ひっくり返して降り積もる


多分、いや絶対に。
陽菜自身が意識的にずっとそれを自分に許してこなかったんだ。俺を想うこと。結婚すること。支える1番近い存在で在ること。陽菜はその意味を誰よりも理解して、自分に枷をかけて我慢をしてきたんだ。俺はそんな姿さえも儚く強く綺麗に見える。陽菜の強さが好きだ。陽菜の優しさがなきゃ俺はもう生きていけない。陽菜から時々漏れ出る甘えたや寂しさを全部俺が喰うから、だからさ陽菜。


「離れんな」
「っ……無理。やだ。できない…っ」


ギュッと握ると細い手首には俺の指は容易に回るんだな、なんて伏せた目で捉えながら思う。
フィッと背けられた陽菜の横顔を見つめ目を細め、ふうん…と低い声を出せば2人きりの寝室にそれが響いて常夜灯の僅かな明かりの下で陽菜が身体を跳ねさせたベッド横。固く噛み締められた唇が痛々しくて、おいで、と言ったそれが優しければ息を呑んだ陽菜がもっと強く唇を結ぶことはなかっただろうけど、ごめん。今は陽菜が首を縦に振らなくても手を引く。


「わ…!」
「…やっときた」


ベッドに腰掛けて座る俺の足の間に座らせて不満げな声を出した陽菜が逃げないように腹の前に両腕を回して閉じ込めて、ふう、と息をつき陽菜の頭に顎を乗せる。
あ、やっと力が抜けた。腕に感じる身体の緊張が解けて柔らかくなった感覚とか、俺にもたれた陽菜の体温だとか、そういうものに顔が緩む反面腕の力は強まる。だってほら、もっと近くがいいじゃん。


「め、鳴…っ苦しい…!」
「んー…じゃあ選んで」
「なに?」
「このまま腹が苦しいままか。俺に正面からちゃんと抱き締められるか」
「!…それは、どっちも苦しい」
「ちゃんと優しく抱き締めるよ?」
「違う。心臓が…苦しいの」
「!」
「鳴に抱き締められることに全然慣れない…」
「っ…陽菜」


ビクッと陽菜が身体を震わせ息を呑むほどに切羽詰まった声で呼んだ自覚はある。けど、気遣い優しく笑ってあげれるほどの余裕がない。
陽菜の腕を後ろから引いて俺の方を向かせる。鳴?と俺を呼ぶ陽菜の声が少し遠く聞こえるのはうるさいぐらいに俺だって心臓が跳ねて強く鼓膜を揺らしてるから。

きっとこの先ずっと、俺だって慣れないよ。
血が沸騰して挙げ句逆流するような感覚をくれる子は陽菜しかいない。息をする間も惜しいほど想いを伝え続けて俺と同じぐらいキャパオーバーになる陽菜をもっと満たしたくて堪らなくなる。
聞いてあげられやしないのに俺を欲してほしいのが俺のワガママだっていうのが分かっていても、引き出して喰い尽くしたい。

試合が終わって陽菜に連絡しても返信がなく、いい度胸じゃん!、と帰ろうとする俺を生意気にも、取材ー!!と素早く捕まえるジャンに低く唸りながらも了承してやって受けた取材。小一時間ほどの雑誌インタビューに挟んだ休憩中に、今から飛行機に乗ります、と律儀に報告してきた樹からの連絡は暑苦しいほどの礼と感動や興奮が長文で入っていてうんざりしながら読んでいたけど何回かに分けたメッセージの最後にそれまでの長文が嘘みたいに短く陽菜の名前から始まる文を読んで思わず椅子から立ち上がった俺の後ろで溜息をついたジャンが、そろそろ切り上げてもらいます、と記者に掛け合ったから、生意気、とニッと笑った。

"陽菜さんが申し訳無さそうにしていました。余計なお世話だったらすみません。"

一体何を見て何を聞いたんだか。いや、陽菜は後輩には弱音を吐いたりしない。それだけに樹でさえ気付いた陽菜の動揺が大きかったんだと分かった。これは絶対に何が何でも甘やかす!……と、思うのにいつも甘やかされるのは俺の方。
野球にするためにする我慢が結局は陽菜の我慢になるんだから俺たちの関係って本当、野球がある内は報われきれない。


陽菜の振り返り反る首に触れてゆっくり撫でる。ん…!と揺れた陽菜を、陽菜、とまた呼んで顔を寄せ目が閉じるのを見る前に唇を合わせる。見開く陽菜の目がギュッと瞑られるのを唇を舐めながら見つめて、力の入っていた唇が緩むのを触れた唇で感じて口内に舌を挿し込めば、ふあっ、と声が上がって頑なに背を向けていた身体をくるりと容易に俺の方へ向けて強く抱き締める。


「んっ、……っ」
「まだシないから、抱き締めさせてよ陽菜」
「…まだ?」


スルの?と俺の腕の中、胸元に額を押し当ててくぐもる声で聞く陽菜の太腿を俺の足を跨がせてグッと真ん中へ押し当てながら、もちろん、と答えをあげる。
もう格好悪いほど余裕がないぐらい俺のは硬くなってるけど、うん…、と小さく頷きながら俺の背中に回った陽菜の腕が俺を強く抱き締めてくれるからまだ大丈夫。まだ、ね。


「陽菜」
「うん?」
「言ったっていいよ」
「え…ちょ、きゃあ!」
「ん。いい感じ!」
「…もう。重くない?」


くたりと眉を下げて笑う陽菜を道連れにベッドに仰向けに倒れて俺の上に身体を預ける陽菜が慌てて身体を起こそうとするのを腰を抱いて阻止!んー!いい具合の密着感。柔らかいし温かい。あ、いて!太腿を撫で上げたら手の甲抓られた。

いてて、と振った手で呆れたように眉を下げる陽菜の頬を覆い指で陽菜の目尻を撫でる。
俺を真っ直ぐ見つめてゆっくりと丸く意識が凝縮するように小さくなる様を見つめ、なんとも言い表せない愛おしさが心の中にとろりと流れ込む甘ったるさに顔が緩む。
いいんだよ、と言葉を重ねる俺に切なそうに眉を下げるこの子の葛藤を今日は全部知ろう。


「それが許されるのは陽菜だけだし」


俺はむしろ聞きたい、と続けるそれを言い切る前に陽菜が首を横に振る。はやっ!とブハッ!と噴き出し笑えば俺と一緒に笑う陽菜の声や息遣いの振動を重なる身体から感じて募った愛しさに目が細まり目尻が下がるのが自分でも分かる。


「嫌」
「頑なー」
「今更?知ってるでしょ?」
「!……そういう顔、すげェ好き」


細めた目が俺を煽るように挑戦的で、身体の奥からぞくりと興奮が駆け上がってくるような高揚感を与えてくるそんな顔。
やっぱ駄目か。そう簡単には言ってくれないと思った。俺を引き止めるような言葉を、きっと陽菜は唇を噛み締めてそれが痛くてしょうがなくたって吐き出したりはしない。

なんていうのかな、こういうの。
どうしようもなく想われてんのに悔しくて情けないけどそれさえも温かいような不思議な感覚。
フッ、と身体の力が抜けて、ん!、と陽菜に腕を広げて見せれば一瞬ポカンと気の抜けた顔をしてから、偉そう!、と笑った陽菜が遠慮なく飛び込んでくる身体をぎゅうっときつく抱き締めた。
…キャンプの時、陽菜に気を許すあまりにきつくあたったり甘やかすことが出来なかった俺の隣に常にいた陽菜と眠ったベッドの上で目が覚めた時に陽菜の目頭に溜まった涙を見た瞬間、全身に冷水ぶっかけられたような感覚は今も鮮明に覚えてる。だからかな、もう2度とあんな風な想いをさせたくねェししたくもなくて少し焦るんだ。

陽菜の頭を撫でて、少しだけ伸びた髪の毛の感触を指に滑らせながら繰り返す。


「樹くんに、」
「この体勢で他の男の名前呼ぶ!?」
「………」
「うわ、すげェ顔!」
「他の男って…樹くんだよ」
「男じゃん、アイツ。え、何に見えてんの?」


まさかやっぱり子供…?そうだとしたら今から話し合い!…という建前の喧嘩。信用とか信頼とか、そういうのとは別に正しい認識って必要じゃん!

