その背中を俺は今でも覚えてる。
それだけに今、自分の前で隣り合って笑い合う2人の背中を見ているとホッと安堵して顔が緩むのが分かる。どうにもそんな心地になってしまうのは随分前からでテーブルに頬杖をつき飲んだグラスに入った酒はかなり強めにも関わらず全然酔える気がしない。
ああだった。こうだった。
そう思い返し肴にするにはこの2人への想いが綺麗過ぎることに気付くと口に含み胃へと流し込んだ酒とはどうにも不釣り合いな気がするのだ。

球団投手の主軸であるエースの成宮鳴と、その専属就きの陽菜。互いを許し合うような会話のリズムと声調にまるで出逢ったばかりの頃とは違うなぁなどと思いながら目を瞑った。


「アンディー?飲みすぎた?」
「!……」
「な、わけないか」
「なんだよ。心配したなら最後まで心配してくれてもいいだろ?」


つれねェなぁ、と続ければ自分の顔を覗き込んでいた目がくるんと丸まってから不満げに細まった。


「それこそ今更でしょ?」
「ま、それもそうか」
「私はあっちにいくから。鳴にあんまり飲ませないでね」
「んー?俺には?」
「アンディーにはアンディーに就いてる時に一生分言ったよ」
「!…そりゃ光栄だ」


ニィッと口角を上げて笑うわりに眉の下がってしまう。ふふっ、と笑い同じ広報部の同僚の元へと向かう陽菜にはきっと見られていないだろう。……と、油断すんのはまだ早い。


「………」


おー怖っ!じとりと睨んで、なんだよ?とこっちが噴き出し笑ってもまったく付き合う気もなし。球団のエース様は気難しく闘争心が人一倍強く、尋常じゃない精神力から築かれる物怖じしない態度の持ち主。笑えてしまうほど敵意剥き出しにされるとつい煽りたくなってわざとにんまりと笑ってやる。
このたびめでたく婚約の運びとなった成宮鳴と陽菜とを祝福する場をチームのまとめ役であるルイスが作り、ルイスの人柄もあり多くの関係者が集まった貸し切りの店内。主役が誰であろうと楽しむといういい意味で自由なチームの空気がまんま反映されたこの場にチームの主力の1人であるアンディーも参加し同じテーブルには主役の1人、成宮鳴。
余裕ねェなぁ、と内心は苦笑いだ。


「アンディーさぁ、ちょっと陽菜と距離近過ぎ」
「そうか?」


まぁ確かに他の球団の女性に対して陽菜と同じ距離感で接することはまずない。そう自覚はあるもののすっとぼけるのは自覚の有無によっては成宮の反応が変わるのが目に見えるからだ。片眉を吊り上げ様子を伺った成宮は、はあぁ、と大きな溜息をついてグラスに入った酒をグィッと飲み、


「ゲホッ!!つ、強っ!」


咳き込み、あ"ー…、と呻いてテーブルに向かって俯いた。耳まで赤くなってら。


「大丈夫かぁ?あんま強くねェんだからほどほどにしねェとまた陽菜に送られるぞ」
「うるせーバァーカ…」
「駄目だこりゃ」


ブハッ!と笑ったのは同じテーブルについていたロイだ。ほどほどにな、と成宮の手からグラスを取ったルイスもアンディーとロイと視線を交わし仕方がないとばかりに肩を竦めた。
どうもこうして4人でいると末っ子弟をからかい仕方がないと笑うという構図ができる。そんな関係も悪くはないと常々感じているアンディーはまたグラスの酒を飲んで頬杖をつき一息ついてから口を開いた。


「陽菜は妹みてェなもんだからな」
「!…ふうん。……陽菜の周り、そういう奴多すぎ」


肉親のように見守ってくれる存在は有り難い。それは成宮も感じているだろうからそれ以上は何も言わず、酒が入ったグラスの代わりに水を渡したルイスに、ありがと、と受け取り不満ごと飲み込むようにゴクゴクと喉を鳴らし飲み干した。それから、ロイとルイスも?と2人をじとりと見る。


「俺は陽菜を見てると子犬を思い出すな」
「あー…、飼ってる、あの?ルイスが子供たちと写してよくSNSに載せてる」
「そうそう。怖がりだけど吠えて震えてるのに力一杯突っぱるとことかな。既視感がすげェんだ」
「ぶははっ!!的得すぎてて今日から陽菜が子犬にしか見えなかったらどうしてくれんだよルイス!!」
「今の反応でロイが陽菜をどう思ってんのかよく分かった」
「なんだよ聞けよー!俺にも聞けよ成宮ー!!」
「おわっ!ちょ、ウーザーい!!離れろよロイ!!」
「なんだよ照れるなよー」
「なっ、ぎゃあー!!ルイス!!ロイ、引っ剥がすの手伝えよ!!」
「ほいほい」


