水と油のようにならないもんだなぁ、と中嶋は顎に手を当て目の前で話す2人を少し離れた場所で見る。
見る、というよりは"観察する"という方が正しいかもしれない。あれやこれやと2人の性格と関係について理由を見つけピタリとパズルのピースのようにはまる場所を探すような思考作業が最近は気に入っている時間なのである。


「どう思いますか?中嶋さん」


振り返る姿に問いかけられ、うん?と返しながら顎に当てた手を下げて彼女が視線を促すように目を落とす書類を覗き込んだ。


「俺は嫌だ」


唸るようにそう言ったのは中嶋がトレーナーとして働くMLB球団日本人エースピッチャーの成宮鳴。そしてその成宮を感情の読み取れない表情で見つめ思案げに目を伏せるのは成宮と同じく日本人でさらに同い年である三森陽菜、球団の広報で現在MLB2年目の成宮鳴の専属就き通訳だ。2人を日本人だというものの中嶋もまた日本人であり、若い2人が親近感と安心感も含めて自分を慕ってくれているのが分かるから中嶋は今日も2人のやり取りを内心で微笑ましく思っている、と同時に同じ球団で働く仲間としても頼もしく思う。

それにしても陽菜は年相応の表情をしないなぁ、と考えるのは中嶋の常であり今日も彼女を前にしてまた感心する。
球団広報という職業柄、選手の間に立ち気苦労も多いだろうがそれに臆さずよくやっている。男女平等だとは主張するのもすでに時代遅れだといわれる世の中ではあるが男社会であるのもまた事実。そんな中で身体の大きな選手たちを相手にするただでさえ小さく見える日本人女性である陽菜の武器は知識と勤勉さと誠実さ、そして…


「そう。でも受けましょう。これは必要なことだよ」
「はあ?」


この強気!!
思わずブハッ!と噴き出してしまった中嶋をじとりと見た陽菜に、すまんすまん、と手を上げて謝る中嶋へ小さく溜息をついた陽菜の手にあるのは成宮の雑誌特集らしい。よくよく読めばチームメイトのアンディーと一緒に特集を組みたい。当日は女性モデルとの絡みもあり方向性としては恋人と過ごすプライベート感のある写真の撮影と2人の魅力を野球から離れがちである女性読者を獲得するという目的が…と云々書いてはあるが要は雑誌に新しい読者を獲得する目的を達したいということだろう。野球ファンを増やすという名目を立てて。
どうやら成宮はそれが気に入らないらしいと察した中嶋の前で不機嫌そうに低い声を出した成宮と、それに臆さず真っ直ぐ見つめ返す陽菜の戦いのゴングが中嶋の頭の中で打ち鳴らされた。

なぜなら、この2人がこうしてぶつかるのはしょっちゅうでいつの間にか中嶋の頭の中で勝手に鳴るようになってしまったのだ。


「俺が!嫌だって言ってるじゃん。なに?広報は選手のコンディションを崩さないようにサポートするのが仕事だよね?」
「勘違いしてる。私の仕事は成宮くんがこの地で1人でも多くに応援されるように最善を選び取っていくことと、成宮くんが球団側に必要な選手であると"戦績以外"で知らせることだよ」
「だったら女との絡みはいらねェし。アンディーとインタビューに答えるだけでいいでしょ」
「成宮くん、英文読める?」
「読めるから言ってんだろ!!」
「だったら理解しなよ!!成宮くんがこの雑誌の取材を受けるのは初めて!!アンディーは3回目!!世界的にも有名なファッション誌でもあるこの雑誌から取材を提示される意味が分かる!?アンディーはこの雑誌の取材を受けてからファンが急増して…」
「あーあーうるさいなー!!陽菜は二言目にはアンディーって出すよな!」
「そ、そんなこと…あります?」
「んん!?そこで俺に振られてもな…いや、あるかもな」
「ほら有罪!!」
「別に罪犯してないから!!それにそんなに比べられたくなかったら比べられないぐらいのオンリーワンになればいいだけ!!」


お。これは陽菜の勝ちだな。
ブンッ!と書類を成宮の反論を断ち切るようにして振った陽菜にグッと言葉に詰まる成宮。勢いと怖さは成宮の方があるが、陽菜の方が鋭い言葉をぶつける勢いに躊躇いがない。こうも真正面からぶつかる選手と広報は珍しい。というよりも自分自身も選手と関わることがあってもその選手に就いている広報がトレーナーと密に関わることは仕事を通して自分でもなくともないだろう。
ふむ、と両腕を組む中嶋の前では成宮が陽菜に背を向けてトレーニング室を出て行ってしまうからその後ろで唇を噛み締め俯く自分の専属就きがどんな顔をしているか分からない。そこで小さく息をついた中嶋は口を開く。仕方がない、と眉を下げて呆れるようであるがこの2人の野球ありきの葛藤や衝突を見ているのが実は好きなだけで口を挟まないでいてやらずにはいられないだけなのだ。


