琴線の揺れる音を聴く


むぅ、と目を細め口を真一文字に結びスマホに目を落とす俺の頭の上に、よう!、と遠慮なく腕を乗せて体重を掛けてくるような奴はコイツしかいねェ!!


「重いー!!退けろよアンディー!!」
「うおっと!危ねェ、危ねェ!」


バッと振り返りざまにブンッ!と腕を振ったけど別に本気で当てるつもりもなく、睨まれてもへらりと笑うアンディーだって俺が本気だなんて思ってない。こんなやり取り毎回の挨拶みてェなもんだし、今は構ってる気力もねェし。そんな俺たちを、またやってんのかー?と笑いながら見ているチームメイトもいる試合日を挟んだ練習日のベンチ。各々練習メニューをこなして休憩中。

スマホ画面に表示される検索結果。有名クッキングアプリへリンクが繋がるページを流し見てまた、むう…、と眉根を寄せる。簡単!って書いてあってもいざレシピを開いてみれば材料多いし手順も多いし。動画を観てみても作れる気がしねェんだけど。


「んー?"風邪でも食べられるさっぱり飯"…?……あ!?陽菜、風邪か!?」


あの陽菜が!?って失礼な奴!!周りの連中も信じられないとばかりに目を丸くすんな!!


「別にもう熱下がったし大丈夫だけどさ、なーんか元気ねェんだよな」
「ふうん。あれか。仕事しなくなって気が抜けたって感じか」
「まぁ、うーん…それもあるかも?」
「陽菜、大丈夫か?ヘレナに様子見させるか?」
「あーいいよ。ありがと、ダン。それにもしまだ風邪がちゃんと治ってねェなら奥さんと子供に移したら悪いし」


そう言って俺が座ってるベンチの後ろを通り掛けに気にかけてくれたダンに顔を上げてニッと笑うものの、陽菜は少し前からやっぱり元気がなくて俺の心はずしりと重たい。最初は高熱が出たせいでまだ気怠いのかとも思ったけど家事は完璧にこなすし、多分誰かが見てもどこが元気がないのか分からないぐらいの違和感だと思う。なんか。なんか…なんだよ。笑った後のほんのちょっとの間とか、飯を食ってる時の箸運びとか、洗濯物を畳む時に伏せた目がほんのちょっとだけ憂いを帯びてるとか。どこがどうでこれがこうだって結論付けられるほどの変化はないけどだけど確実に陽菜は元気がない。誰がなんと言おうと俺の確信!

…やっぱあれかな。
熱だって気付かなくて半ば強引に抱いちゃったこと?でもあれは陽菜も強請ってくれたし、陽菜を看病しながら何回も謝ったしむしろ、一緒に寝て…?なんて普段の陽菜じゃありえないぐらいの甘えた具合に陽菜の熱が下がって、移っちゃう!って俺をベッドから追い出すまで甘やかしたし!考えられるとすれば元々俺の専属だった陽菜が"風邪を移すようなことをしてしまった"という自責のせいかなー?とも思うけど。
そんな風に引き摺った自分の自責を気取られて気にかけさせてしまうというのも専属だった陽菜を考えればそれもないだろうって確信してしまう。じゃあなんだろ。


「で、陽菜になんか作ってやりてェってか?」
「そ!やれば出来る男だし!俺!」
「なるほどなー。ならこれとかいいんじゃね?」
「へ?どれ?」


アンディーが俺のスマホディスプレイを指差した先を見れば、なになにー?んー…"つわり中でも食べられる"……は?

