見すぎだろ、と通りがかりにポンッと肩を叩かれハッと顔を上げると口角を上げて笑う神谷先輩が、気持ちは分かるけどな、と自嘲気味に笑いながら俺の隣に腰を下ろした。さっきまでその席に座っていた鳴さんはお手洗いに席を立った陽菜さんを追い掛け席を外したまま、まだ戻らずハラハラとしている俺の心情を見透かされたようでバツの悪さから頭を掻く。


「鳴の専属なんだろ?あの子。なら"あんな話し"は山程知ってんだろ」
「そう、…ですよね」


現にあの瞬間、誰もが彼女を気遣い気まずくなったけれどあっけらかんと笑った三森さんは鳴さんより先に戻り今は白河先輩たちと話している。
酔った山岡先輩から投下された爆弾。鳴さんが昔、どんな風に女の子と付き合ってきたのかを青春の失敗のように話すには婚約者にはハードな話題だったんじゃないかと心配したけれど見ている限りじゃ動揺は見られない。場を執り成すためなのかは俺じゃあの人との関わりが薄すぎて判断しかねる。


「樹はあの子のこと、見た覚えあるか?」
「いえ…失礼ながらまったく…」
「俺は覚えてるぜ。っつってもたまたま見ちまったんだけで、話したことはねェけどな」
「たまたま?」
「青道が秋大を制覇した時、御幸が怪我を抱えてたってのは覚えてるだろ?」
「はい。あとから知って衝撃だったので…」
「で、たまたま見た。球場から帰る時に病院へ行くためにタクシーに乗り込もうとしてた御幸が胸ぐら掴まれてめちゃくちゃ怒鳴られてたんだよ」
「え、チームメイトにですか?」
「いや、あの子に」
「あの子…え!?三森さん!?」
「ありゃ相当な曲者だな」


じゃなきゃ鳴と結婚なんてできねェ、と楽しげにくつくつと喉を震わせ笑う神谷先輩は先輩たちの席に招かれてまた俺の肩を叩いて席を離れ間もなく白河先輩や三森さん達の輪に加わって話し始めた。

それにしても順応性の高い人だなぁ…三森さん。普通に楽しげに話してる。うちの先輩たち…いや、野球部はみんな一癖も二癖もある人ばっかだ。俺がどうなのか…は、自分じゃまだ普通だとは思ってる。少なくとも鳴さん達の世代はかなり個性が強い…。そんな人たちが三森さんを囲む光景をハラハラしながら見守りそんなことを考えながらきょろりと辺りを見回す。鳴さん、まだ戻って来ないのか…。助け舟いるかな?俺で助けになるか分からないけど。

ううーん、と首を捻って目についた串から外した焼き鳥を1つ食べる。うわ、固い。すっかり時間を置いてしまった食べ残り。テーブルにはもう料理がなく、みんなほどよく腹も膨れているだろうから追加で注文もいらないか。


「気配り上手」
「!っ…ふへ!?」
「あはは!なに、その声」


いやいや!いきなり後ろから、ひょい、と顔を覗き込まれたら誰でもそんな反応になりますよ!!

素っ頓狂な声を上げた俺を笑う原田先輩たちの声を後ろに聞きながら、ごめんなさい、と眉を下げ笑う三森さんは俺の隣に座る。び、びっくりした…!バクバクと心臓は跳ねてるしブワッ!と汗も噴き出して、ふうー…、と息をつき一旦落ち着こう。

ゆらりと揺れた長い髪の毛が印象的で、つい目で追いかけてしまう俺に構わず三森さんは空いた皿やグラスをテーブルの端に纏めて寄せながら話し出す。


「樹くんとも話したくて」
「え、」
「鳴がいない間に」
「…話せることは限られます」
「!……じゃあもういいかな」
「え!?あ、す…すみません。生意気なことを」


けど鳴さんがいない場所で何かを詮索されてもペラペラと口を割るつもりはない。稲実の頃から何かと鳴さんのことを聞かれることはあっても、これだけはずっと心に決めてきたことだ。

目を丸くする三森さんを前に1度目を伏せ、グッと握り込んだ胸元に手を当てる。その俺を呼ぶ、樹くん、という静かな声に目を上げれば俺と同じように伏せていた目を上げた三森さんがふわりと…笑った…。


「今の樹くんの一言で鳴がどう思われてたかとか、どんな風に接してきたかとか全部分かったからもう大丈夫」
「え……」
「樹くんだけじゃない。白河くんも神谷くんも、鳴を心配してくれてるのが言葉の端々で分かったから。今日、ここに来られて良かった」
「……あの」
「うん?」
「………」


