甘さで返して


「うわぁ…!」
「…オイ、キョロキョロすんな恥ずかしい」
「無理ですよ!こんな…っ、凄い…!」
「!…まあね」


気持ちは分かるけどね。俺もMLBに移籍して初めて球場に入った時は日本代表として世界と外国の地で戦う時とは違う高揚感があったし。

樹が陽菜に招待されてこっちに来た2日目。酔ってそのまま眠ったコイツを運ぶのは骨が折れたけど、手を引っ張って引きずる?、と言う陽菜が、冗談だよ、と続けるもののにっこり笑うその目が半分くらい本気だったからさすがに気の毒になってゲスト用のベッドまで運んでやった。まぁ相変わらず俺より背があるし重たいしでムカついてベッドで眠る樹に足蹴したけど。

で、朝起きて早々に二日酔いで頭痛に苦しんでたコイツをホーム球場に連れてきてやれば嘘みてェにはつらつとしてやんの。
おぉー!!と球場をぐるりと見回す樹の語彙力の尽くせ無さが感動と興奮を示していて、俺は隣の陽菜と顔を見合わせて肩を竦めた。ふふっ、と楽しそうに笑う陽菜の顔をどこかで見たことがあると思ったら、あぁ…そっか。オフで日本に一緒に戻った時に少年野球チームの1日コーチを引き受けたあの日に見た顔と一緒だ、今の樹を見る陽菜は。
俺の投げた球を興奮する子供たちを、嬉しそうに。誇らしげに見てたっけ。……え、樹って陽菜の目にはそう見えてんの…?…陽菜ってそういうところある。


「お!客人か?成宮」
「あぁ、ロイ。お疲れー」
「お疲れ様。ロイ、今日は球場入り早いね」


俺の肩を叩いたロイに、珍しい、と続けながら腕時計で時間を確認した陽菜。あぁ、確かに。ロイは意外にも1人で集中したいタイプ。いつもの生活、いつもの時間、いつものローテ。それをルーティンにして調子を保ってるみたいなところがあるから、確かに珍しい。で、何かあった?、と陽菜が敏感にそれを感じて眉を顰めるのは前にロイのこのルーティンを崩すような予定変更が余儀なくされてしまうかもしれないという失敗を広報のジャンがしでかした時にその怒りに触れたことがあるからかな。

陽菜に目を丸くしたロイな眉を下げて笑い、いや、と首を横に振る。


「ちょっと野暮用があってどうにも落ち着かなくてな」
「ふうん」
「…憂慮なら必ずカイルと共有してね?」
「分かってるよ。んー?なんだなんだー?陽菜、俺が心配か!?」
「わ!」
「なっ…!ロイ、てめー!!はーなーせ!!」
「うおっ!と…旦那は怖えェな」


当たり前だろ!!なにどさくさに陽菜の肩に腕回してんだよ!!

バシッ!と払い陽菜の腕を引いて引き寄せロイを睨むも、で?と樹の方を顎でしゃくり指してまったく取り合わねェのがまたムカつく!!ほんっとさー…俺が移籍してくるまで陽菜がこのチームと過ごした時間は1年ちょっとのはずなのにまだまだ関係値に相容れず追い付けねェみたいなとこある。こういう時に強く実感する、陽菜が歩いてきた道の確かな軌跡みたいなもん。
ロイに樹は俺の後輩だど説明するのを見聞きしながら目が細まる。なんていうか、悔しくてそう思う自分が心が狭く小さな男みてェで複雑。


「へぇ…成宮の後輩」
「私も高校生の時に顔ぐらいは見合わせてるかな」
「ん?あぁ!そうか!陽菜は成宮とライバル校の野球部マネやってたんだよな!」
「あれ?私、ロイに話したっけ?」
「…んん?そういえば聞いてねェな。ニュースかなんかで読んだか」
「……そっか。なんかありがとう」
「「なにが?」」


…げっ、ロイとハモった。
嫌な顔を向けてやったつもりがロイはにんまりとしたり顔を返してきやがって陽菜を挟んで向こう側のロイを陽菜の後ろから蹴りつけてやると、やりやがったな!、と受けて立つとばかりに手を伸ばしてくるロイだったけど、