ふざけて、ちゅうー!と成宮の頬に尖らせた唇を押し付けようとするロイと、ぐぎぎっ!と抵抗する成宮に、ブハッ!と噴き出し笑うアンディーはまた目を伏せて思い出す。
こうなるとは、まさか…とここに集まる誰もが思ったに違いない。それぐらい衝突の絶えなかったのだから、あの2人は。
そこまで言うか?ってほどの成宮の毒舌。
聞いてるこっちまでゾッとするほどの陽菜の鋭い指摘。
成宮担当球団のトレーナー中嶋が、面白いぞぉ!あの2人は!!、とまるでバラエティ番組の紹介をするようだったのが日が経つに連れて青春学園ドラマの視聴感想のように話すのを感じていたアンディーはなんとなく"あの日"を察していたのだが。

ルイスと成宮が話す言葉を目を瞑り聞くともなく聞いていれば、行ってくる、と間もなく成宮が陽菜のところへ向かうためにテーブルを離れたのを感じ顔を上げ目を開ける。


「……なんとか落ち着いたな」
「ん?」


ぽつりと自分の呟いた声に先を促すように疑問を返したルイスはテーブルを離れすぐに新しい酒を手にして戻ってきた。まだいけるだろ?とにやりと笑うそれに、当たり前だ、とアンディーも笑い返す。
これまたなかなか強い酒でそれにジッと目を遣ってからルイスを見れば、うん?としたり顔だ。なるほど酔わせたい企みがあるらしい。

フッ、と笑い酒を飲む。
どうやったって酔えない気がしてしまい眉は下がる。美味いにゃ美味いが、今になって自分に陽菜が就いていた時に散々連れ回り酔わせ潰していたことを思い出す。舌足らずでふにゃふにゃになりながらも意地でもついてきた。
早く帰ってください。
次の日のコンディションに関わります。
酒の場に合わない小言を、一緒に飲む連中に煩がられながらも自分に訴え続けた陽菜は今や球団内に収まらずMLB内でも名の知れたカイルの一番弟子などと聞こえるまでになった一癖も二癖もある球団広報になった。初対面時のあどけなさはもう見られないが野球に対して直向きで純粋で何より敵を作ろうとも選手ファーストな姿は同じ球団でプレイする選手としては頼もしく見えるが、何にも頼ろうとしない姿で選手に安心感を与えようとしているのかその背中に湧く感情が友情や肉親に対する慈愛であるとか、そういうものの枠に収まらずだからといってなんなのかも自分も見つけられる気はしない。
むしろ見つけないままの方がいい。陽菜と自分はそうであるべきだ。


「ルイス、覚えてるか?成宮が今季最後になった試合の日に航空券2枚持ってカイルに言い放った時のこと」
「忘れられるわけねェな。試合前に何言ってんだと頭を抱えた俺をアンディーこそ忘れたわけじゃねェだろうな?」


あぁそうだった。くつくつと喉を鳴らし笑うアンディーに、笑い事じゃねェ、と言いながらもルイスも楽しげに酒を飲みそれほど前じゃない思い出に想いを馳せるようにして目を伏せながら話を続ける。
なんだ、なんだ?と少し場を離れていたロイもその場にいた目撃者であるし、あのことだ、と顎で成宮の方をアンディーがしゃくって見せれば、あぁ!と大きく頷くほどに3人の中で共通して印象深い出来事だ。


「あれは、今かよ!って突っ込まずにはいられなかったよな」
「あの勢いがあっただけに、意思の強さだけは嫌になるぐらい伝わったぜ」
「元々成宮は意思を示すのに躊躇いがねェからなぁ」


ルイスがそう言ってロイに、確かにな!とブハッ!と笑い返され、あの時なんかよ、と今シーズンの苦労話を始める2人のそれを聞きながら、さてそうかな、とアンディーは心の中で呟きグラスを傾けながら成宮の方へと目線を投げた。

成宮は人から見られる大方の印象ほど、無遠慮で奔放で自分勝手じゃあない。
むしろそう在ることで繊細な自分を隠しているようにも俺には見える。
1か月前か、もうそんなに前になる。
成宮はシーズン終盤頃になってフォームを崩し安定的に入っていた先発ローテから間を空けるようになり、その日は球団エースとしてリーグ勝ち残りを掛けた試合を背負う先発の日だった。ベンチから陽菜が席を外した時を見計らって、話しがある、とカイルに成宮が声を掛けたんだ。2枚の航空券を手にヒラヒラと振って、陽菜は明日から休み取らせるから!と。