思いがけない文面にアンディーをじとりと見れば、なんだなんだ?と周りのチームメイトも俺のスマホを覗き込み、おー!と勝手な推測に歓喜の声を上げるけどそれに反して俺は冷める。だってこういうのは当人が1番分かるものだ。


「盛り上がってるところ悪いけど、"そういうこと"じゃねェから」


絶対、と続けるとアンディーは感心したように、へぇ…、と声を出して、さて休憩おしまーい!と立ち上がり声を上げる俺の肩を叩いた。


「なに?」
「悪いな、無粋だった」
「!…いいよ。考えてもおかしくないことだとは思うし」


そりゃ結婚しててそのお嫁さんが風邪じゃなく調子が悪いと聞けばそれを連想したっておかしいことじゃない。なんだアンディーの早とちりか、とがっかりしたように言うチームメイトも、良い知らせ待ってるぞ、と俺の肩を叩いて練習を再開するためにベンチを出ていく。
肩を竦めて、ありがと!と応対する俺の隣を歩きベンチを出るアンディーはグローブを手にはめながら独り言のように喋りだす。


「正直なところ、かなり早くできると思ってた」
「正直すぎじゃん」
「今更取り繕ってもしょうがねェだろ」
「まぁ確かに」
「成宮も子供好きだし、陽菜もよくそう話して子供を対象にするイベントはいつも成宮を優先的に推してたしな」
「あぁ…やっぱ?」


改めて実感して嬉しさに、フハッ、と噴き出し笑えば、幸せ者めー!!、と後ろから羽交い締めにしてくるアンディーに、やーめーろー!!と訴える光景もこのチームじゃ日常茶飯事。ハハハッ!と笑いを誘うのを聞きながらこっちは笑い事じゃねェって!!
存外本気で締め付けてくるアンディーの腕を降参とばかりにパンパンッと叩く。そういえばつい最近出来たらしい彼女ともう別れたなんて聞いたような…八つ当たりじゃん!!じゃあもっと喰らえ!!

ふふんっ!と笑ってやれば、あー?と怪訝そうなアンディーの腕が緩まって後ろを向きニィッと笑う。


「子供は俺も陽菜も欲しいけど、陽菜はそれより今はまだ俺を独り占めしてェんだってー!!」
「はあー!?ふざけんな嘘つくなー!!」
「ぐえっ、く、苦しいってば!!離せー!!ていうか嘘じゃねェ!!」
「このまま息の根を止めてやるー!!」


そんなこんなで結局陽菜を元気付けるための料理を何にするかも思いつかずろくな情報も得られず、その日の練習が終わってまずは早く帰ろうと思ったんだけど。


「成宮ー」
「なに!?もうプロレスはごめんだよ!?」
「バーカ、そうじゃねェよ。陽菜」
「へ?」
「陽菜は食欲ねェ時でもピクルスなら食えるってよく仕事しながらかじってたぜ」
「え、マジ!?」
「おー。美味いのを出す店からテイクアウトして持って帰ってやれよ。さっきお前のスマホに店の地図送ったからよ」


ちなみにそこはスペアリブも最高だ、と続けるアンディーの話しを聞きながらロッカールームでスマホを見てアンディーからのメッセージを開けば、おー!本当だ!しかもここから近い店じゃん!
さすが料理好き、と言いそうになってグッと口を噤む。……なーんか面白くねェの!陽菜とアンディーが組んでたのは俺が来る前の1年間だけ。にも関わらずまだ俺が知らないようなことも知ってることが多くて眉根が寄る。今じゃ誰もが知ってる料理好きも陽菜に促されたからだし。お疲れー、とロッカールームを出ていこうとするアンディーの声を聞きながらますます眉根が寄って細めた目で視界は狭くなるけど店の名前とか詳しい情報をわざわざ送ってくれたとなると何を考えるよりもまず口を開いた。


「アンディー!!」
「おー?」
「…ありがとね。買って帰ってみる」
「!…おう。お大事になー」


なんだよ…ヒラヒラと後ろ手振って事も無げに言い放って帰るカッコ良さ。くそっ、と呻くのは心中だけにしてアンディーの背中を見えなくなるまでジッと見据えた。早く良い人見つけろ、バーカ。じゃねェとなんだか落ち着かないじゃん、俺が。何かと俺と陽菜を気にかけてくれるアンディーは同じチームじゃなくても繋がってられる気がする…なんて、絶対に誰にも言わねェけど!!……わざわざ言葉にする必要もねェしさ。

フンッ、と若干負け惜しみのような息をついてスマホで改めて店の情報を見ていれば、よう!とロイが俺の隣に座りスクロールする片手間に、お疲れー、と返す。あ、マジだ。スペアリブ美味そ!!陽菜、酒飲むかな。ロイも、美味そうだなー!と俺の隣から画面を覗き込みながら言って服に着替えながら続ける。


「今日はジャン来てねェな?」
「んー?なんか用があるって。カイルから呼び出し」
「へぇ。今度は何したんだかな」
「さあね。カイルもよく面倒見てるよ。俺だったら無理。この前も珍しく意気揚々と仕事を持ってきたかと思ったらすっげェ不本意な仕事だった」
「ふうん…」
「…なんだよ?」


意味深な言い方じゃん、と目を細めるとロイはニィッと口角を上げて、げぇ…からかう気満々じゃん。別にィ?なんてちっとも別になんて口ぶりじゃねェじゃん。


「無理って言うわりにゃちゃんと仕事を受けてやったんだなー?と思ってな」
「べっつにー!!珍しく仕事やる気になってるから付き合ってやっただけ!」


ただそれがマジで不本意な仕事だったけどさ。
そう続けた声が思わず本音を隠せず低くなった俺にロイが口を開こうとしたのは分かったけどごめん無理!
立ち上がり薄く笑いロイを見下ろせば見開いた目が細まり肩を竦めて察してくれたようで何より!もうあの仕事の話しをわざわざ思い返してするのも気分悪ィ。仕事だ、と割り切ってしまえばそうだけど自分をある意味じゃ売ってる仕事であるならそれだけの譲れねェもんを持ってないと駄目だと俺は思う。だからこそ無言で受けた仕事の後にジャンの膝裏を蹴り付けてガクンと下がった目線を睨んで返し、もうこんな仕事はやらねェ、と宣言した。


「んじゃ、お疲れ!」


ロッカールームに残るチームメイトにそう声を掛けてさてタクシーを捕まえるかなんて思いながら歩いていれば、


「成宮」
「うっわ…なに?」


球場出口付近の壁に背を預けて立つ広報のボス、カイルが俺を呼び面を貸せとばかりに顎で空を切るから別に悪いことなんかしてねェのに俺が捕まった気分。


「少し話せるか?」
「…なに?ジャンのこと?」
「あぁ」
「この間の仕事のことならもう俺たちの間で話がついてるけど?」


もうやんねェよ、と言い捨てる俺に眉間に皺を寄せたカイルは目を伏せて、そうじゃない、と唸るように言う。


「ジャンがあの仕事を誰から持ちかけられたか聞いたか?」
「聞いてないけど」
「営業のリンだ」
「ふうん。で?」
「あの仕事自体が営業からの内部発注だ」
「まぁ、そうだろうね」
「で、だ。スタッフもリンが用意した奴らだったわけだが」
「へ?なに?」
「おかしいと思わなかったか?」


カイルがそう言いながら自分のスマホを操作して俺にディスプレイに向けるのを神妙な表情のカイルを見てから目を落とす。SNS…?よく見る形式の写真と文章の載るそのページを見ていればそこにあるはずがないものに気が付き心臓が一拍飛ばして跳ね上がり呼吸がそのまま止まる。


「…なんだよこれ。ここに写ってんの、俺の指輪だよね?」


で、アカウントはリンの名前で広げた手の指に指輪がはめられている写真と"似合う?"という文章。……は?
…やばい。俺、今どんな顔してる?
頭部を走る血管がドクドクと跳ねて、今にも破けてしまうんじゃないかってぐらいの頭痛に視界が揺れた。その指輪は俺と陽菜の結婚指輪で、陽菜が誕生日プレゼントとしてくれたネックレスチェーンにいつも通している俺の指輪だ、間違いなく。で、手の後ろにさり気なく写した俺の背番号の入った球団ユニフォーム。誰にどう説明されなくても分かる、リンの手になんで俺の指輪があるんだよ。

