あの日から数時間後、俺のスマホが鳴り止まなくなったから、うるさ!、とお構いなしに通知オフとサイレントモードに設定。
SNSやニュースでわりかし大きく取り上げられた今回の"あれ"
どうやらこの子のスマホも同じ目にあってるらしく、通知音が鳴って対応しては溜息をついてる。難儀だね。そんな風になるぐらいなら無視しちゃえばいいのに。
「万が一仕事の連絡だったらと思うとそうもいかないよ…」
「ふうん。で、今の誰?」
そういえば俺はあんまり陽菜の交友関係を知らないや。
そう続けて寄越せの意味も込めて手を差し出すと首を傾げて不思議そうに手を重ねてくるとかなんなの可愛いじゃん!
思いがけない行動に一瞬目を丸くしたけどすぐににんまり笑えばハッと気付いたらしい。パッと離してしまうから、残念、と言ってやれば唇をキュッと結んで悔しそうにする陽菜にウズウズする。
厚くも薄くもない、綺麗な桜色の唇はすっごい美味しそう。色が乗ってる時もあるけど今日はグロスでてらりとしてるだけで健康的で逆に加虐心が湧いてしまう、なんて。
俺ってば断然S気質。やめてと言われれば意地でもやめたくないし、その理由まで暴いて中身をぐっちゃぐちゃにして自分の手でまた整え直すのが好き。興奮する。
なんて心の中で色々思ってるわけだけど、俺と陽菜は実はまだ始まったばかりだ。
スマホを自分の後ろに隠した陽菜に目を細める。
「本当、ありえないよね…」
「また言ってる…」
「一生言うよ」
「い、っしょう…」
これだもん。
はあぁ、とわざとらしくデカい溜息をついて困らせたくなるじゃん。
カァッと真っ赤になって俯いた陽菜が"一生"という言葉にこんな反応をしたのは明白で、俺は陽菜が俯いた時に流れた長い髪の毛を指で避けてその横顔を眺めながら心の中で、しょうがないなぁ、って呟いて苦笑い。
一生に一度って決めて精一杯カッコつけたプロポーズがまさか受けられてないなんて、あの状況で思う!?あの場に居て俺たちを見守ったみんながみんな、おめでとう!って言ってたんだからみんな俺のプロポーズは大成功だって思ったに決まってる。断じて俺が1人で浮かれたわけじゃない!現にSNSでは俺のプロポーズが大成功だってあちこちであの時の写真付きで拡散されたし、俺のスマホにだってお祝いの言葉がどんどん飛び込んだわけだし。あの写真に、彼女平凡じゃない?、とか言った奴ふざけんな。
そうだというのにこの子は。
ジッと見つめてもう一度、はあぁっ、と溜息。
「だって…成宮くん言ったでしょ?」
と、いうのが陽菜の言い分らしいけど、聞く?全世界の皆さん。
目を細め気まずそうに目を伏せて何度目か分からない言葉を陽菜が丁寧に繰り返すのを見つめる。これだけでこの子に悪気があったわけじゃなくて本気でそうだったんだって分かるけど。
「まずは好きになってもらうところから、って」
「……ふうん」
「だから!…私も改めて成宮くんと始めようって…そのつもりで」
あの、だから。
そう言葉を尽くそうとして、精一杯なんだなぁ…陽菜も。
実はちゃんと分かってるよ。分かってるけどこうやって黙ってると、聞いてる?、って顔を覗き込んでくんの。で、ジッと見つめてくる。その内ふわりと笑って俺の瞳真っ直ぐに、綺麗、なんて言ってくれるからそれ待ちってわけ。
「……綺麗」
ほらね。女の子にこんな言葉をもらうのは初めてじゃないかな。カッコいいとか、不本意だけど可愛いとか言われることはあっても綺麗だなんてそもそも男に言わないよね。
