マフラーに顔を埋め、はぁ、と息をつくと温かさが肌に返ってきて少しだけ寒さがましになったような気がする。夕暮れ時で仕事や学校から開放された人たちが歩く様子をベンチに座り眺めていると留学生なのか日本人の女の子が、成宮鳴さんですか?、と遠慮がちに話し掛けてきて、そう!とマフラーから顔を出してニカッと笑い対応。


「大学生?」
「はい!今年から留学してます!」
「ふうん、こっち多いよね。留学する子」


サインいいですか?とやっぱり遠慮がちに言うその子に、もっちろん!と返せばこれしかなくてと申し訳なさそうに差し出されたノート。うわ、当たり前だけど開けば全部英語。
ノートが出てくるだけ上等だよ。前に酔った女に、下着にお願い!とかって道端で脱がれながら言われたからね俺。
なんて笑いながらが話しペンを受け取ればくすくす笑う女の子はまだ高校生っぽい子供らしさを残していて懐かしさに目が細まった。俺もこーんな可愛い頃あったかなー、なんて。

座りな、と俺の横をぽんぽんと叩き促せば驚き目を見開いたその子は、失礼します!と緊張しながらベンチの1番端に座る。


「これなんの教科?」
「人間学です。こっちの大学に師事したい教授がいて…」
「へー。すっごいね」
「いえ!自分の好きなことなんで!!」
「それが1番大事!君、よく分かってんね」


名前は?と聞きながらノートにサインしていく俺に返る名前を書く。隣から感じる嬉しそうな目線と緊張した空気にくすりと笑う俺の頭の中に浮かぶ陽菜の、見た記憶があるはずの高校生姿。ま、高校生の陽菜は俺にサインを求めたりしないだろうしなんなら舌打ちの1つぐらい平然とするだろうけど。

プッと思わず噴き出せば不安そうにした隣の女の子に、ごめんごめん、とノートを渡す。


「留学って大変?」
「え…あ、…はい」
「どんなとこが?」
「やっぱり言葉…です。できるつもりでいたけど、実際にコミュニケーションを取ってみると上手くいかないことばかりで…」
「うんうん」


沈む声に優しく返せば溜まりかねていたのかグッと感情を押し殺したような顔をする女の子は俯き膝の上に置いたノートの上で手を握り締めた。俺たちの前を犬を散歩するおばちゃんが興味有りげに眺めながら通り過ぎていく。


「正直、自信がなくなってしまう時もあります…」
「そっか。友達は?」
「あ…こっちに一緒に留学を目指して入学した子がいます」
「そ。なら大丈夫じゃん」
「はい!」
「俺は高校卒業してプロに入ったし」
「ドラフト観てました!兄が野球をやってたんで一緒に!ドラ1すごいです!」
「ありがと!まぁ、だから大学のこととか全然よく分かんないけどさ。これだけは言えるよ」
「え?」


高校卒業とほぼ同時に何も持たずにこっちに来た陽菜を想い、女の子の頭に手を置いて笑いかける。
友達もいない。今までの経験もこっちじゃ通用しないし寄りかかるものもない。そんな陽菜が俺と出逢うまでにどれほどこうして俯き寂しさや悲しさに堪えてきたかと思うと胸が痛む。もしタイムスリップとかできて、その頃の陽菜に会えたら怒られても嫌われても傍にいる。近い未来で俺と絶対に会えるように仕組んじゃうかもしんないけど。


「後悔だけはしないように、精一杯やんなよ」
「!」
「ちなみに!俺は高校生活に一片の後悔もねーし、今までだってねーよ!」
「わぁ…格好いいですね!」
「へへーん!でしょ?友達に自慢していいよ!」
「あ、その子御幸選手のファンなんであんまり羨ましがらないと思います」
「それ今言う必要ある!?」
「でも私は成宮選手のファンです!」
「あーうん、ありがとね…」


屈託なく笑うから怒る気もなくなっちゃって、くはっ!と笑う俺に、やっぱり…、とどことなく感慨深そうにする女の子。


「ん?」
「あ…えっと…学校でも時々話題になるんですけど」
「俺?」
「はい。成宮選手は最近対応が柔らかくなった、って」
「んー?そう?」


自分じゃいつも通りのつもりだけど、言われて悪い気もしないから褒め言葉として受け取り重ねて何度もお礼を言うその子に手を振り気をつけて帰りなと見送った。

詳しく聞いたことはないけど、大変だったんじゃない?とまだ陽菜と組んだばかりの頃に何の気無しに聞いたことがある。その時は陽菜がどういう経緯でこっちに来て、どんな想いを抱えてたかなんて知らなかったから本当にただの興味本位。陽菜もそれが分かったんだと思う。別に、と肩を竦めてそっぽ向いたその可愛げのなさに喧嘩したっけ。だってさ、すっげー顔してたんだよ。今でこそ思い出せばつい顔が緩んじゃうからマフラーにまた顔を埋めて空を仰ぎ息を吐いて紛らわすけど、まだそれほど人間関係ができてない時にあの顔!
一瞬顔を歪めて、アンタになんか話すもんか、ばりの不服そうな表情が可愛くないったら。あんな顔する!?

