雨が窓を打つ強い音で眠りから浮き上がった。
やっぱこの子が腕の中に在るとよく眠れる。その事実がここ最近確定して俺の中に安堵感や幸福感が溢れて陽菜に伝える愛になる。

外は荒天らしく、雨粒が大きいのも風が強いのも頭の上にある窓が教えてくれる。ガタガタという音に1度は閉じた目を開ければ今度は雷が地響きのように空気を震わせながら鳴り響いた。今日は午後から球団のトレーニング施設に行って担当してくれるトレーナーと一緒にやる予定ではあるけど、ベッドの中が心地良すぎるし陽菜の腕が俺の背中にしっかり回り抱き締めてくれてんのが嬉しすぎて俺からは離れらんない。

ていうか、今何時?


「ん…鳴?」
「あ、ごめん。起こした?」


スマホで時間を確認しようと首を捻ってそれを探そうとした俺を呼ぶ声は掠れて色っぽい。けど身動ぎの仕方や声調は緩慢で、こんな甘えたで可愛い陽菜を見られるのは俺だけっていう特別感を貰ってることに優越感。一歩外に出て仕事を挟めば陽菜からはこんな様は見られねェし。

頭を撫でて、前髪を避け額にキスをする。ん…
、と小さな声と共にこっちにもと言わんばかりに顔を上げてきて唇にも触れるだけだけど、想いが十分に伝え合わせられる大事なキスをする。あーぁ、フフッ、なんて力の抜けた笑顔を見せてくれちゃったりするから俺の顔もだらしなく緩むじゃん。


「鳴、今日は中嶋さんのところでしょ?」
「そ。さすが。スケジュール頭に入ってんだ?」
「もちろん」
「あれ、起きちゃうの?」


陽菜もスマホを探してるのか俺の腕の中でもぞもぞとしてから身体を起こして腕を伸ばす俺に眉を下げて笑う。


「私は午前中から仕事」
「マジ?」
「うん。カイルにも呼ばれてる」
「…カイルって陽菜のこと自分のものって思ってる節ない?」


上司なんだからしょうがねェかもしんないけどさ、と続ける俺に陽菜が口を開いた時機械音が鳴って2人で顔を向ける先に俺のスマホ。鳴のはあったね、とベッドから下りた陽菜にそれを渡され早々に離れてしまう温かさが名残惜しい。まったく、誰だよこんな朝から。
……あぁ、朝なのはこっちだけってわけね。ムカつく!この前の仕返しだろ絶対!


「ハイハイ!なに!?」
《お前、電話ぐらい穏やかに出れねェのかよ…》
「今更?一也が俺にそんなの求めてるとは思わなかった」


呆れた声で溜息混じりに言う電話口の相手の名前を呼べばキッチンで電気ポットのお湯を沸かす陽菜が振り返り目を見開いてキュッと唇を硬く結んだ。え、なに?…黙ってろって?唇に人差し指立てて、シィーッて可愛いね。まさか俺が黙ってるなんて思ってもないだろうに、ニッと笑う俺に肩を竦めるぐらいだし?
あぁ、朝か。そう一也が電話の向こうで日本時間とこっちの現地時間との時差に今こっちが何時か気付いたらしいけど遅い。


「あーあ!一也に邪魔されたー!陽菜と一緒に居んのに!!」
「鳴!!」
《は?……"鳴"?今の、陽菜の…》
「なにさ?っちょ…!うわ!!あっ、ぶな!!」
「ナイスキャッチ!!」
「どうも!!だからっていきなりスマホ投げる!?」
「よく取れたね」
「感心されてもなんか嬉しくねェ!!」
《頼むから電話口で喧嘩すんなうるせーよ!!》
「元々は一也が掛けてきた電話のせいだし」
《こらこら。責任転嫁すんなよ相変わらずだな》


つーか、と続ける一也に、なに!?と返すがそれどころじゃない!陽菜が俺のカップに砂糖入れてんの!朝から甘ったるいのは陽菜の可愛さだけで十分だから!!

キャッチした陽菜のスマホを置いてベッドから立ち上がりキッチンに急ぎ、やめろってば!と叫ぶ俺に一也がでっかい溜息をつく。


《陽菜がそこに居るなら代わってくれるか?》
「!」
「あ、鳴。自分で入れちゃったじゃん」
「あー!!」
《だからうるせーって!!》
「大丈夫。これ、ノンカロリーのシュガーだからウエイト心配いらないよ」
「俺がしてんのは味の話しだし!」
「じゃあこっちいいよ」
「!…これ、陽菜のでしょ?」
「甘いもの飲みたかったから入れただけ」
「っ……はあぁ!もう。…じゃ、陽菜はこっち」
「……え?」
「一也が代わってくれってさ」


