「陽菜が、一発殴っておけば良かった、って言ってたぞ」
「!おー!ルイス、久し振りだな!」


コツ、と頭に感じた小さな衝撃に反応して顔を上げればかつて共に戦った仲間。少し太ったか?とにたりと笑うと、自分の頭に落とした拳をひらりと振りながらフフンッとなぜか自慢げにされて眉を寄せる。

球団のホーム球場近くのダイナーは店主が筋金入りの地元球団ファンで球団の選手ならずオフィスで働くスタッフも常連。気前よくサービスしてくれることもあり、その礼に店内のあちこちにはサインの入った物品が数々ある。それを眺めながら自分の前に座ったルイスは店主に手を上げ挨拶をし、嫁の作る飯が上手いんだ、と惚気けられ、ケッ、と笑い捨てる。


「俺はなまじ作らせるより自分で作った方が美味いもん出来ちまうからなぁ。横から口出したくもなっちまう」
「分かってねェなぁ。自分のために作ってくれんのがいいんじゃねェか」


腕を組みルイスが結婚の良さを語っていく。
煩わしいことももちろんあるがそれ以上に幸せだ、と成宮と陽菜の新居に家族で遊びに行きキッチンで料理を作る妻たちの後ろ姿を見ながら飲む酒の美味さ…ってのは別な気がするが、とにかく引退したルイスが幸せそうなのは十分に伝わった。テーブルに頬杖をつきピクルスを噛りながら聞いていたが、娘もいいよな!と妻と陽菜が並んでいる姿を見て半ば本気だと言うルイスにガクンッと頬杖が外れちまう。マジか、と笑えば成宮にもドン引きされながら同じことを言われたらしい。そりゃあなぁ。


「さっきの。陽菜と会ったのか」
「ん?あぁ、まあな。この前、試合の後に飯に誘ったんだ」


ここにな、とルイスが続けるのを目を丸くしてからその目を伏せて手にしていたピクルスを皿に置く。


「……ひでェ顔してたか」
「そうでもねェさ。あの試合で投げた成宮にだいぶ横っ面叩かれたような顔を、試合後にはすでにしてたしな」
「相変わらず厳しい旦那だねェ、アイツは」
「陽菜がそう望んでるのが分かってるからだろうな。成宮は本来は手元に置いて甘やかし倒したいタイプだろう?」
「!……知らね」
「皮肉にも、愛しの妻はそれを望んじゃいねェからしょうがねェな」
「不器用にもほどがあんだろ」
「お前が言うか?」


ニィッと口角を上げて笑うルイスに眉を寄せたものの、こうもバレバレじゃとっくに負け試合。フッと笑みが零れ伏せた目を音が流れてくるテレビの液晶に向ける。
故障者リストに入りロースターから抜けた自分の所属するチームの試合が映され、軽快な解説が両チームの投手の快投を讃えている。

マウンドに立つ自球団のユニフォームを着る1人の投手。時折首にするネックレスチェーンを握り締める仕草がアイツの集中するルーティンなのだというのはテレビで放送されて知れたことだ。
ルイスが店員にハンバーガーセットを注文するのを聞くとも聞き歓声の中で見事に打者を打ち取った姿を見ながら口を開く。


「運命なんてもんは俺たちアスリートにとっちゃ滑稽な言葉だろ?」
「ん?」
「実力には努力が伴うし、その実力が講じて結果が付くわけだしよ。運命で俺たちはグラウンドには立てねェ」
「だな」
「けどなぁ…アイツら」
「!」
「成宮夫妻」
「ははっ!間違っちゃいないが慣れねェな、それ」
「陽菜も同じようなこと言ってたな」


自分のことだってのに、と呆れながら続ける。


「アイツらを見てると、運命って言葉もまったくないわけじゃないかって思う」
「そうか?」
「ん?」
「好んで平坦な道を歩くような奴らじゃないだけに、ああして結婚したのも運命とはまた違う必然のような気もするけどな」
「!ブハッ!ははっ、確かになぁ。もっと気安く生きろってんだよ」
「………」
「…近くにいると、こっちまで不器用に生きちまうじゃねェか」


言葉のいらない推進力を持つような奴ら。いつの間にかその渦に巻き込まれて楽な選択にも手を伸ばせない。
先日、他球団からトレードの提案をやんわりとされた。酒の席であったしまだ触りの段階だが具体的な提示もしたいとの接触だった。担当を通し正式な話をする前に俺の意思を確かめたいということだったが怪我を抱える自分にを望んでくれるには十分すぎる待遇にも関わらず呆れるぐらいすっぱりと断った。自分からこの球団を出る気にはならなかったんだ。可能性に手を伸ばすことは決して狡猾なことじゃなく、むしろ貪欲で賢明なことのはずで、自分の意地を貫こうとする頑なさこそがこの世界では不要なはずなのに。