…まぁ、強くはあるよね。
何度もその強さに触れてるし太鼓判は押すけど、それがあの子のすべてじゃない。どうにも強いから自分は大丈夫…と思ってる節があまりにも強くて前からちょっとした違和感だ。
傍にいれれば俺が気付いてあげるけど、陽菜は傍にいない時に限って泣くんだ。日本から戻ってきた飛行機の中でも随分泣いたみてーだし…。目なんて離してらんないじゃん。しょうがないなぁー、なんて建前だけどさ。

ふぅ、と吐いた息がまた白い靄になって空に消えていくのを見ながら上着のポケットに手を入れてある物を握るのと同時に反対側のポケットからスマホが鳴る。


「もしもーし」
《鳴?どこ?》
「さっき送った場所までは来てる?」
《うん。でも人が多いし…》
「じゃあそこにいて!…俺が見つける」
《え、ちょ…》


スポンサー元のCM撮影を終えて、大事な用事を済ませた夕暮れ時に陽菜を呼び出した。地元ではわりかし有名な公園で、秋の名残りを紅葉した落ち葉に残してる通りに設置されていたベンチから立ち上がり通話を終えたスマホをポケットに入れた。
ひゅお、と吹いた風が頬を冷たく撫で、カサカサと落ち葉を鳴らす。

犬の散歩やジョギングをしてる人、子供と買い物を終えて今日1日のことを話しながら楽しげに歩く親子。手を繋ぐ恋人同士や馬鹿で下世話な話しをして笑いながら話す男たち。様々な人間模様の中でただ1人いると落ち着いた。ここは俺が好きな場所。
でも今日は1人じゃないし、ずっと陽菜のことを考えていたから孤独でもなかった。

少し歩くとグルグルと巻いたマフラーの下から出る長い髪の毛が風に揺れる後ろ姿を見つけて、大きく息をついて静かに上がる心拍数をなんとか収める。あー今なら吐けるかも…!


「陽菜」
「!鳴…寒いのに」
「平気。俺、寒いの嫌いじゃないしね。ていうか陽菜の方が寒そうじゃん!」
「私は寒いの苦手…」
「知ってる。俺のマフラーも使う?」
「ううん。鳴がしてて」


陽菜がマフラーを口元まで引っ張り上げて、それで?と首を傾げて続ける。


「どうしたの?何かあった?もしかしてCM撮影に問題が、」
「ちょっとタンマ!そういうんじゃねーから!」


俺ってそんなに心配されるようなことある!?
詰め寄り顔いっぱいに心配を浮かべた陽菜に両手を前に広げヒラヒラ振ると陽菜がホッと息をつき目を細め、良かった、と微笑み、お疲れ様、と言ってくれる。まあね。野球じゃないことを自分に求められるのはこれが結構疲れる。ただ単に、投げてくださーい、なら早くていいけどそうもいかねーし。
それにしても心配しすぎじゃない?

ははっ、と笑うと口を尖らせた陽菜も眉を下げて屈託なく笑う顔に心臓がまた緊張を思い出して心拍数が上がる。ポケットに手を突っ込み硬い感触を握り締める俺はギュッと唇を結んだ。


「陽菜、手袋外して」
「え?あ、鳴手袋してないんだ。でも私の使える?」


使えるわけないじゃん、の一言が笑ってでも言えない。口の中がカラカラに渇くぐらいに緊張して、ふぅ、と俯き息をつく俺は首を傾げる陽菜が手袋を外すのを見てからポケットで握り締めていたそれを俺に手袋を渡そうとしていた陽菜の目線の先へ出す。