首だけ起こして愕然と問いただす俺にはたと止まり思案するように目線を上に向けた陽菜は俺の腕に触れながらするりと身体を滑らし俺の上から横に身体を横たえて俺を見つめた。


「無害で可愛い後輩」
「そんなん分かんねェじゃん!!」
「分かるよ」 
「はあ!?」
「あんなに鳴のことを尊敬している樹くんだからああしてわざわざ言いにくいことを言ってくれたんだと思うから」
「!…アイツ、なんて?」


あーぁ…やっぱ俺も空港まで行けば良かった。
陽菜が樹に取って渡した航空券は試合が2つ観れるようにと最終便を取ってあって試合が終わってからすぐ空港に送ったらしい2人がどんな会話をしたんだか。
ムスッと顔を曇らせる俺にくすりと笑う陽菜が俺の頬を手で覆う。指先…冷た。けど手は温かい。


「鳴さんを信じてあげてください、だって」
「!……は?」
「私があんまりにも情けない顔してたのかな。頼もしい顔で、何が何でもこれだけは譲らないとばかりの目で言われた」
「…で?陽菜はなんて返したのさ?」
「生意気ってほっぺた抓った」
「はあ!?駄目じゃんそうやって簡単に触れたりすんの本当ありえない!!」
「鳴には言われたくないんだけど」
「は?」
「いひゃっ、いひゃい!!」


カチンッと頭にきて陽菜を組み敷き両頬をムギュッと抓り引っ張ってやる。もちろん力いっぱいじゃねェし戯れ程度だけど負けず嫌いな陽菜がやられっ放しなんかでいるわけがない。


「ブハッ!ちょ、やめ…!はははっ!」


空いた脇腹をくすぐられたらこの体勢で危ないじゃん!!
組み敷いてるとはいったって全身の重さを陽菜に預けてるわけじゃない。だからそんな風にくすぐられたら力が抜けて……っ。


「うわっ!」


って、なるじゃんほらもう!!
力が入らなくなった腕がもう限界で、トドメ!とばかりに、ツン、と横っ腹を突かれてどさりと全体重を陽菜に乗せてしまう。


「ごめ、!……陽菜?」


俺の首に陽菜の腕が回り、ぎゅうっと2人の隙間を無くすように身体を寄せながら抱き締めてくる陽菜の頭を撫でながら問い掛け呼ぶ。
この子がこうして俺に身体を寄せて抱き着いてくる時は言葉に出来ないけど甘えたい時。1度呼んでも腕の力を強めただけの陽菜をもう1度、陽菜、と優しく呼ぶ。


「…あと30秒。こうしたい」
「……ん。いいよ」
「鳴」
「うん?」
「愛してる」
「!…俺も。俺もだよ、陽菜」


むしろ絶対俺の方が陽菜を愛してる。
そう言い切ると、ふふっ、と笑ってくれて安心する。あ、別に笑ってほしいから言った嘘とかじゃねェけど。
ゆるゆると何度も頭を撫でていた手を陽菜の背中に回して俺も強く、腕の中に閉じ込めるようにして強く抱き締める。

どこをどうひっくり返しても陽菜からは俺の1番になりたいって言葉は出てこない。それが陽菜の覚悟と想い方だって理解しているから、陽菜が存分に俺を独り占めできるその日まで不器用なこの子の甘え方を受け入れて見失わないようにするんだ。


「陽菜」
「んっ、めい…」


名前を呼んで、俺の名前を呼び返してくれる甘さも。


「ひあっ…」


肌に吸い付いて素直に俺の想いの跡を刻み切なくなるほど強く湧く情欲も。


「鳴…ゃ、離れないで…」
「ん、ほら。おいで」


最初は嫌がってたのにあっという間に俺に堕ちてくる弱さと想いの強さを見せてくれる愛おしさも。


「まだ30秒経ってないけど、いいよね」
「…うん」


全部全部、俺だけのもの。
言葉がなくたって、陽菜の一挙手一投足から溢れ出る俺を欲する衝動と想いを感じながら俺の瞳を見つめ、綺麗、と言う陽菜の唇を塞いだ。



ひっくり返して降り積もる
(目に見えなくたって、俺の心にはちゃんと降ってるよ)

2021/06/16




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