やんなっちまうなぁ、とまたピクルスを噛じるとフッと笑うルイスが、なーに言ってんだ!と俺の背中をバンッ!と叩いた。


「いてっ!ゲホッ、ルイスてめ…!」
「自分はそうじゃないとでも言う気か!?」
「!」
「成宮と陽菜は…いや、チームの連中は分かってるだろうよ。お前が不器用で野球を愛してて、そんな姿に鼓舞されてきたからこそ今もリーグ首位を守り抜いてるんだろ!」
「っ……」
「戻ってやれよ、アンディー」
「!…しょうがねェなぁ……っ」


ジンジンとルイスに叩かれた背中が痛む。痛みに呻くふりをして目を伏せればじわりと浮かぶ涙で視界が滲む。
メディカルチェックでは手術の日程が正式に決まり、近く膝の治療が始まる。トレーニングにしてもどれぐらいから開始出来るかも分からない。医者に聞いて"だろう"という目算を立てられるだけで、仕方がないことと分かっていても苛立ってしまう自分を足が勝手にここへと運んだ。
チームの連中とよく飲みに来た。ここで会うファンとバカ騒ぎするのも大好きだった。暗闇に身を置く時こそ暖かく眩しい記憶に惹かれるのは当然で、そんな自分に必要な場所は言うまでもなくこの球団なのだと分かる。


「よっし!んじゃ、ま!ここに戻ってくる誓いに」
「うん?」


オーイ!と店主を呼び、取り出した1枚の写真を隣から覗き込んだルイスが笑い声を上げるのを聞きながら不思議そうな顔で寄ってきた店主に、これ頼む、とそれを渡す。


「良い写真だな!」


そう言う店主に、だろー?と笑いながら、ついでに頼む、と渡されたサインペンで写真の隅にサインをする。
状況が状況だってのに、写真の中の俺たちは馬鹿みてェに楽しそうに笑ってる。イベントの時に成宮と陽菜の馬鹿夫婦に挟まれ肩を組み撮った写真が店主によって早々に飾られるのを見ながら頬杖ついてまたピクルスを噛じった。

思い返せば色んなことがあった。
まだ俺に就いたばっかの頃の陽菜の頭を鷲掴み怒鳴り散らしたことを成宮が知ったらめちゃくちゃ怒りそうだ、自分のことを棚上げに。

テレビの中では自分が空けたポジションにルーキーのニックが打ち上げられたフライをキャッチしてスリーアウト、攻守交代。マウンドに立っていた成宮は1失点でリリーフに繋ぎマウンドを下りた。


「そうだ。この後、成宮の家に行くんだがアンディーも来るか?」
「なんだ、また行くのか?そんなしょっちゅう邪魔したら新婚に悪ィじゃねェか」
「これがなかなか居心地が良くてな。陽菜の料理もだんだん上手くなってきてるぞ」
「へぇー、そりゃいいな!」


じゃ、決まりだな。
そう続け席を立つ。目を丸くするルイスにクハッ!と噴き出し笑い両腰に腕を当てて、ふう、とテレビを眺めた。
試合展開は早く、序盤で得点を上げたチームはクローザーがマウンドに上がりあっという間にゲームセット。見事に勝利して店内もわぁ…!と盛り上がった。


「俺が復帰したあかつきには陽菜の手料理を御馳走になるか!!」
「!陽菜たちに伝えておく」
「頼むぜ!それまでに俺より上手くなってろってな!!」
「はははっ!分かった」


成宮のギャンギャンと抗議に吠える声が聞こえるような気もするが、そんなことは今更お構いなし。盛り上がる店内で、一杯奢るぜ!!と店内の客に申し出たアンディーがこの後驚異的な早さで復帰するのはまた別の話し。



我儘に、奔放に
「え、アンディーがそんなことを?」
「イーヤーだ!!」
「だははっ!!アンディーが予想通りの反応だな!!」
「なんで陽菜の手料理を食わせなきゃなんないのさ!!あり得ないね!!」
「あ、鳴。これ運んで?」
「ハイハーイ。お!美味そ!!」
「あ!つまみ食いしない!!」
「うまっ!」
「もー…。子供が出来たらそんなことしないでね?」
「へ…」
「お。そんなつもりがあんのか?」
「え……え!?ゃ、違う!!違くないし欲しいなぁって思う時もあるし鳴にそっくりな子がいたら可愛くてしょうがないなぁって思うけど今すぐとかじゃなくて!!」
「ッ……」
「陽菜」
「なに?ルイス」
「その辺にしといてやれ。旦那、真っ赤になって固まってるぞ」
「あ…」

2021/05/25

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