シャワーを浴びてリビングに戻ると本当に小さな鼻歌が聞こえて俺はしばらく足を止めて壁にもたれて耳を澄ました。いつも聞く陽菜の声とは違う、知らない声に聞こえるのが不思議で知らなかった一面を知れるのも心地良い。
ソファーに座れば俺には背を向ける形になるからなかなか気付かねーかな。リズムに合わせて小さく揺れる頭。長い髪の毛がゆるりと流れて魅入る。男ってさ、揺れるものに弱いんだって。こう、狩猟本能が揺さぶられて捕まえたくなる衝動になるらしい。単純だよね。だけどまぁ、分かるけど。

バサッと音を立てたのは陽菜が手にして広げたバスタオル。陽菜、乾燥機に入れてた洗濯を畳んでくれてるんだ。…あれ、これ。この歌。どっかで聞いたことがあると思ったら。


「ヒッティングマーチ?」
「わ!!」
「でしょ?俺の稲実の頃のさ。今、歌ってたの」
「い…いつから?」
「ここに?」
「うん」


ビクッと身体を跳ね上がらせた陽菜は恥ずかしいのか決め兼ねた表情で気まずそうにギュッと口の端を結び俺をジッと見てる。俺はといえばそんな様子に目を丸くしてから、にんまり。可愛いよね、本当こういうところ。

壁から身体を起こして近付き屈んで固く結ばれた唇にキスをする。すると今度は目を見開いて、怒る?かと思えば、ふふっなんてはにかみ笑うから、あー…もう、意地悪中止!


「鳴?」
「気にしないで。こっちの問題」


ぽすっと陽菜の肩に項垂れてカァッと上る熱をごまかす。今まで全然見えなかった陽菜の一面。強気で冷静な普段しか見えなかった仕事仲間として関わってたちょっと前とは違う。 
くすぐったい、と俺の髪の毛に柔らかく笑いながらも俺に擦り寄る陽菜は本当はこんなに甘えたな子なんだって、陽菜を知るみんなに言ってもきっと信じてもらえない。みんなに言いふらしたいような、誰にも見せてたまるかと守りたいような…まだ独占欲と自慢したい気持ちとのバランスが俺の中で上手く取れない。
カイルにだって、陽菜を部下として思いやる言葉だって分かってんのに嫉妬するし。


「体勢辛くない?こっち座って」
「ん」
「まだいじけてる?」
「いじけてねーし」
「あんなに文句言ってたじゃん」
「そりゃオフにいきなり仕事入ったら文句の1つも出るでしょ」
「言おうと思ったんだけど、その日に私は帯同できないしカイルに言ってもらったほうがいいかなって」
「…本当、優秀な専属広報だよね」
「どういたしまして」


満足そうに得意げに笑う陽菜の横に座り膝に頬杖ついてその横顔を眺める。
薄いシャツを着るその襟元から俺がつけた跡が見えてるじゃん。…やらしい。


「鳴、一緒にやる?」
「ん?…うん、やる」
「今までどうしてたの?洗濯とか、畳んだりとか」
「服ならいっぱいあるし、遠征すればホテルとかで纏めてクリーニングに出すし不自由はしなかったかな。クローゼットにかければいいしさ」
「なるほどね。鳴、あんまりお風呂に浸からないでしょ?」
「へ?なんで分かんの?」
「こっちって日本と違ってウォークインクローゼットに続いてバスルームがあるでしょ?」


このお家も、と続ける陽菜は話しながらもテキパキと洗濯物を畳んでて、すっげー!と褒めれば嬉しそうに笑った。陽菜の横に詰まれたバスタオルはフワフワしてて手を置けば気持ち良く沈む。


「私はクローゼットはあんまり使わないんだ。お風呂に浸かる時間が長いから湿気が気になっちゃって。でも鳴のクローゼットは掛けてある服も問題なさそうだったし、ベッドルームに置いてある衣装ケースに全然服が入ってないからそうかなって」
「へぇー…。考えたこともないや」
「覚えてね」
「へ?なんで?」


別に不自由はないけど。
きょとん、とする俺に陽菜は、なんでも、と優しく笑いながらまた洗濯物に手を伸ばしてバサッと音を立てて膝の上に広げた。
この時、陽菜が何を思ってそう言ったのか、俺には分からなかったしむしろ必要ないと気にも留めず上手く畳めないシャツに顔を顰めていればくすくす笑って、こうだよ、と優しく教えてくれる陽菜とのゆっくり流れる時間が心地良く感じていたぐらいだから俺ができなくてもこうして一緒にやればいいよと言ったけど。目を細めて優しく笑っただけの陽菜の言葉の意味を理解する日が来るなんてこの時は思いもしなかった。


「あ、これシーツ?」
「うん。…あの、汚しちゃったから…」
「汚し…あぁ、血?」
「言わないでよ…」


やけに大きな白い布があると手に取れば白いベッドシーツ。恥ずかしそうな陽菜は昨日の夜に初めて俺に抱かれて痛みと共に血が出たことを思い出したのか、もう、と口を尖らせ俺の手からシーツを引いた。
それでも俺が離さなければ、鳴?と俺を心配そうに呼ぶから真っ直ぐ陽菜を見つめる。するとジッと見つめ返してくれる陽菜がいつも通り、綺麗、と言うのを実はちょっと待ってたり。


