくわ。」
「てめえ、****っ。」
「あら、仕方ないじゃない。ついこの間も他校で暴れたようだし、しっかり監視しておかないとね。」

ころころと上品に笑う仕草は高校生らしからぬ所作で、気にしていなかったはずの偏差値の話がふとキッドの頭によぎった。

(いや、こいつは昔からこんなんだろ。)

納得させるよう自分に言い聞かせ、先程の話題に上がっていた進路の話を持ちかけると****はキッドを見上げる。

「おまえ、志望校決まったのか?」
「…そうゆうキッドは決まったの?」
「俺が大学なんか行くと思うか。」
「まあ、普通に考えたらありえないけど。」

間を置いてから返された彼女の表情が僅かに曇っている気がし、キッドは眉間に皺を寄せた。いつもと同じはずの幼なじみになにか違和感を感じてならない。

そのとき、頭を勢いよく叩かれたため怒鳴りながら振り向くと、担任のシャンクスがこの上なく青筋をたて腕を組んで立っていた。

「げっ赤髪っ!」
「キッド、なに帰ろうとしてんだ!月曜の遅刻と他校で暴れた罰に与えた課題、今日までだろうが!」
「うっ…」
「****悪いなあ、ちょっとこいつ小一時間借りるけどいいか?」
「ふふ、どうぞ先生。煮るなり焼くなり好きにしてくださいね。」
「お、おい!裏切るのか!」
「ほら、来い!」

そのままシャンクスに首根っこを引かれて職員室へと連れて行かれるキッドを笑いながら見送ると、****はちゃんと待っててあげるわよ、と言い玄関へと向かう。その後ろ姿が、長年一緒にいたはずなのにどこか遠くへ行ってしまいそうに見えキッドの胸がざわついたが、一時間程度の我慢だ、と黙ってシャンクスについて行った。

連れて来られた職員室には授業が終わったためかいつもよりも教師達が揃っていて、採点をしたりパソコンと向き合って資料を作ったりする姿が見られる。大人ばかりの息苦しい空間に嫌気がさしたが、シャンクスの席に座らされた。デスクには、いつ見てもこんなちゃらんぽらんな男にはもったいない程の綺麗な奥さんの写真が相変わらず飾ってある。

(年中色ぼけ教師が…)

シャンクスが空いている席の椅子を持ってきて隣に座ったため、またくどくど説教をされ反省文でも書かされるのかと思っていると、投げかけられたのは予想外の言葉だった。

「おまえ進路ちゃんと考えてんのか?」
「………は?」
「まだ5月だ、今から必死にやれば間に合うぞ。」
「…大学なんか行くわけねえだろ。」
「じゃあ専門か?」
「行かねえよ。」
「おまえなあ。じゃあどうする気だ。おまえだけだぞ、学年でなんにも決まってないのは。」

ため息をつく担任にまじかよ、と焦って返すと、少し間を置いてからあまり見ない真剣な顔つきでシャンクスが口を開いた。

「そろそろまじにならないと、お前が自分の親よりも友達よりも大事にしてる奴失うぞ。」
「ああ?そりゃどういう意味だ。」
「イタリアだってよ、遠いよなあ。」
「…イタリア?」
「****だよ。来月親父さんの転勤でイタリアに行くんだ。」

キッドの瞳が大きく見開かれる。

来月?****が?イタリア?

「ガキの事情に首突っ込むのはナンセンスだが、どうせ聞いてねえだろうと思ってな。」

苦笑いするシャンクスは、その後も成績についてなど話を始めたが、キッドの頭には全く入ってこなかった。







玄関にある長椅子に、音楽を聞きながら本を読む****がいた。髪がかかる横顔からその表情は読み取れない。静かに近づき、彼女が読んでいる本を取り上げると、大きな瞳が驚いたように丸くなる。

「…キッド。」
「イタリア語入門…。」
「………。」
「………なんで言わなかったんだよ。」

どかっと乱暴に幼なじみの隣に腰掛けると、****は黙り込む。大きく溜息をつきパラパラと本をめくると、ところどころにマーカーがひいてあった。

「言わなきゃって思ってたわ。でも…言い出せなくて。」
「なんでだよ。一番近くに居ただろうが。」
「…そうよ、一番近くに居たから、」

だから言えなかった、そう力なく呟く****は、いつもの稟とした彼女ではない。思えば、いつだって弱音を吐いたり寂しそうにしたりしているところを見たことがなかった。だが、今初めて目にする****の儚げな姿にこれは現実だ、と嫌でも思い知らされてしまう。

「…どうしても行かなきゃだめなのか。」
「………うちは、お父さんしかいないから。」
「……そうだよな。」

わかりきった答えだ。家があるし隣には昔から馴染みがある家もあるのだから、残ろうと思えば残ることもできる。しかし、そうできないのは、父を一人にできないという親を思う気持ちからだ。まだまだ、親の手を近くで借りなければならないほどに自分達は幼く、親に守られている立場だ。キッドとてそれはわかる。なによりも幼い頃に母を亡くした****を、仕事をしながらも愛情かけて一生懸命支えてきた父を、彼女が一人で海外に行かせることなどできるはずがないのだ。

再び黙り込んだ****をじっと見つめてから、キッドは立ち上がった。

「…帰るぞ。」
「……キッド?」
「どうやら俺はマジになるときが来たみてえだからな。」

そう言って振り返ると、どういう意味かと聞きたそうな顔をする****がじっと自分を見つめていた。普段気付かれたくないことまで気が付くくせに気付いてほしいときはこれだ。

「欲しいもんは、必ず奪いに行く。それが俺の主義だってことだよ。」
「……なに、それ。」

差し出されたキッドの手をとると、****は泣きそうな顔で、ほんと馬鹿なんだから、と小さく、だが嬉しそうに呟いた。




そう、僕らはこれから始まるのだ。


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