カイルがなんの話だと溜息をつき、その場にいたチームメイトも目を丸くして話しを聞いてみれば陽菜には今すぐ日本に行かなきゃいけない理由があるとかなんとか。詳しいことは話さなかったが、沈黙したカイルは知る事情なのかどうか了承を確信したように目を細め笑う成宮にまた1つ溜息をついたカイルは頷いたんだ。


「やるじゃねェか」
「んー?」
「わざわざ航空券用意して先回りしてカイルにまで了承取ってやってよ。普段あんな喧嘩してても相棒は大事ってか?」
「そんなんじゃねェよ」
「!」


グローブの手入れを念入りにする成宮の後ろに座りいつもの様にからかう俺にきっぱりと返った声と振り返らずに続けた背中を俺は今も覚えてる。
もしかしたらあまりにも印象的過ぎて、自分の中に強く焼き付いたそれを補正してるかもしれない。いつもバックで見ている味方を鼓舞するような力強い背中じゃない。それは成宮が1人の26歳の男であると思い出させた。


「陽菜は、…帰って来ねェかもね」
「!…は?何言っ、」
「大事なものをあっちに置いてきてるんだよ、陽菜は」
「大事なもの…?」
「まぁ…あっち次第だけどさ」


何を言っているのかは分からなかったが、成宮の背中が今小さく見える自分の感覚だけは確かに分かった。声も自信なさげで普段とはまるで違う。
じゃあなんでわざわざ日本に渡してやるチケットを用意したんだ。今、あっちに行かなきゃならない理由ってなんだ?今じゃなきゃ駄目な理由。うちがオフに入るか入らないかなんて今日の試合次第だからそれは関係ない。

分からないまま、さて!、と調子を変えて立ち上がった成宮が登板したその試合は惜しくも負けた。勝とうが負けようが明日からコイツの隣に陽菜がいない。その事実をシャワールームに入っていく成宮の背中に強く感じた。そして同時に感じる成宮と陽菜が隣り合わない光景に対する違和感。

そして、


「よお!今から行くのか?」
「うん。アンディー、お疲れ様」


陽菜が成宮を、どういう形であるかはまだ分からないが大切に想うその強さにもその翌日に俺が自主トレーニングをしている時間にそこへ来た陽菜からの言葉で思い知ることになった。


「トレーニング、どう?担当からは順調って聞いてるけど」
「お?俺の担当を外れても気遣ってくれてんのか?」
「そんな余裕ないだろ?って怒られたけどね、カイルに」


苦笑いする陽菜に、言いそうだな!と笑い返しながら旅支度を整え球団のキャップを被る様相の陽菜からキャップを取ると、成宮くんに被せられた、と眉を下げ笑った。
へぇー…、と眺めていればキャップのツバに見つけた殴り書きしたような字。アルファベットじゃないからと読めないわけじゃない。"成宮鳴"という日本語表記はすでに記号化して覚えているほどこっちでも広く知られているのだから。

陽菜は気付いてんのか?
そう聞こうとも思ったが頭の中に成宮の背中が浮かび口を噤み陽菜にそのままキャップを返した。陽菜が成宮の記名に気付いていないのは一瞥もくれずにまた被り直した様に知れた。


「アンディー」
「ん?」
「成宮くんのこと、少しだけ気にかけてあげて」
「!」
「…アンディーと今日、明日とトレーニング日程が重なるから顔を合わせる時だけでもいい」
「……それは詳しく聞かない方がいいやつか?」
「うん」
「分かった」
「ありがとう」


よろしくお願いします。
そう言って深く頭を下げる陽菜に成宮から聞いた、帰って来ねェかもね、という言葉が頭に浮かび思わず口にする。


「陽菜、日本に行ったきりになんねェよな?」
「はあ?」
「げっ…めちゃくちゃ可愛くねェな、その顔」
「わざわざ丁寧にご指摘どうも」


歪めた顔でそんなの今更だとフンッと鼻を鳴らし長い髪の毛を揺らしながら背を向けた陽菜に、答えは?、と問い掛ける前にその声を聞いたかのようなタイミングで陽菜がまたアンディーを振り返る。答えは?の"こた"まで口にしたアンディーが言葉をグッと噤み飲み込むと可笑しそうにくすりと笑った陽菜が、


「それこそ今更の問いだよ」


そんな風にきっぱりと言い放ち、いってきます、と背を向けトレーニング室を出て行く。
あぁ…そうだよなぁ。
陽菜はそういう奴だ。どんな私情があろうと、どんだけ疲れててもデスクの前でひっどいクマを作ったぶっさいくな顔でピクルス1本かじりながらパソコン前で仕事をするほど誇りを持ってるもんな。
随分前から違和感を感じる自分の膝を叩き、笑いながら立ち上がった。よし、今日もやるか。




[*prev] [next#]
[TOP]
[しおりを挟む]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -