食堂の一角でギャンギャンと上がる声を聞いて苦笑いしながら振り返り見れば隣に座ってたノリ君も同じようにしていて私たちは顔を見合わせ肩を竦め笑った。あーぁ、懲りないなぁ…栄純。今に飛ぶよ。何がって、


「うるせーぞ!!沢村!!」
「ぐはぁっ!!な…!ど、どっから飛んできたんすか倉持先輩!!」


倉持が。


「毎回毎回、同じことで騒いでんじゃねェ!!」
「だって!!毎日練習でそれどころじゃないんすよ!!気が付いたら奴がすぐ後ろにいる!!」


それ、昨日観たホラー映画のタイトルね。朝練の時に、すっげー怖かったんすよ!!と勧めてきた栄純ってば…映画を観る暇はあったのね。

はぁ、と小さく溜息をついて広げたノートに書き込む数式。スラスラと解いていれば、教えてくれ、と解き終わりを待ってゾノが目線の先にノートを出してくるから、うん、と応じる。
定期テスト1週間前。
部活動停止期間で、野球部は練習こそ認められているもののテスト勉強をする時間を持つためにいつもより短め。食堂にみんなで寄って、さぁやろうか、としてればあの有様。

栄純や降谷くんが金丸くんに縋りつくすっかり見慣れた光景になったね…。金丸くん、ファイト…。


「沢村くん、またやってる」
「懲りないねぇ」
「あ、唯に幸子!買い出しありがとう!」
「すまんな!」
「あれ?前園くん、その問題?」
「あぁ。いまいち分からん」
「ここだよ、ゾノ。ここ」
「あ?」
「ここでこの式当てはめて…」
「おー!!つまり……こうやな!?」
「うんそう。あのさ、近いしうるさい」
「なんでや!!分からへん問題出来たらこうなるやろが!!」


ガァッと喚くゾノのノートを、はいはい、と向こう側に追いやり、三森、と私を呼ぶノリ君にも、はいはい。


「陽菜、今回も引っ張りだこ!」
「こっちも見慣れた光景だよね。あ、私もそれ教えて!!」
「いいよー。じゃあノリ君の向かい側に座って、幸子」
「私もー!」


運動神経があまりない私にとって、勉強は頑張れば頑張った分だけ身につくものだからその結果が点数になるテストは実は嫌いじゃない。
それに、みんなとこうしてる何気無い時間が好きだから口が緩んじゃうんだよね。


「なんだ?ニヤニヤして」
「うっさい御幸」
「お前、最近俺に冷たくね?」
「お!そこやんの?俺も混ぜてくれよ」
「あ、倉持。後輩イジメお疲れー」
「バーカ、指導だ指導!」


に、してはニヤリと口角上げて悪者感ビシバシ出てるけどね。

ガタンッと隣に座る倉持を頬杖付き目を細めて、ふうん、と一瞥を送れば、んだよ…、と気まずそうにしながらノートを広げて続ける。


「アイツが悪りィんだろ」
「ま、正論だけどね」
「だろ?」
「賭けよっか、栄純が赤点回避するか」
「ヒャハハッ!面白れェ!乗った!」
「じゃ、私は栄純が回避するにファンタグレープ」
「マジかよ。なら俺は赤点にファンタグレープだな」
「じゃ、栄純ー!!」
「あ、てめ…!」
「ハッ!もしや陽菜先輩が助けてくださるんで!?」
「手助け無しなんて言ってないもーん」
「"もん"言うな!似合わねェんだよ!」


びえぇっ!とまるで子供みたいに泣いちゃってもう。栄純に手招きして、そこそこ、と私の後ろに座るように促しフッと倉持に笑う。契約の穴ってやつだよ。


「栄純、テスト範囲広げておいて。こっち終わったら行くよ」
「陽菜せんぱぁぁーい!!アンタ、神様か!!」
「それ昨日も聞いた」


ブレザーのボタンが取れたって騒いでるからつけてあげた時に。
大袈裟!と笑う私に、僕もいいですか?、と降谷くんが栄純の座っていた隣に座りながら言うから、もち、とピースサインを見せれば嬉しそうにするこの後輩可愛すぎ!


「オラ、沢村。陽菜が簡単にそっち行けると思うなよ」
「なに!?」
「そやで。俺らん頭がそう簡単に理解できるわけないやろ」
「えぇっと、つまり先輩方ピンチだと?」
「「お前が言うな!!」」
「あー!もう!!ほら、早くやろうよ!!」


なんで集まると収拾つかなくなんのアンタたち!!幸子!?、お疲れー、じゃなくて手伝ってよ!!