「え…鳴?」


紺色の、手の平に収まるほどの小さな四角い箱。どうやら陽菜はこれが何かが分かってくれたみたいで一先ず良かった。なに?と真顔で聞き返してくる陽菜だって十分に想像できたし。
言葉を失くし俺を見開いた目で見つめる陽菜にニッと笑う。周りで行き交う人たちが足を止めて息を呑むのが分かる。そろそろ外灯も灯る頃になるけど、陽菜の瞳がだんだん潤んでくるのが分かって俺の心臓も緊張に大きく跳ね上がった。


「これは昨日した約束の形。やっぱちゃんとしねーとさ。2人のはまた2人で買いに行こ!」
「こ、こんなところで…っ」
「もー!そういうの今はいらねーの!…受け取ってくれるんならこの後カイルのとこ一緒に行くよ」
「め、めい…」
「…うん。大好きだよ陽菜。何度でも言うよ。結婚してください」


箱の蓋を開くと中身を見つめた陽菜が嬉しさを顔いっぱいに浮かべてパッと俺を見つめる。あ、分かった?


「これ…!鳴の瞳と同じ色…!」
「そ。陽菜がいつも綺麗って言ってくれるからこれしかないでしょ!」
「……綺麗」


陽菜の細く華奢な指輪に似合いそうな2連のリング。それぞれに石がついてて1個はクリア。もう1個はブルー。一目見た時に、これ!と指差したから店員の人が本当にいいのかとばかりに目を丸くしてた。
普段自分を飾ることがあまりない陽菜を、周りの男どもが色気がないとか言うけど端にこの子を飾ることを許されなかっただけでしょ。ま、いいよ。ネックレスもピアスもぜーんぶこれから俺があげたものになるし。2度と色気がねーなんて言わせないよ俺が。

言葉探すように、1度開けてまたギュッと閉じる陽菜の唇に掠めとるようなキスをして絶句する陽菜に、ははっ!と笑いながら箱から指輪を取りケースはポケットへ。
恭しく、お手を、と自分の左手を差し出しニッと笑えば陽菜が泣きそうな顔で笑って左手を重ねた。ピュウッと囃し立てる口笛に目線だけ向けるといつの間にかギャラリー多っ!みんな暇なの?って感じだ。帰りなよ、寒いんだから!

細い薬指を1度指で撫でて、ゆっくり指輪をはめていく。うわ…やばい…!心臓出そう…!手が震えんのを今なら寒さのせいに、できるかな?


「ちゃんとぴったし!さすが俺!」
「どうして分かったの?指輪のサイズ」
「何度も触ってた」
「気付かなかった…。でも、それで分かる?普通」
「俺だからねー」
「さすが都のプリンス」
「今それ!?」
「本当…王子様みたいだったよ、鳴」
「!」
「今は私のプリンス、なんて」


へにゃ、と表情を柔らかく崩して幸せそうに笑う陽菜はそう言って指輪のある左手を自分の顔の前に広げ、綺麗…、と震える声で呟いた。


「ありがとう、鳴。すごく嬉しい」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今からそんなんで大丈夫ー?俺、まだまだ陽菜のこと喜ばせる予定なんだけど」
「鳴こそ大丈夫?」
「へ?俺?」


なにが?
キョトン、とする俺に陽菜がニッと悪戯っぽく笑い近付き背伸びをして俺に顔を寄せながら小さく言う。


「あんなに手が震えてたのに、これからもっと凄いことしてくれるんなら心臓止まっちゃうよ?」
「!っ…大丈夫だし!見てなよ!」
「はいはい。一生ね」
「んな…!上等じゃん。絶対に逃がさねーかんな」


俺がそう言えば嬉しそうにはにかみ笑う陽菜に、俺もくたりと笑う。あーぁ、もう。ずっとこんな感じかもね、俺たち。思ったよりお互いが見えてる心地良さに溺れていく。
そしてお互いの呼吸で呼吸を補いながら生きていくんだ。

笑い合い、コツン、と額を合わると、おめでとうー!と周りで声が上がる。ちょっと前に空港でもこんなことあったなーなんて思いながら真っ直ぐ俺の瞳を見つめる陽菜のそれを追い掛けてキスをした。
指を絡め繋いだ手に初めて感じる指輪の感触。指を添わせるとひやりと冷たく、今日はこのまま手を繋いでいようと決めた。



これは愛のほんの一欠片
「あ、写真撮ってもらお!前みたいに!」
「!……いいね」
「お、意外。嫌がると思った。すみませーん!誰か写真撮ってくれる!?できれば上手な人!!」
「鳴」
「よろしく!あ、なに?」
「大好き」
「!っ…そ、そんなの…俺だって…っ、ちょ!誰だよ!?今、ヘタレって言ったの!!」

続く→
2020/09/12

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