アリエスはレオに言われた通り、グレイの家の前まで来ていた。しかし明かりがついていないところを見ると、もしかするとまだ帰っていないのか、それとも寝てしまったのか。
「グレイさん…い、居ないのかな…まだルーシィ様と一緒に、居たりして…」
「……アリエス?」
「…!グ、グレイさん!///」
低い声のするほうにあわあわと振り返ると、そこにはアリエスが逢いたかった人物が立っていた。
「何してんだよこんなところで。」
「あ、あのあの…す、すみませんんっ…こ、こんな時間に来てしまって…わ、私…あの…」
いつものように、おどおどと怯えながら頬を紅くして謝るアリエスにグレイは首をかしげる。
「お前なー…こんな時間に一人で出歩くなよ。」
「あ、あわわ…す、すみませんんっ…ご、ご迷惑ですよね…」
「じゃなくて!一人で危ないだろってことだよ。」
「え…」
「あーもー、めんどくせぇから入れよ。俺に用事なんだろ?」
「え、あ、あの…」
なんだってルーシィといいアリエスといい、こんなに無自覚で無防備なのか、ほとほと頭が痛い。両者ともまあ強いし、ルーシィにいたってはいざとなったらおそらくレオが放っておかないだろう。だが、女であることに変わりないのだから何かあっても男の力に抵抗できるわけがない。そこらへんの自覚を少しでもいいから持って欲しいものだ。
グレイは溜息をつきめんどくさそうにしながら部屋の鍵を開けてアリエスの手を引いた。
「グ、グレイさん…///」
「あー、適当に座っていいぞ。つってもきたねーけど。」
「い、いぇ…///」
(グレイさんの、匂いがする…)
グレイが普段生活しているのだから当たり前だが、彼の心地良い香りが部屋中に充満している。アリエスにとって男性の匂いはカレンの一件からただ一人―レオを除いてあまり好ましいものではなかったのだが、グレイの香りは不快ではなく、むしろ安心感を得ていた。
グレイは急に黙ってしまったアリエスを不思議に思いながらも、先ほど買ってきたジュースをグラスにいれてアリエスに差し出す。
「ん。さっき買ったばっかだからそこまで冷たくねーけど。」
「あ、ありがとうござい、ます…」
そっとそれを受け取り、口にするアリエス。控えめな彼女の一つ一つの所作は女性的で品があるように思える。グレイは少しの間アリエスに釘付けになったが、彼女の白い肌や少し紅い頬などを見ているとよからぬ気が沸いてきてしまう気がし、顔を背けた。
「……あの、グレイさん。」
「お、おう。」
「これ…」
両手で顔を真っ赤にして可愛らしくラッピングされた袋を差し出すアリエスにグレイもつられて紅くなる。
もしかして、コレは俗に言う―。
「バ、バルゴに色々と教えてもらいまして…つ、作ってみたんです、ク、ククク、クッキー…なんですけど…///」
もうこれ以上紅くなれないというくらいに真っ赤になった白羊の少女の震える手から、袋を受け取りグレイは内心めちゃめちゃ嬉しい気持ちを抑え、コホン、と咳をしてから照れくさそうに「さんきゅ。」と一言呟く。その言葉を聞き、アリエスは嬉しそうに俯けていた顔を上げた。
「今食っていいか?」
「…!!は、はい!」
丁寧にラッピングされた袋を開けるのはなんだかもったいない気もしたが、自分のために作ってくれたというのだからその場で食べて感想を言いたかった。白い粉で包まれた半球のクッキーは、食べるとさくっとした食感がすぐに崩れ、そこからほろっと口の中で溶けていく。甘さも程よい、グレイが好きなものだった。
「うまい!マジでうまいなコレ!」
「ほほほ、ホント、ですか…?」
「おう!さんきゅーな、アリエス!」
「よ、喜んでいただけて嬉しいです…///」
一度落ち着いた紅が、再びアリエスの頬を染める。グレイはふと、アリエスがこういったことを旧友であるレオにもしたことがあるのか気になった。
