軌跡の続きを生きる


野球はとてもドラマのあるスポーツだ。……と、言ったら野球だけが特別のように聞こえてしまうかもしれないけど、ドラマのないスポーツはきっとないとは思ってる。けれど私の中で、こんなにも心が震えて感情が高ぶって興奮するスポーツは野球を置いて他にはない。

鳴たち地元球団は今は遠征で移動中。今日、このホーム球場で行われるデイゲームはリーグ上位3チーム中の2チームの対戦。試合の結果如何ではランキングが入れ替わる3連戦の初日。球場は平日にも関わらずほぼ満席の盛り上がりで、私はその中で膝に肘をつき両手を合わせグラウンドを見守ってる。
序盤で得点を上げた2位のチーム。片や8回裏の攻撃の今もランナーは一塁に1人かぁ…。同点のランナーではあるけどツーアウトでバッターボックスに立つ姿はファールで粘るアイツ。移籍した今年すでにチームには欠かせない得点力のある選手の1人として名前が上がる主力の1人であり、私の真横でも女性ファンがグッズのタオルを掲げて、一也ー!!と応援される憎い奴。


「早く打ちなよ、バーカ」


打ちあぐねて追い詰められているようにはどうにも見えない。なんなら少し楽しむような余裕さえも見える。御幸め…本当、食えないんだから。

ふぅ、と息をついて呆れ目を細めていればほらね。良い音を上げて一塁ランナーを安々とホームに返すライトへの鋭い当たり。わぁ…!と盛り上がる歓声に手を上げ応える御幸は一瞬だけ明らかにスタンドのある場所目掛けて拳を握って見せた。なるほど、あそこに莉子さんがいるのね。フッと笑みが零れた私のズボンのポケットの中でスマホが震えたのが分かって画面を見てみれば、暑い!というメッセージと一緒に移動先に到着した鳴とロイ、ダンたちチームメイトが一緒に球場で写ってる写真が送られてきて、フハッ!と噴き出し笑う。みんな良い顔!

よし。私も送っちゃお。んー…ちゃんと写るかな?

スマホの内カメラにして自分と球場の様子を写した写真を撮って、こっちも暑いよ、とハイ送信!


「やぁ、久し振りだね」
「!」


ポンッと肩を叩かれてビクッと跳ねた身体でスマホを抱き締めて振り返れば、私の反応に驚いた目が見開いて私を見つめてる。
え、どこかで……。


「あ!…御幸の」
「そう。覚えててもらえて光栄だ」


お互いの担当選手の写真使用について1、2度会話をしたことがある程度の御幸担当広報の彼は、一也と莉子と飯でもどうだい?と御幸の次にバッターボックスに立った選手がホームランを打ち見事に逆転打を上げたそれに嬉しそうに拍手をしながらそう言った。


「は?」
「あれ?」
「……ドウモ」
「ブハッ!ははっ!彼女は顔に言いたいことが全部出るな!!一也!!」
「あぁ…本来はそういう奴ですよ」
「陽菜さん!久し振り!もしかして一緒にご飯食べれるの!?」


男共の失礼な本音の隣で彼女だけが癒やし!にこりと笑って頷くと手を合わせて、やった!と御幸を嬉しそうに見つめる可愛さったら。

ふうん、と顎に手を当ててしげしげと私を観察する御幸担当広報の彼の意図は2人の様子を見るに彼のみしか分からないことみたいだし、肩を竦め取り合わず、いい?と改めて2人に確認してみる。
試合は御幸のチームの劇的逆転勝利。9回のゲームの中でこんな風にいつドラマが起こるか分からないから面白いよね、野球って。で、試合が終わってワケが分からないまま謎の押しの強さで2人との待ち合わせ場所に連れて来られた私は、やっぱり鳴について行けば良かったかなぁ…、なんて考えていたわけだけど莉子さんがすっごく可愛いからいいかな。


「もちろん!!ね!一也!」
「まぁ断る理由もねェけど、鳴は?」
「移動」
「じゃなくてだな。付いて来いってよく言わなかったな、アイツ」
「御幸が鳴と私の関係をどう思ってるかは分からないけど、結構ドライだよ私たち」


あっちも暑いって、とスマホを操作してさっき鳴から送られてきた写真を見せていれば、ポンッ、と新しいメッセージ。あ、鳴。


「………」
「"なんで一也の試合行ってんの!?"…ふうん、ドライ?」
「っ…間が悪い…!」
「あはは!!」
「……可愛いから許されるよね、こういう時笑ってても」
「お前には無理だな」
「ムカつく!!」
「あ、それとも鳴なら許してくれるか?」
「はあ?喧嘩一択だよ」
「お前ら…少しは、」
「"穏やかに過ごせ"?」
「!」
「鳴に聞いたよ。2人とも気にしてくれてありがとう。今日はそれを伝えたくて、会えたらいいなぁぐらいで観戦に来たんだよ」