「はい、そこまで」
「「!」」


陽菜がロイの手が俺を掴む前に俺たちの間に身体を挟むようにして立つから俺とロイは陽菜の頭の上で目を細め合い喧嘩は開始前に終了。こんなこともずっと繰り返してきてるから俺たちも溜息をついて一時休戦。


「それで?別にロイに礼を言うようなことあった?今」
「鳴、"あの頃"に私たちを取り上げたニュースを読んだことある?」
「へ?あの頃?」
「うん。私たちが婚約を発表した頃」
「……ない」


だって何を書かれようとも俺には目の前にいる陽菜だけが真実で、確かな存在だからそんなの関係ねェし。

暗にそう含める俺の声に陽菜は、鳴らしい、と目を伏せて笑い頷きロイが来ていることに気付きあたふたとする少し先にいる樹に大丈夫だとばかりに手を振る。


「私もそう在りたかったけど、」
「陽菜の性分じゃ無理だな」
「そうそう。ついチェックしちゃう。それが仕事でもあったから。だから私が青道高校という稲実のライバル校のマネージャーであったって紹介をしていたニュースが出ていた時期も把握してる自信があるよ。ロイ、その頃に私たちのことを気に掛けてくれてたんでしょ?」


じゃなきゃ読まないでしょ、と言う陽菜。へ…マジ?そんな素振り全然なかったじゃん…。むしろ、いつ別れる予定だ?、とかってアンディーとからかってきてたぐらいだし。

ロイをまじまじと見れば頭をわしゃわしゃと掻き乱し、あー…、と照れ臭そうに右往左往させる目線を観念したように俺たちに戻してニカッと笑った。


「杞憂で終わって何よりだ」
「!……それはどうも。杞憂すぎるけど」
「そうでもねェだろ。な?陽菜。一瞬ぐらい、コイツと別れようかな?って思ったろ?な?」
「はあ!?思ってるわけねェし!!」
「お前にゃ聞いてねェ!!」
「陽菜に聞くまでもねェから!!」
「なんだと、この…!丁度いい…最近幸せオーラ漂わせやがってムカついてたところだ!こうしてやる!!」
「ちょ、やめろよ!!」


上から頭押さえてきやがって体格差を利用した嫌がらせに一方の俺は空いたロイの脇腹を突いてやる。今に陽菜が止めに入る…だろうと思ったけど。


「…あれ」
「……相変わらず嫁はサッパリしてんなぁ…」
「そこが可愛いけどね」
「どさくさに紛れて惚気んな」


いつの間にか俺たちを放置して樹と話してる陽菜に唖然とした俺たちの力が抜けて、で?と気を取り直し話を切り出すことにする。ボルテージが上がらないように放置するタイミングを間違えないのも陽菜のさすが。
…あーぁ、樹の写真撮ってやって困らせてるし。気遣い出来ると思えば急に子供みたいになったり見てて飽きない陽菜に翻弄されてやんの、樹。


「野暮用って?」
「あー…まだ野暮なことになるか分からねェや」
「ふうん…女?」
「さてな」
「あっそ」
「興味なさすぎかよ」
「興味はロイが幸せそうにしてたら持ってやるよ」
「!…ははっ!そりゃありがたいな!」


ロイはこの球団との契約は一先ず今年が最終年。契約が更新されるか、はてまた他球団への移籍になるかはまだまだシーズン中だからこれから次第。どこにいようとロイが幸せになれば喜び連絡して祝うぐらいには俺だって気に掛けてる。

さってと、と腕を回し今日は登板はないものの調整は怠れねェから捕手と組んで投げ込んで中嶋さんとトレーニングしねェと!