「…お前さ。」
「?はい?」
「こういうの、レオにもあげてんの?」
「?い、いいえ…グレイさんだけですが…」
「…ふーん。」
内心、ホッとしたグレイだったがアリエスの目には機嫌を損ねてしまったように思え、おどおどとしながらおそるおそる尋ねた。
「あの…グレイさん…や、やっぱりご迷惑、でしたか?」
「は?」
「ルーシィ様が作ったものに比べたら全然、だと思うのですが…その…というより、私からなんて…私からでごめんなさい…本当はルーシィ様が作ったもののほうが良かった、ですよね…」
泣きそうになりながら俯く少女の言っていることがいまいちわからない。何故ここでルーシィが出てくるのか。
「なんでルーシィが出てくんの?」
「え…だ、だってさっき…」
言いかけて、アリエスは口を手でとっさに隠す。しかし既に遅かったようで、グレイは眉間に皺を寄せていた。
「ご、ごめんなさぃぃ…!!み、見るつもりはなかったんですぅ…でもその…私、私…」
「……。」
女はこれだからめんどくさい。
確かにさっき自分がルーシィにしていたことは、他者から見たら彼女に好意があるようにしか思えないだろう。しかし、少なくとも自分は目の前のこの白羊の少女にそれなりに気持ちを示してきたつもりだったし、ルーシィには羊の皮をかぶった獅子も居る。今更彼女とどうのこうの、なんてことは有り得ないしそんな気もこれっぽっちもないし何よりアリエスに誤解されるのは困る。
「あれは、あいつがあんまりにも自覚がないから脅かしてやっただけだよ。」
「じ、自覚…?」
「男は怖いんだってことだよ。」
「…そ、そうなんですか…」
そうなんですか、って、お前もかよ!
と心の中で突っ込みをいれ、グレイはがっくりと肩を落とした。
「大体なあ、ルーシィにはロキが居るだろ。」
「え?」
「え?って…知らないのか?ルーシィとロキ…あー、レオ、付き合ってんだぞ。」
アリエスの顔が一気に蒼白する。今思えば、自分が先刻彼に泣きながら話をした時の彼の表情が、冷静だったものの少し不快な表情を一瞬浮かべた気もする。それよりも何よりも、自分の彼女と他の男性のそういった現場の報告をされてしまった彼の心情を思えば穏やかではいられないだろう。
「グ、グレイさん…私、と、とんでもないことをしてしまったかも…」
「あ?」
「レ、レオにさっき…その…はなしてしまって…」
「……。」
そりゃまあ、なんというか。
「ルーシィご愁傷様だな。」
「ああああっ…わ、私…ルルルル、ルーシィ様を助けに行かないと…」
「い、いや待て!今は行くな!行かないほうがいい、お前のためだ!」
「でもぉ…!!」
レオは普段はとても紳士的だが怒ったら心底怖いことをよく知っているアリエスは、自分のせいで2人の仲がどうにかなってしまったら、と涙ぐむ。
「いいから放っとけ!ルーシィは…たぶん大丈夫だから!(大丈夫じゃねーと思うけど)」
「……そ、そうでしょうか…。」
「おお。だからここに居ろよ。」
「…え…」
ここに居ろ―?
アリエスの瞳が大きく開かれ、ゆるゆるとグレイを捉える。彼の頬は心なしか紅く染まっているように見えた。
「グ、グレイさん…私…」
「…///だから、もう少しここに居ればって…居てくれって言ってんだよ。」
「……///」
ルーシィには悪いが助けに行く気はまったくない。むしろあの独占欲の強い男に少し痛い目にあわせられるくらいがちょうどいいだろう。それよりも、今目の前に居るこの星霊のほうが大事だ。
本当にあと少し、あと少しで何かが変わるような気がするから。
グレイとアリエスの場合
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