「…痛かった?」
「!……うん」
「ごめんね」
「ううん。……すぐに痛くなくなったから大丈夫」
「ふうん…気持ち良かったんだ?」
「な……っ、もう!」
「わ!!せっかく畳んだタオル投げんな!」
「鳴が悪い!!」
「なんでー?俺はすっげー気持ち良か…」
「言わなくてもいい!!」
「ちょ…!あー!もう!!」
「!」


バサッとシーツを広げて陽菜の頭から被せて捕獲完了!!驚く陽菜の頭を抱えてそのまま抱き締めればしばらく硬かった身体が柔らかく俺を抱き締め返す。素直じゃないけど、本当可愛いよ俺の彼女。すぐに、苦しい、とプハッとシーツから真っ赤な顔を出すのもね。

そんな姿がある姿に重なって、あ!と俺が声を上げる。


「陽菜、こっち座って」
「え、うん」
「で…こうして」
「鳴?」
「…よし!」
「なに?シーツ、頭に被せて」


真っ白のシーツを陽菜の頭に被せた俺に不思議そうな陽菜の左手を取って、ん"ん"!、と喉を整える。えーっと。


「汝、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、成宮鳴の妻として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
「!」
「だっけ?そんな感じだよね、誓いの言葉!」
「まさか、ベールのつもりで?」
「そ!真っ白でさ、なんか似てるなーって思ったんだよね」


そう言いながら陽菜の左手薬指の付け根を指で撫でればぴくりと手を震わせた陽菜が眉を下げて、愛おしそうに俺に笑うから心臓が跳ねる。
こんなままごとじゃなくて、今すぐにでも結婚したいけど俯いた陽菜の気持ちがちゃんと整うまでは待つつもりだ。まぁどこまで待てるか分からないけどさ。

笑い返し、なんてね、と言おうと思った俺の手を陽菜がギュッと握り返す。陽菜?と覗き込めば上がった目が真っ直ぐに俺を見つめて、俺は息を呑み目を見開く。


「成宮鳴」
「!」
「汝、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、三森陽菜の夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
「陽菜…?」
「私は、誓います。永遠に、死が2人を分かつその時まで成宮鳴を支え共に想い合い生きていきます」


息が止まって、心臓がバクバクと苦しそうに胸を叩くのを耳のずっと奥で聞く。
陽菜が静かな声で俺を真っ直ぐ見つめ言った言葉を頭の中ですごい速さで反芻して、理解して、口の中がカラカラに乾くのを感じると同時にじわりと目に熱さと涙が込み上げる。

やばい、陽菜の手を握る手が震える。力を入れれば俺の手の中で潰れてしまいそうなほど小さく華奢な陽菜の手が俺の手を離さず真っ直ぐに伝えてくる。陽菜の想いを。

俺の言葉は陽菜よりも軽くなってしまう。分かってる、自分のせいだ。今まで色んな子たちと付き合ってきて、自分が何をしたいのか見失うこともあったし、俺が野球選手だからついてくる女の子たちに失望していつしか期待することも忘れた時もあった。
けど1人よりは良かったから優しい言葉を垂れ流した結果、陽菜に広報として尻拭いされてたことも知らなかった馬鹿な奴だから俺は。
陽菜に真っ直ぐ愛されていいのか、本当は自信がない。野球以外はなんにもできねーし、こんな時に言葉に詰まり開いた口からすぐに音が出ない。けど。


「お、俺は…っ」
「………」
「陽菜が好きだよ。今までこんなに人を好きになったことはない。陽菜と一緒にいると俺が俺でいられる」
「うん」
「陽菜」
「はい」
「っ……」


白いシーツの中でふわりと笑う陽菜が綺麗だ。グッと言葉に詰まるけど。ちゃんと伝えたい。陽菜の手をしっかり握り返しゆっくり息をしてから真っ直ぐ陽菜を見つめて口を開く。


「死が俺たちを分かつその時まで、大事にする。ずっと愛する」
「!…うんっ」
「俺と結婚しよう、陽菜」
「はい」


よろしくお願いします、と頭を下げる陽菜を抱き締めて、こちらこそ、と返す。白いシーツは畳んできた他の洗濯物と違う香りがする。


「あれ?違う洗剤?」
「あ、気付いた?嫌いじゃない?この香り」
「うん」
「なら良かった。これはね、ラベンダー。前に鳴が眠れない時があるって言ってたことがあったでしょ?ラベンダーは入眠を助けてくれる効果があるの。だからオイルを少し入れたんだ」
「っ……」
「鳴?」
「俺のお嫁さんが俺を好きすぎてどうしよ…!」
「ち…!違くないけどっ、そう言われると恥ずかしい…」
「あーハイハイ可愛いなー!もう!」
「え、ちょ…きゃあ!な、なに!?」
「なにって、ベッドに行くんだけど」
「は!?」
「せっかく可愛い妻が誘ってくれてるから全力で応えてあげるのが夫の役目でしょ!」


洗いたてのシーツもあるしね、と陽菜を抱き上げてニッと笑う俺に目を丸くした陽菜が、もう…、と諦めたように笑いながら俺の目元に指を当てて、やっぱり綺麗、と言い掬った涙を見せた。
こんなやり取りがずっと続き、当たり前になっていくといい。
陽菜の指に口づけて、指輪のサイズをこっそりと調べようと心に決めながら額を合わせ笑い合い2人だけの誓いのキスをした。



そろそろ運命を語ろうか
「あ!そうだ、写真撮ろ!」
「や、やだ!今は駄目!」 
「へ?なんで?」
「キ…」
「き?」
「キスマーク、見えちゃうから…」
「よし、撮るよー!!」
「聞いてた!?」

続く→
2020/09/07

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