「陽菜ー!俺、そろそろ行くよー!」
「え…」
「へ?」


あれ、なに?思いがけない反応じゃん…え?
思わず振り上げた手をそのままにロイと顔を見合わせちゃうぐらいに珍しい陽菜には見られたことがない反応。
てっきり、いってらっしゃい、とロイが言うようにサッパリと見送られると思っていた俺は一瞬でも声と表情に翳りが見えて驚く。陽菜の隣に立つ樹でさえ目を丸くしてる。

陽菜は俺たちが一様に口を噤んだのを見てハッと息を呑みしまったとばかりに気まずそうに曇らせた表情をにこりと笑いに変えてひらりと俺に手を振った。ざわ、と心に波を立てるような違和感を口に出来るほどには正体が分からず開いた口から何も発せれずグッと閉じた。


「いってらっしゃい、鳴」
「陽菜…あのさ、」
「樹くんは今日のナイトゲームが終わったら空港に送って行くから心配しないで」
「や、樹の心配はしてねェけど」
「えぇ!?…まぁ、いいですけどね……。鳴さん、今回は本当にありがとうございました!」
「礼は陽菜に言えよ。俺はやってねェし」


むしろ知らなかったし、と溜息混じりに続ける俺に、ふふっ!と楽しげに笑う陽菜。やっぱ気のせい?いやでも…こういうの気付かねェふりしていいんだっけ?

ロイにも頑張ってと試合の活躍を応援する陽菜に見送られ球場の選手ロッカー内へと向かうけどやっぱり釈然としなくて歩きながら首の後ろに手を当てて首を捻る。
なんだっけ…ああいう感じ…陽菜からはあんまり向けられたことがないけど俺は確かに知ってる…と、思う。ただ、その記憶が陽菜とじゃない子とのものだけにバツの悪さが下っ腹から込み上げて胸糞が悪くなる。
目が丸くなって、見開かれて。ゆらりと瞳の揺らぎが心の揺れを見せているようで、あぁ…そうだ。その不安定さにぎくりとして俺は何か言葉を掛けなきゃって思った。思った、けど…。


「…ロイ」
「ん?」
「今まで付き合ってきた女の子たちに、野球と私どっちが大事なの?って言われたことある?」
「あ?…まぁ、アスリートには言われがちな言葉だな」


ある、と頷くロイに、だよな、と眉間に皺が寄る。
俺もあるよ。陽菜には当然言われたことがないけど。誰も彼も打ち合わせでもしてんの!?って聞きたくなるぐれェに言ってきた。野球ばっかで面白くない、なんて言われたこともある。で、俺はその時やっぱり打ち合わせたみてェにきっぱりすっぱりと、じゃあさよならだね、と切り捨ててきたわけだけど。


「…やっばい」
「何が?」
「すげェ後ろ髪引かれてる」
「!…陽菜か?」
「そう」
「あー…陽菜はそういうつもりはなかったと思うぜ」
「そんなことロイに言われねェでも分かってるし!」


だからこそにこりと笑ってからはおくびにも出さない陽菜の強さがあの子のすべてだと思ってた俺じゃ、もうない。

歩き進んでいた足はついに止まって、けどすぐに動き出す。声は頭に響き、瞼をシャッターとして切るたびに陽菜の笑顔と寂しそうな顔とが交互にスライドショーのように映し出されるような感覚に思わずギュッと目を瞑った。


「行ってやりゃいいじゃねェか」
「!…無理」
「…厳しい旦那だなぁ」
「違う。俺は俺を甘やかしてんだよ」
「………」
「1度でも触れたら離れられねェから、全部終わるまで触れねェようにしないと堪えらんない、俺が」


行ってやれたら。抱き締めてやれたら。キスして甘やかして蕩けさせることが今すぐできたら陽菜はきっと呆れたように笑ってから俺の腕の中で幸せそうにしてくれるけど。
けど、俺が無理。
そんなんじゃ我慢出来ないから。陽菜、もうちょっと待っててよ。

自然と早まる足取りに俺より2歩ほど遅れながらロイが、相当だな…、とぽつりと独り言のように呟いた。



甘さで返して
「…成宮はどうした?」
「おう!ジェフ、見てけよ面白いぜ」
「見世物じゃねェんだからパス!!」
「苛々というか、気迫…っていうより殺気…?」
「それだな!ニック、的を得てるじゃねェか」
「うるさいなぁ!!昨日俺が投げ勝ったリズムそのまま勝ってよね!!最近気が緩んでるんじゃねェの!?10点取ってこ!!」
「無茶振りすんな!!」


2021/06/15




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