陽菜と何を話したいのか、俺には検討もつかねェけど。陽菜に直接掛けず俺を通したところに一也の誠意みたいなもんは感じた。
はい、と陽菜に俺の一也と通話中のスマホを渡した俺は良い匂いの立つコーヒーカップを手に取り目を細める。

少しの沈黙の間に雨と風の強さを思い出した。
陽菜が俺のスマホのディスプレイに目を落とし、俺を見つめる。……一也が陽菜を仲間として大事に想ってんのはちゃんと理解してる。だからこそ後悔と写真を手放せなかったんだ。それは陽菜だって同じでしょ。もちろん介入しようがない2人の繋がりが面白くはねェけど、陽菜が大事なものを大事にする手助けはちゃんとしたい。
陽菜の頬に手を当てて、唇を寄せキスをしてあげる。頭を撫でて起き抜けでちょっと乱れてる長い髪の毛を指で梳いてあげれば目を細め綺麗に微笑んだ陽菜が俺のスマホに指を当ててスッと動かし何かを操作。え、まさか切る…?


「もしもし、御幸?こんばんは、でしょ。そっちは」
《おー。悪いな、朝から》
「いいよ」


あぁ…そういうこと。俺のスマホをキッチン台に置いて陽菜がコーヒーのカップ片手にひと飲みするのを見ながら俺もコーヒーを飲む。……うっまい。陽菜が淹れてくれると本当に美味く感じる。

陽菜がした操作は電話をスピーカーに切り替えたもの。どうしたの?と俺と話す時とは違う、少しぎこちなく緊張した様子が見てらんなくてまた頭を撫でてあげる。


《どうしたもこうしたもあるか。どっかの誰かさんがまったくメッセージを返さねェからわざわざ鳴に電話したんだよ》
「返したじゃん。心配いらないって」
《お前な、10の内の1でしかねーよその答え方は》
「10の内の10だよ御幸。私と鳴は心配いらない」
《!》


あ、やべ。一也と同じタイミングで息呑んだ。
そんな俺にくすりと笑ってから陽菜が返事のない一也に続ける。


「御幸が心配してくれてるのは分かってる。ありがとう」
《……鳴は一筋縄じゃいかねェ奴だぞ》
「よーく知ってるよ」


なんだと。うりゃ、と陽菜の頬を突くと、やめて、とその手を払いながらもくすくす笑う陽菜が、ん?、と問い掛けてくる一也に、なんでもない、と笑いを含みながら返す。


《結婚云々も、あのSNSは間違いじゃねェんだな?》
「球団が発表したやつ?本当だよ」
《記事にゃ一般の女性って書いてあっけど》
「御幸が私を人気モデルだとか女優だとかって認識してんのなら否定するけど?」


ブハッ!と思わず笑っちゃう俺の頬を今度は陽菜が突く。いいよ、別に。その代わり、喰われても文句言わないでよね。
ニッと笑う俺に陽菜がハッとするのも遅い遅い。陽菜の指を捕まえてぱくりと咥える俺がぺろりと舌で舐めればカァッと真っ赤になる陽菜。グッと息を呑んでんの、分かる。そりゃ電話はスピーカーだし、一也も聞いてるしね。
陽菜の指からは砂糖の甘さが微かにする。甘いコーヒーはあんま飲まないけど、甘いものは好きだから目を伏せて味わっていればバシッと頭を叩かれて、いった!
真っ赤な顔で涙目で見られても怖くないけど、怒らせたいわけじゃないからごめんごめんの意を込めて両手を広げて掲げる降参ポーズ。
やれやれとばかりに呆れる陽菜だけど、目は優しいから好きだ。

球団のSNSといえば、カイルが記者たちに嗅ぎつけられるより先に俺たちの婚約を発表したアレかな。
俺の手に俺が贈った青い石のある指輪をする陽菜の手を重ねて撮ったあの写真と共に発表された瞬間にたくさんのいいねと共に祝福のメッセージを貰った時に陽菜がホッとしたように笑ったからカイルの思惑通りだったってわけだ。強面で言葉少なめの広報のボスは婚約者である俺であるよりもこの子のことを理解して不安をいち早く取り除いてあげたんだ。先手必勝だとかなんとか言っちゃってさ。俺の部下のことだからなんでも分かるとばかりの勝ち誇った笑みに一方の俺は口元引き攣りっぱなしだったけど!

ふぅー、とカップに向けて息をかけて冷ます俺がそんなことを思い出しながら上がった湯気を見るともなく見ていればやや間を空けて一也が小さく息を吸い込んだのがスピーカーから漏れる音に分かった。


《鳴》
「!……」
《聞いてんだろ?》
「なに?」
《陽菜を泣かせんなよ》
「……は?一也に言われるまでもないし、泣かせるつもりもねェけどさ」
《なんだよ?》
「陽菜を泣かせることが出来んのも俺だけだよ」
《!》
「一也たちの前じゃ陽菜は泣かない。だから俺の前だけでは泣かせてあげるよ」
《どんだけ自信あんだよ。尊敬するぜ》
「別に普通だよ。一也たち自慢の元マネが俺に自信をくれるだけ」
《はっはっは、そりゃうちの元マネが世話になってますー》
「ムッカつく!!もう返せねェかんな!!」
《当たり前だろ。返そうもんなら総出でお前を潰すぞ》
「こっわ!青道OBはいつからそういう集団になったわけ!?」
《わりとガラは悪ィぜ?麻生が陽菜の元カレに絡んだこともあるしな》
「なにそれ、私それ初耳!!」
《聞きたかったら青道のOB会、逃げんなよ?》
「う…」
「それ俺も行くからよろしくー!」
《はあ?来んな》
「行くし!!陽菜の夫として挨拶しときたいじゃん?」
《亮さん、怖えぞ》
「なんなの陽菜も一也も、揃いも揃って」


ずっと前からこうして話したことがあったみてェな、自然な空気で3人で話してんのが不思議だ。陽菜はもう言いたいことを言って満足したらしく、飲み終わった俺や陽菜のカップを洗ったりベッドを整えたりと俺が一也とメジャーの事情や移籍のことを話してるのを余所にスマホから離れてちょこちょこと動いてる。


《ていうか陽菜は?》
「ん?もう満足だってさ」
《はあ?アイツも相変わらず勝手な奴だな》
「なんかまだ言いたいことをあるなら伝えるけど?」
《いや、そう言われれば俺も言いたいこと言ったし聞きてェことも聞いた》
「そ?なら俺からも1つ」
《は?》
「陽菜が困ることがあったら助けてやってよ」
《!》


陽菜が洗面所へ行ったのを見計らってそう言った俺に一也が電話の向こう側で小さく息を呑む。ま、そんな反応にもなるか。俺が一也に、しかも陽菜のことを頼むなんてさっきまでの会話からしたら思いもしなかったことだろうし。
陽菜が洗い水切りマットの上に置いたカップを手に取り布巾で拭きながら、ふぅ、と息をつき口を開く。


「別に一也じゃなくてもいいよ。婚約者と一緒にこっち来んでしょ?その人でもいいけど、俺が手を伸ばしてやれない時に陽菜を気にかけてやって」
《鳴、お前…》
「なに?」
《…いや。分かった。陽菜にも莉子が世話になるって伝えてくれ》
「あぁ、婚約者の?分かった」


まさか一也とこんな会話をする日が来るなんてね、思わず笑っちゃうよ。じゃあね、と切った一也との通話を終えたスマホを置いたまま洗面所にいるはずの陽菜へと足を向ければ扉のすぐ後ろで壁を背にして立つ陽菜がジッと俺を見つめて、ありがとう、と言う。


「んー?なにが?」


いつの間に俺の服、洗濯して乾燥してくれたんだろ。陽菜が持つ俺の服を受け取り着てから陽菜の頭に唇を寄せる俺に何か言いたげにしたけど、1度開いた口を閉じて言葉を飲み込んだ陽菜は俺と一也の話を聞いてたらしい。そんで、


「カップ、拭いてくれたでしょ」


聞かなかったことにして俺の想いをそっと受け止めてくれる優しい子だから、俺は一也に頼んだんだ。
あれは、いつだっけ?
春市が自分の先輩が話してたという"人生は引き算"だって言葉を思い出す。俺と陽菜の関係は引き算じゃなくて、プライドや意地とか捨ててでも足し算していかないと苦しくなる日がきっと来る。陽菜の上司であるカイルもやけに陽菜に距離が近いアンディーも。俺のためじゃなく、陽菜のために足せるものはなんだって足すよ。倉持だけは例外だけどさ、それだけは譲れない。

陽菜に、お安い御用!と笑いかけて顔を寄せるとキスがしたい合図だと理解してくれる愛おしさにまた顔が緩む俺は柔らかくて温かい唇の感触をもっと追い掛けたいのをグッと我慢して、さぁ!、と無理やり気を取り直す。


「朝飯、食お!」



足し算の定理
「ご飯、どうする?雨少し弱くなったから食べに行くのもできるよ?」
「んー。や、いいよ。陽菜が作ったやつ食べたい」
「そう?なら鳴も手伝ってね?」
「もっちろん!あ、そういえば一也から伝言。婚約者のことよろしくってさ」
「あぁ、莉子さん。すっごい美人なんだよね。御幸め」
「へぇー」
「鳴は会ったことないの?」
「うん。俺、基本的に友達の彼女とか会わねェようにしてたし」
「え、なんで?」
「好きになられちゃったことあるから」
「あぁ…なるほど」

続く→
2020/10/08

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