先日のリンが勝手に鳴の結婚指輪を指にはめて撮った写真をSNSに投稿した一悶着。御幸が気にしてくれたのだと面白くなさそうに話した鳴は、生き別れのお兄ちゃんじゃない?アイツ、と御幸のことを話してくれた。もしそうなら鳴にはお義兄ちゃんだよと言えば、げぇっ、と心底嫌そうな顔をした鳴を思い出して、ふふっ、と笑ってしまう。

ふぅ、と腰に手を当てて息をつく御幸に、


「そこは嘘でも応援に来たって言っとけよ」


そう言われてやっともう1人の存在を思い出した。私たちの会話を思慮深く観察するように聞いていた得体の知れない感覚を与える視線に眉を顰める。


「私は御幸の広報さんが言ったみたいになんでも顔に出るみたいだから、無理」


だから今、御幸の担当広報がどんな意図で私を食事に誘ったのか警戒を顔に隠せずにはいられないのに彼はそれを受けてもシレッと、じゃあ行こうか、と笑っただけだった。

タクシーでの移動で向かった先は私も知る魚料理を中心に出すレストランで、素敵!と莉子さんが嬉しそうにする様子に広報の彼は、だから選んだんだ、とすでに莉子さんのことをよく知ってる様子。……なんだろう。言葉にされないけど御幸たちと会話しているその間もずっと伺われているみたいで釈然としない。まぁそっちが明かさないのならこっちから暴くほどの興味もないけど。


「写真は使用しないでくださいね」


料理が運ばれて来て、1枚、と私たち3人の写真を撮り楽しげに、タイトルはどうしようか、と思案する彼に言い放てば御幸と莉子さんはハッと息を呑む。ごめんね、食事はとっても楽しいんだけどこれは私には大切なことだから。

んー?と笑みを口元に湛えたままの彼に構わず大きな海老が入り彩りも綺麗なサラダをひと口食べる。


「なぜ?君はもう球団の人間じゃないだろ?」
「成宮鳴があの球団の選手である限り、私もあの球団の関係者です」
「うん?」
「私は鳴のものですから」
「!」
「わぁ…」
「お前ね…」
「なるほど…」


スッと目を細める広報の彼に目を上げてニッと笑う。羨望と感嘆の眼差しで見つめてくる莉子さんに、真似しない方が良いよ、と苦笑いすれば、まったくその通りだな、と御幸に力強く同意されるのはムカつくけどまぁ勧められないのは事実。こんな風じゃなくて、もっと可愛く下手に出てお願いした方が円滑にいくことなんてたくさんある。もう職業病みたいなものかなぁ……女のくせに、と言われるのが嫌で肩肘張って生きていかないと難しい世界だったっていうのもあるし、選手のために自分を守ってなんかいられなかったしね。

このソースなんだろうね?と何もなかったように御幸と莉子さんに話し掛けていれば、ブハッ!と噴き出して笑う音。


「ぶくくっ、あー失礼!……っブハッ!」 
「……彼、笑い上戸?」
「いてて。抓んな、ムカついてるからって俺の手の甲を」
「よく笑う人だよ。今日は、ちょっと様子が違っただけで」
「ふうん…」
「はははっ!!いやー!参った!!さすがはカイルの一番弟子だな!!」
「!…カイルをご存知なんですか?」


カイルは球界ではかなり名の知れた広報であるからそれであっても不思議じゃないけど、口ぶりからするとかなり親しいみたい。
無意識に寄せていた眉間から力を抜いて彼を見つめれば口元に拳を当てなんとか笑いを収めた彼から手を差し出される。


「改めて、一也の担当広報のエドワードだ。エドでいい。君とは1度ゆっくり話したかった」
「…成宮の妻の陽菜です。ご存知でしょうが、成宮の専属広報兼マネージャーをしていました」


手を握り握手をしてそれを解きながら、あぁ、とエドは御幸を一瞥してから続ける。


「君の話しは一也と莉子からよく聞いていたよ」
「ブッ!ゲホッ!」
「わ!一也、大丈夫?」
「へぇ…どうせ碌な事を話さなかったんでしょうね」


慌てた様子で噎せる御幸を見れば聞かなくても分かる。目を細める私から逃げるように、トイレ、と立ち上がるその姿に肩を竦め莉子さんと笑い合う。こういう時意外と上手く対処出来ないんだから、御幸って。


「…うん。やっぱり君を食事に誘って正解だったな」
「!」
「ね、莉子」
「はい」
「……お役に立てたのなら、良かったです」
「理由を聞かないのかい?」
「さっきも言った通り、私は鳴のものですから。他球団の人間なので今日何かに気付いたとしても見聞きしたことを忘れます」
「そうか…うん。よし、本音を話そうか」