胸くそ悪くなる写真から顔を上げて、カイルを睨めば同じ様に写真を見ていたカイルが伏せたままの目の眉間に皺を寄せてスマホをポケットにしまい込み奥歯を噛み締めた。ギリリ…と鳴ったのは噛み締め擦れたカイルの歯だ。


「リンは先日他球団に引き抜かれて辞めた。おそらく、この投稿が引き抜きの手土産だろう」


SNSのコメントには俺の指輪だろうと気付くファンからのコメントが殺到していて炎上のち削除されたから今の投稿はスクショだとカイルの声が静かに冷静に紡ぐから俺の頭はますます怒りに沸騰した。


「すまない」


頭を下げるカイルを前に握り締めた手の中でアンディーが教えてくれた店の情報を今さっきまで表示していたスマホがみしりと音を立てて軋んだ。
数日前、ジャンの持ってきた仕事はホーム球場スタンド席の売上に貢献するための写真撮影だという仕事で、女性ファンの獲得のために俺がつけている結婚指輪の通されたネックレスチェーンは外してほしいというカメラマンからの要望だった。はあ?と思わないわけじゃなかった。今の俺が俺であるわけで、それが受け入れられねェのはファンなわけ?そう反論しても良かったけど、控えるジャンがハラハラした様子で見守ってやがるから初獲得仕事だと言ってもいい持ちかけてきた仕事に泥を塗る気にはなれなかったんだ。あの時外した指輪。それをリンが勝手に?

ふざけんな…ふざけんなよ…!
挙げ句引き抜き先の手土産に俺を利用しやがって…っ。


「……帰る」
「成宮」
「…で?ジャンは?」
「しばらく謹慎だ」
「その間はカイルが就くんでしょ?」
「あぁ」
「そ。じゃお疲れ」
「オイ、」
「心配しなくてもいいよ。別に球団を敵視したりしない」
「!」
「ただ、早く帰りてェだけ」
「そうか」


フルオーダーで作った俺たちの結婚指輪。
陽菜がパンフレットを見ながら懸命に考える横顔を思い出すと俺はいつだって幸せな気持ちになれる。俺に、買ってほしい、といつどんな時だって甘えを出さない陽菜がこれだけはとばかりにこだわってああでもないこうでもないと百面相しながら考えた指輪は唯一無二だ。誰も同じ物を作れねェし、はめたりもしない。俺たち2人を繋ぐ誓いの証をさも簡単に、なんでもないみてェに指にはめてSNSに投稿して世界に発信したその行為に吐き気がしてくる。で、十中八九陽菜の違和感はこれが原因だ。
歩きながら今も首に下がるネックレスチェーンを外して指輪ごとポケットに突っ込んだ。帰ったら洗浄する。


「陽菜?」
「あ、鳴!おかえり」


アンディーが教えてくれた店に寄ってテイクアウトをして帰った家で、お疲れ様、とにこりと笑う陽菜をジッと見つめ、鳴?と不思議そうに首を傾げる陽菜の髪の毛の揺らぎを目で追い堪らなくなって抱き締めた。

わ!と驚き上がった陽菜の声。後頭部を撫でて髪の毛に指を梳き通すと間もなくするりと指の間から髪の毛は流れ落ちその短さに胸が締め付けられる。この髪の毛も…陽菜が傷付けられた跡だ。じゃあ今は?目に見えない傷がこの子についているとして、それはこうして抱き締めても頭を撫でても俺からは癒されるかどうかも見えないからただひたすらきつく抱き締めることしか出来ない無力感に目をギュッと瞑った。
そしてそんな俺を何回か、鳴、と呼んだ陽菜の声色に俺が知ったことを気付いたらしい響きが混じって息を呑み身体を離して陽菜を見つめる。


「鳴」
「っ……」
「今日も綺麗だよ、鳴の瞳!」


そう言って笑い俺の頬に手を当てた陽菜が伏せた目には涙が揺れていた。



琴線の揺れる音を聴く
(それを弾くのはいつも俺なのだと、君の強さが示してくれる)

2021/04/19




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