言ってもいいだろうか。一瞬言葉を呑み込む俺に首を傾げる彼女は今、信頼を示してくれた。自分の知らない場所で鳴さんがどんな風に過ごし想われていたかを知り嬉しそうに笑うと同時に安堵する三森さんにこれを今更言うのは失礼かもしれないけど。


「俺も、凄く心配だったんです」
「…うん」
「鳴さんが婚約したってニュースで知って、また心無い搾取をされてしまうんじゃないかって」
「また?」
「あ、いえ…みんながみんなそうだったわけじゃないと思うんですが」


白河先輩が言った、角砂糖に群がる蟻みたいだという話し。
甘さが擦り減った結果、女の子たちに優しく出来ない鳴さんの様子は何度も見てきた。返ってこない甘さに苛立ち嫌悪さえも抱き、疲れていた鳴さんは何も持たずに1人でMLBへいってしまった。俺はそんな鳴さんがずっとずっと心配だったんだ。

掻い摘んで話す俺に頷きながら聞いてくれる陽菜さんのことまで疑っているようで、すみません…、ともう1度謝ると、ううん、と首を横に振った三森さんが顎に手を当て、なるほど、と神妙に口を開く。


「角砂糖…。でも鳴はただ黙って搾取されるほど紳士じゃないと思うけど」
「え……」
「なんなら、同等かそれ以上寄越さないと俺に見合わない!…ぐらい言うと思わない?だから大丈夫。鳴は馬鹿じゃないから分け与える人は間違えない。そんな姿を向こうで組んで一緒に仕事をしてきてずっと見てきたから分かる」


そうキッパリと言い切った三森さんの話しを聞いていたのか神谷先輩がにやりと笑い俺に、な?とばかりに目線を投げた。曲者…確かに。ただにこりと穏やかに笑う綺麗な人ってだけじゃない。発言の端々に意志の強さが滲み出て、有無を言わせない確固たる自信さえも感じる。
つ、強っ!
先輩たちに囲まれて心配だったけど、この人も負けじと個性が強い…!


「それにしても、角砂糖かぁ…上手いこと言うね」
「あ、俺じゃなくて白河先輩ですけど」
「そっか。……うん、なるほど」
「三森さん?」
「じゃあ私はホットコーヒーがいいな」
「ホットコーヒー?」
「角砂糖って固いし、ちまちま味わうのも性分じゃないから」
「え……あ!そ、そういう…」
「あはは!なんで真っ赤?」
「っ…しばらく放っといてください…!」


こんな風にストレートに独占欲を示されるとは思わなかった…!
鳴さんの過去の女性関係にも理解を示し、随分達観していると思いきやさらりと言い放った三森さんの言葉は鳴さんへの愛しさへの塊だ。それこそ三森さんは鳴さん専用の角砂糖なんじゃないかって思うほどに。ケラケラと楽しげに笑う三森さんが俺の隣でテーブルの片付けを簡単にするのを視界の端で感じながらじわりとその視界が滲む。
大丈夫だ、きっと。
三森さんのような女性ならきっと鳴さんは…鳴さん達は幸せになれる。良かった…本当に。

ギュッと膝の上で手を握り締めている俺を挟み原田先輩たちと三森さんが話すのを聞いていればどうやら鳴さんが戻ってきたようでそろそろ青道高校野球部OB会へと向かおうと話す2人を顔を上げて見る。


「今日はお邪魔しました。皆さんと色々お話し出来て嬉しかったです」


嬉しかった。その言葉が三森さんらしいと感じてしまうほどにこの短時間で陽菜さんがどんな女性かを理解した気がする。ぼうっと2人が身支度する姿を見つめふと鳴さんと三森さんの目が合いほんの少しの言葉や仕草の隙間に確かに想いを伝え合うような温かさを2人に感じて、良いお年を、と手を振り店を出ていく姿が戸の向こうに見えなくなっても俺はなかなか意識を離すことが出来なかった。


そんなことがあってすぐ、俺は思わぬ形で三森さんと思わぬ場所で再会した。
向こうでオフに入り帰国した鳴さんが近頃SNSを騒がしているのはニュースでも話題になっていたから知っていたし、SNSも見ていたからOB会以来であるしまったく久し振り感はなかったけれど。

聞き慣れたプシューという空気音と共に電車の扉が閉まって、その扉の向こうで三森さんがにこりと笑ってひらりと手を振る姿に1度口を開き、閉じ…って馬鹿か!!閉じてる場合じゃない!!