そう言ってエドは神妙そうな顔をして目の前にあった酒の入るグラスを離れたところへ置き直した。莉子さんは美味しそうにお酒を飲んでいて、わお…相変わらず進むんだね。料理に、ってよりもお酒に目を輝かせて興味津々の姿にくすりと笑っていればエドが話し出す。


「一也とは高校の同級生だって?」
「はい、莉子さんとも。ちなみに成宮は同地区のライバルエースでしたよ」
「それも2人に聞いたよ。なかなか凄い巡り合わせだ」
「そうですね。でも…必然です」
「うん?」
「あの2人は…。いえ、あの2人に限らず野球バカはいずれ同じ場所に辿り着くんです」
「はははっ!確かに!!いやぁ、予想外だった」
「はい?」
「あの成宮と結婚したという女性が専属マネージャーだと聞いて、それはマネージャーじゃない。ただの女じゃないか、と思った」


……随分とハッキリと言う人。にこやかな表情とは裏腹の言葉に目を丸くしてからその目を伏せて笑い私も口を開く。これだけ歯に衣着せぬ言い方をされるといっそ清々しい。


「大半の人はそう思ったと思いますよ」
「けど、一也や莉子から話を聞いたり君を見ていたりその言動をSNSや新聞で読む限りそうじゃないのだと分かったよ」
「!…なぜそんなに私のことを?」
「一也は逐一君を心配していたようだから憂慮ならなんとかしなきゃならないと思った…というのは建前だ」
「え……」
「同じ球界人として、君のような人間は尊敬に値する」
「!」
「辛く悲しく悔しいことなど、いくらでもあっただろう。だが揺らがずそこに立ち続けた君の姿こそが成宮を支えるマネージャーであることのなによりの証明だった。今日はそれを伝えたくて声を掛けさせてもらったのが1つ」


思いがけない言葉に丸くなった目がなかなか戻らなくて構わず料理を食べていた手が止まったままになってしまう。フォークにアスパラを刺しっぱなしで…行儀が悪いのだけど、こんな風に言ってくれる人が同じ球界人の中にいるだなんて思いもしなかった。望んじゃいけないとも思っていたし、それが当然だとも受け入れていたけど。

グッと奥歯を噛み締めて俯く私は慌てて気を取り直し顔を上げる。


「まだ理由が?」
「うん。一也がなかなか俺に心を開かないから、君を利用して共通認識を作ろうと思ってさ」
「……はあ?」
「ははっ!その顔、カイルに似てるなぁ。あ、それと。あわよくばこの接触で成宮が調子を崩してくれたらという企みもある」


それは言わないほうがいいんじゃ…。明け透けすぎるエドにくすくす笑う莉子さんがグラスを置いて口を開く。え、カラ!?もう飲んじゃったの!?


「一也はエドがぐいぐい来るからなかなか馴染めないんだよ」
「あぁ…なるほど。御幸って失礼なことを自分からズバッと言うのにそのくせ相手から踏み込まれると壁作るところあるよね」
「そうそう!」
「おー、さすがの旧友だ」
「いえいえ。エドもさすがの策略ですけど、成宮はこんな事ぐらいじゃ崩せませんので次からは楽しい話しが出来るお誘いにしてくださいね」
「んん!?わはは!!ならキスでもしてみようか?」
「その瞬間殴られますよ」
「成宮に?」
「私に」
「ブハッ!!さすがはカイルの部下だなぁ!ちなみに俺もかつてはカイルの部下だった!」


お腹を抱えて楽しげに笑うエドに、ふう、と息をついて刺しっぱなしになっていたアスパラを食べる。戻ってきた御幸はついにテーブルを叩いて笑うエドに目を丸くしたものの莉子さんから話しを聞いて、クハッ!と噴き出し一緒に笑った。なんだ、全然大丈夫そう。その調子で楽しく野球談義を始めた2人は放っておいて、私は莉子さんと楽しく話すことにした。
エドから貰った言葉がほわりと胸の中で温かいのは、なんだか悔しいから今は気付かないふりをした。



軌跡の続きを生きる
《へ?一也たちと飯食べたの?》
「うん。あの魚料理が美味しいレストラン」
《あぁ、あそこか》
「サラダに美味しいソースがかかってて、鳴が戻ってきたら真似して作ってみるね」
《マジ?楽しみにしとく!……あー…電話で声聞けるのもいいけどさ。やっぱ会いたくなる》
「分かる、私も。……さ、」
《さ?……んー?なになに?》
「…寂しい」
《!え、なに!?本当に陽菜!?》
「っ…やっぱりなんでもない!!おやすみ!!ちゃんと寝てね?お風呂は身体温めてね?冷房効きすぎないように気をつけて。それから、」
《ははっ!切る気ないじゃん!》

2021/05/27




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