じんわりと胸が温かくなってニッと笑う。するとホッとしたように陽菜も笑うから今はいいかな。常套手段に使われたんじゃ困るけど。
手をゆっくり伸ばして、逃げる隙きを与えてあげるけど逃げないから陽菜の頬を手の平で包む。
こうやって、俺を許してくれる距離を陽菜は本当に少しずつ縮めてくれていて愛おしく感じる。
「もう泣いてない?」
「!…うん」
「そ。良かった」
頬を包んだ手で目元を擦る。帰ってきた時腫れてたし、今でもたまにぼうっと何かを考えてる時間がある。気付いたら引き戻してるけどね、俺が一緒にいれば。
陽菜はあの日、心の中を整頓するようにゆっくりと何があったのかを話してくれた。
辛そうで悲しそうでもう取り戻せない時間にもどかしそうで、何度も抱き締めたくなったけどそこは手を握るだけで我慢した。この時間を邪魔したら陽菜は俺のところに戻ってこない気がしたんだ。
半ば無理やり連れ帰った俺の家で気付けば一緒にソファーにもたれて寝てたとか、今どき高校生でもなかなかこんな健全さないんじゃない?少なくとも俺は隣に好きな子がいれば触れたいし声を聞きたいと思うけど。
どうしてかこの子は側にいるだけで俺を満足させてくれる。あ、性欲とは別だけど。
俺の手に擦り寄るように顔を傾けて目を瞑る陽菜の心はまだ全部は俺のところにはない。心が目に見えてさ、自分の手で入れ替えられたらどんなに簡単か。
ただ、
「陽菜、好きだよ」
そんな手段がもし取れたとしても選択なんてしようと思わないから俺はこの子が大事なんだろうね。
俺の言葉にカァッと赤くなる陽菜に、しょうがないなぁ、って目尻が下がる。最初に聞いた時は嘘でしょって思ったけど陽菜が男を知らないっていうのは本当だって、こうしてると分かる。
8年前から倉持への想いを引きずっていたわけだけど、男と付き合ったことはあるわけで。その間よく自分を守ったなぁって感謝と、男の甲斐性のなさに呆れる気持ちと、それほど倉持への想いが強かったのかなという嫉妬とか混ざり合って俺の中ではちょっと複雑。
ただ、実際問題陽菜の中で倉持への想いがどんなものかがはっきりしてるかも俺はちょっと怪しいと思ってるけどね。
今はただ陽菜からも俺と同じ想いが返ってくるのを、
「!ちょ、成宮くん…!」
「なんで避けるのさ!!」
大人しく優しく待つ、なんて殊勝で紳士な俺じゃない。
首を傾け陽菜に顔を寄せると焦って俺を遠ざけようとする腕を掴んでグィッと俺へと寄せる。
「避けるよ!何しようとしてんの!?」
「何って、キスじゃん」
「な…!」
「あ、言っとくけど軽い方じゃないほうね。ベロチューの方」
「言わなくていい!!」
「真っ赤になって、可愛いー陽菜」
「も、や…!」
「ほらほら気持ち良くなるよー?」
「言い方が変態!」
「当たり前じゃん。好きな子には変態になるでしょ、男なんだから」
「好き、っな…」
あぁーぁ、そんな真っ赤になって。いっぱいいっぱいなとこごめんね。口が緩んでしょうがないくらい楽しくて興奮するような変態でごめん。一瞬抜けた力の抜けた身体を引き寄せ抱き締めればもう逃げられないでしょ。成宮くん、と小さく震える声まで甘ったるく聞こえてぞくりと駆け抜ける興奮にもう限界。もう、いいでしょ?
陽菜は決して肉付きのいい方じゃないし、胸だってまあまあのサイズ。ただ、こうやって抱き締めれば柔らかいしいい匂いもする。
女っていうよりはまだ女の子って感じの反応が、これからどう変わっていくんだろ。楽しみで喉が鳴る。獲物を狩る狼って、こんな感じ?