「三森さん!!」


どうし、…どうすれば!!
彼女のすぐ後ろにはあの男が立っていた。俺を巻き込むのを嫌ったのは分かるけど…なんて無鉄砲な!!

右見て、左見て!それから無意味だけど上を見て空を仰ぎ、グッと奥歯を噛み締め目をギュッと瞑り、あ"ぁ"ー…と小さく呻く。さすがは鳴さんの婚約者…!鳴さんに少し遅れるって伝えてくれって言ったって、絶対に俺が怒られるやつだ…!!
ブンブンッと頭を振って通勤通学で混み合う中でスマホで職場に遅れる旨をメールで打ち込み送信。たまたま客先と約束がなくて良かった、なんて思いながら、ふうー…、と吐き出した息が白く靄になるのを見てから人の間を縫って走り出す。冬のこの日はたった2年それがあっただけだけどやけに鮮明に覚えてる。1月5日、今日はあの人の誕生日で野球部では練習始めだから年末年始の一斉帰省から人が戻り集まるその日はいつも賑わってたっけ。婚約者である三森さんと会う約束があって不思議じゃないし、そういえば日本にいるのは明日までって話だから貴重なオフのはず。

っ……くそ…!くそ!!
湧き上がる怒りがどうしようもないものだって、分かってる。もう理不尽なことから守ってもらえる子供じゃないことも、俺はもちろんあの人たちだってきっと分かってるんだ。
鳴さんのように常に光を浴びる人の周りには影が出来て、その中でよからぬ企みをして心無い悪事を働こうとする奴らはたくさんいる。鳴さんは実力で黙らせればいいと気にはしてなかったけど、それでもそれは俺が黙っていられる理由にはならない!傷つく姿は見たくない。傷つく姿を見て傷つく人がいることをちゃんと分かってほしい。前ばかり見る人たちだからその背中が少しでも傷つけられずにいてほしい。
自分勝手で独りよがりの願いだって分かりながら、俺は目に届く範囲にいればあの人たちが顔を見合わせ笑い合うだけの平穏が壊れないようにと願わずにはいられない。


「っ…す、すみません!これください!!そのままでいいんで!」


改札を出る前にコンビニに飛び込み適当なサングラスを引っ掴みレジで素早く会計してすぐに改札を出る。店員の怪訝そうな顔は気に留めず何度か降りたことのある鳴さんの実家の最寄り駅からタクシーに乗ろうとしたわけだけど。


「樹?お前、なにしてんだよ」
「め…鳴さ…!鳴さん!!はいこれ!!」
「はあ!?なに、サングラス…って、お前なに泣いてん、」
「三森さんが!!」
「!」


少し前から自分たちを嗅ぎ回っているのだという記者と、おそらく今電車内で対峙している三森さん。息切れしながらしどろもどろに伝えたのに鳴さんは顔色1つ変えず、乗れ、とタクシーにすぐ乗り込んだ。


「す、すみません!俺、」
「どうせ陽菜がお前を降ろしたんだろ」
「!」
「想像つく」


はぁ、と溜息をつきタクシーの窓枠に頬杖つき窓の外を眺める鳴さんは俺が変装が必要だろうと買ったサングラスを掛けているから表情は分からないけど、フッと口は笑わせた。それが呆れなのか自嘲なのか、俺には分からずただタクシーの走行と道路状況、車線待ち合わせの時間も計算して2つ先の駅が妥当だろうと結論づけるのが精一杯でバクバクと鳴る心臓はこの非日常感に到底収まりそうもない。
まるでドラマ。まるで映画。まるで漫画。高校生の時、同じ野球部として過ごし感じて慣れて麻痺していた事実を改めて思い出し俺は手を握り込んだ。

俺が生きる日常とは違う日常を生きるこの人だけど、誰かを想うことに関して何も違いがないのだと文字通りの痛感だった。


「樹」
「!…はい」
「バーカ」
「え…いっ!いだだだっ!ちょ、痛いですよ!なんでいきなり頬を抓るんですか!?」
「お前がそんな顔してどうすんだよ」
「う…!」
「そんな深刻そうな顔したって事態は解決しねェし。は?なに?もしかして自分のせいとか思っちゃってんのかよ思い上がりもいいとこだし陽菜はそんなこと気にしてねェし」
「分かってますけど!そんな風に言わなくたって…!」
「けど」
「え」
「俺たちはちゃんとお前みてェな奴いるって分かってる」
「!」
「そういうの引っ括めて2人で俺たちはお互いのことを大切にして生きていく」
「め、鳴さん…!大人になって…!」
「はあ!?俺は!お前の!先輩だ!!」
「いだだだだっ!」



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