はっはっはー!と聞き慣れた笑い声を追いかければやっぱりコイツ。
止めてよ、と溜息つくも、いいんじゃね?みんなで仲良く赤点取れば、って…。主将らしからぬよ御幸。
ニッと眼鏡の向こう側で楽しげに目を細めた御幸がやってるのは、あ…英語か。


「陽菜は将来良い母親になりそうだな。で、子供に手を焼く」
「分かる!!結婚する人もきっと手が掛かる人だよきっと!」
「えぇー…私、亮さんみたいな人がタイプなのに」
「あぁ、前に言ってたね陽菜」
「なにお前、亮さん好きなの?」
「いやそういうのではない」
「ねーのかよ」
「陽菜ってしっかりしてるから小湊先輩とは合わないんじゃない?」
「かもね。三森とは仕事パートナーに最適なタイプかも」
「ナベまで!あ、ナベ私そこちょっと自信ないから教えてくれる?」
「珍しいね、いいよ」
「おーい。俺も英語やってんだけど」
「じゃあゾノと倉持よろしく」
「あ!おま、ずりー!!」
「栄純、降谷くん手が空いたよー!」


くるりと振り返ると、神様ぁぁー!!と飛びついてくる栄純の頭を、あ?とアイアンクローする倉持。5号室は今日も騒がしいなぁ。今に監督が入ってくるよ。悪い子はいねーかー!!ってね。
金丸くんが申し訳なさそうにをこっちを見てるのを、大丈夫大丈夫、と手を振って東条君たちと食堂を出ていくのを見送る。


「さて、やろっか」
「はい。よろしくお願いします」
「……わお。ノート真っ白」
「俺はー!?」
「はいはい。左隣ね」


技を掛けてる倉持の肩を叩いて一瞥してから座れば、チッ、だって。さすが元ヤン。


「お願いしゃす!!」
「しゃす」
「うん。今からだと基本を詰め込んで山ハリして挑むしかないから精一杯詰め込んでね」


2人の問題集やノート、教科書と範囲のメモを見ながら重要な場所にアンダーラインを引いたり解説したりしていれば左からジィーっと視線を感じて、ん?と顔を向ければ…え、近い…。栄純のでっかい目に私が映るのが見えるじゃん。チッと舌打ちしたのは倉持かな。


「栄純?栄純が私を女の子として見てないのは知ってるけど近すぎ」
「あだっ!」


ペシッとおでこを叩いてはいはい再開。
後ろでは御幸たちが勉強や談笑してる声を聞きながらただ1年前のはずなのに懐かしく感じる問題内容に目を細める。あっという間だよね、本当に。もう私たちがこうして一緒にテスト勉強するのも最後の年なんだ。


「陽菜先輩!」
「うん?」
「質問いっすか!?」
「あ、うん。どうぞ。どこ?」
「陽菜先輩はなんで青道に入学したんすか!?」
「……ハイ?」
「いだっ!ちょ、首を傾げながら叩かないでくだせーよ!!ずっと疑問だったんですよ!!マネさんたちがなんで青道にきたのか!!」
「それ、テストに出ないよ」
「降谷くんの言う通り」
「でも俺も気になるなー」


思いがけないところからの栄純への援護射撃。振り返ればノリ君が椅子の背に肘を乗せてこっちを振り返っていて、確かにな、とゾノも頷いた。


「仲間んことやのに、聞いたことなかったな」
「えぇー…幸子は?」
「え?私?私は野球が好きだから!」
「唯も?」
「うん。青道が強いのは昔っからだし、マネージャーになるって決めてたし」
「で?陽菜は?」
「御幸まで。興味ないくせに」
「そうでもないぜ」
「「胡散臭い」」
「お!ノリと陽菜、シンクロかよ!」
「嬉しそうにすんな倉持」


どうして青道を受験して、どうして野球部のマネをしようと思ったか。


「話せば長くなるからやだ」
「そんな殺生な!!」
「ほら、やるよ!!栄純と降谷くんが赤点回避したらご褒美で話してあげるよ」


ご褒美になるか分からないけどね、と続けると、おしおしおーし!!、と気合いを入れた栄純がニカッと笑い、約束ッスよ!!、とシャーペンを握り締め問題を解き始めた。
首を傾げる先で降谷くんもすでに問題を解いていて、今度はノリ君に向かって首を傾げる。

まぁ今回は倉持とファンタグレープを賭けてるわけだし、何はともあれちゃんとやらないとね。


「あ、栄純間違ってる」
「なに!?」
「降谷くんも」
「え……」
「………ナベー」
「はいはい。手伝うよ」
「よろしくね」
「ナベさぁぁーん!!ナベさんも神だ!!」
「神……!」


夏大を迎える前の定期テスト。ベンチ入りのメンバーも決まり、最後の夏はすぐそこ。この夏、1番強いチームであるためにすべてを注ぎ込む最後の。
栄純たちは分からないけど、ちょっとした会話や仕草で私たち3年がそれを意識してるのが分かる。
それに気付かないふりをして、今だけはただ他の生徒と同じようにはしゃぎ笑うんだ。



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