陽菜が必死に顔を背けるから剥き出しになった首元に顔を埋めてやる。ヒャッ、と小さく上がった声をもっと聞きたくてちゅうっと吸い付いたり舐めたりすれば腕の中でそのたびに陽菜が震えるから、なんて可愛いんだろ。
「んっ…や、待って…」
「待ってキスさせてくれるなら」
「それは…っん!」
「へー…、耳弱いんだ?」
良い事知っちゃった。
耳を舐めた時いっそう良い反応をした陽菜が目を潤ませて俺を睨むからもうキツイ。何がって、このシチュエーションでキツくなる箇所は1つしかないけど。
ハッ、と少し俺も息が乱れてそんな俺を見つめて陽菜がますますいっばいいっぱいになってくれるのが堪らない。
「俺、言ったよね?」
どうしようって陽菜の目が揺れて言葉を探してるのがよく分かる。
逃さないよ。逃してあげるわけないじゃん。陽菜にあげたチャンスは日本に渡したあの時の1度だけ。帰って来られるギリギリの時間は陽菜がもし帰って来れなかった時の言い訳にしてほしかった。倉持と一夜を過ごしたりしても、俺にはそれは分からないから。
だけど陽菜はちゃんと俺のところに帰って来たし、俺が言った通り2人きりになってから辛い胸の内を話してくれた。精一杯甘やかしたよ、手出さなかったし。
勘違いじゃなくて、確信。
陽菜はちゃんと俺の想いを見つめてるし、真剣に答えようとしてくれるだけの優しさもある。
陽菜はにやりと笑って言った俺に心当たりを見つけたのかパクパクと口を開けたり閉じたりを繰り返して焦っちゃって、可愛いのなんのって。ひよこかなー、色んな意味で。
こういう反応が俺をますます夢中にさせてるっていうのは、まだ内緒。
「こうやって俺のところに帰ってくるなら遠慮する理由もないから、覚悟しときなよって」
「だからって……1週間一緒に謹慎って…」
「なんで?2人とも話題になっちゃってんだから2人一緒に謹慎しといた方がいいでしょ?」
「…成宮くんの家で?」
「監督が所在が分かりやすい方が都合が良いってさ」
それに、と続けながら恥ずかしさや色んな感情にもう限界そうな陽菜の耳を弄る俺に首を窄めくすぐったそうに身動ぎするのを見て目を細め笑ってあげる。
「何かあった時に守ってあげられる」
俺の彼女は大変だよ?と続ければ、まだ彼女じゃない、なんて言って伏せる目が艶っぽい。
高校の時付き合った子は俺のファンとよく喧嘩してたし、日本よりもプライバシーが保護されにくいこの地ではすぐにSNSで拡散されてしまう。
「守られるような可愛げのある女じゃないけど…」
「陽菜は分かってないなぁ。好きな子が可愛くないわけないじゃん!」
と、いうわけで。
陽菜を抱き締めながら一方の手を伸ばしスマホを手にする。俺のじゃなく、陽菜のね。
「うわ!ロック掛けてないじゃん!」
「え?わ!!な、なんで持ってるの!?」
「え、誰かなって。さっきからブーブー言ってるし。ていうかちゃんとロックかけなきゃ駄目じゃん。俺がやってあげる!」
それはさておき、さーて誰かな。立ち上がり陽菜が手を伸ばしてくるのを俺も手を頭上に伸ばし避けながら、ひょいひょい、とメッセージアプリをタップ。
アルファベットが並ぶ中、ちらほらと見える漢字の名前に通知マーク5件の表示。
「…一也?」
「やっぱり御幸だった…」
「えーっと、"なんで鳴?""こら、返事しろ""鳴はやばい""ニュースでやってるあれ、マジ?"……なにこれお兄ちゃん?」
「御幸、ずっとそうなんだよね。なんだろ、あれ…」
「ふうん…」
「あ、返して」
「ちょっと待って」
へー。ふうん、そうなんだ?
別に陽菜が悪いわけじゃないけどムッとする俺は一也のトーク画面を開いたままメッセージアプリのカメラを起動して、say cheese!、と掛け声を掛けて内カメラで俺たち2人を撮影。あ、上手く撮れたじゃん。見上げる陽菜が可愛いから俺のスマホにもあとで送るとして、ハイ送信!
「あー!!」
「うるさ!」
「送っちゃったの!?」
「送っちゃった!」
「そんな可愛く言っても駄目!もー…」
既読ついちゃってる、なんて言ってていいの?
俺からスマホを取り戻し唇を尖らせる陽菜こそが可愛くて顔が緩むのを感じながら、ひょい、と顔を覗き込むようにして掬いあげるように、チュッ、と。
「……え」
「もう1回、してもいい?」
「っ……!だ、駄目!!」
「しまーす」
「ちょっとー!!っ…んー!」
愛しさが溢れたので「痛いんだけど!抓ることないじゃん!」
「だ、だって駄目って言った!5回目もした!」
「ベロチューじゃないじゃん!」
「そういう問題じゃない!だって…」
「だって?俺の脇腹抓った理由として聞くけど?」
「心臓、苦しい…」
「………」
「から…あんまり、あの…。え、なんで真顔…?」
「走ってくる」
「今?」
「うん今すぐ。やばい、本当やばい。爆発する。襲っちゃう。今なら一気に奥まで突っ込んじゃう」
「……?…は!?」
「いってきまーす。」
続く→
2020/08/12
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