「鳴」
「!…なに?まさか中嶋さんも陽菜の味方すんの?」


そんなこと言ってないだろうと言わんばかりに眉を下げ肩を竦めた中嶋が無言で顎をしゃくる先を眉根を寄せて見た成宮はバツの悪い顔をする。
日本で名を挙げて満を持してMLBへ移籍した成宮鳴のパワフルさを、自分と同い年の女の子が体当たりで受け止める。その関係を築ける専属就きに出逢えたことは成宮にとって最大の幸運だ。まぁそれも広報のボスであるカイル・ブラウンの采配がぴたりとハマったのだろうなと中嶋は強面のカイルが陽菜のことを本人に伝わらないところで心配していることを思い出し、これを見たらまた心労を増やすだろうと思い遣る。まるで娘に接するようだと中嶋は常々思う。アスリートの自己主張は我儘な子供のようだ。その環境は自分で作り上げるための最大限の努力が必要なわけだが、自己を主張する王様のような態度に2人のやんちゃ盛りな子供がいる中嶋はそう思ってしまうのだ。

陽菜も陽菜で俯き唇を噛み締めたままなのだから成宮がどんな顔をして自分を見ているかはまったく気付かない。

あぁなるほどな。1番納得いっていないのは陽菜だったか。
大切な書類を握り締める手にそれが伺える。こと球団運営側の時に冷徹な選手対応に激怒するような子だ。シーズン中の、選手のコンディションを優先させたいこの時期に出版社側優位の取材方針にこの子が怒らないわけがない。もどかしさを抱えながらも鳴の後々のためになるとアンディーの経緯を見ながら確信しているに違いなく、自分が迷いを見せるわけにいかないからこそ言葉に優しさを出せない不器用さ。もっと生きやすい方法があるだろうに、まったく。


「陽菜」
「…なに?」
「この女性モデルとの絡み、陽菜はどうとも思わねェわけ?」
「はい?」


鳴…それじゃまったく伝わらないぞ。
言ってやりたい…!だが側で見ていてこれほど面白いものもない…!下手な青春恋愛ドラマより絶対に面白いぞこれは!

ムスッとした顔で再び陽菜の前に立った成宮は両ボケットに手を突っ込み、なんで分かんないかな、と上から目線。陽菜は陽菜でポカンとしながらもおそらく頭の中は目まぐるしく思考しているに違いない。面白すぎる。中嶋は今にも笑い出しそうなのを堪えるために太腿を強く抓る。


「…もしかして女性モデルに不満?リンに頼もうか?あの子、こういうのやったことあるし」
「はあ!?」
「ブッハッ!!」
「「………」」
「いや、ん"ん"っ!続けてくれ構わずに…ブッククク…!」
「笑ってんじゃん」
「楽しそうですね、中嶋さん」


じとりと2人から睨まれる中嶋は腹を抱えて息も絶え絶え身体を震わせながら背を向ける。その身体はくの字に曲がり成宮と陽菜はその姿にお互いに怒っているのがバカバカしくなる。これがいつも一連の流れである。

あーもー、と髪の毛をくしゃりと撫で混ぜた成宮は細めた目で陽菜を見つめて数秒思案してから目を丸めたかと思えば次の瞬間不敵に口角を上げて目を細めて笑った。げっ、と言わんばかりに顔を歪めた陽菜に尚も楽しげな成宮。


「お互い大人だし、歩み寄ろうよ陽菜」
「嫌な予感しかしない!」
「聞かなきゃどのみち後悔するのは陽菜だよ。カイルに怒られて後悔するか、俺の話しを聞いて後悔するか、どっちか選ばせてあげる!」


優しい俺!!なんて言う成宮の言葉に漸く笑いを収めた中嶋は以前から感じていた成宮の違和感にまた両腕を組み観察を始めた。

鳴の奴は自信家で唯我独尊。それは陽菜もよく言っている。鳴は陽菜を特別に想っているらしいことは側で見ていれば俺じゃなくとも分かるだろうが、だがどうもそっちの方面のアピールが下手というか初心というか、普段からの自信家な鳴が言ったとは思えない言葉がよく出てくる。例えば今の自分の話しを聞いて後悔すると決めつける言葉もそう。鳴だったら、俺が話してあげるなんてありがたく思いなよ!、ぐらいに言ってもいいようなもんだがなぁ。

ついに首を傾げる中嶋に気付かないほど成宮は陽菜を真っ直ぐ見つめている。そして陽菜も真剣に向き合い成宮の瞳が綺麗だと聞いているこちらが恥ずかしくなるような言葉を言いふわりと笑う。


「私は成宮くんの専属就きだよ。後悔するなら成宮くんを選ぶよ」


水と油のようで、なかなかどうしてそうもならない。
中嶋は今日も2人を見ながらそんな風に思う。ならなんだろうか?そう思案する中嶋がハッとあることを思い当たる前では成宮が優しい顔をして陽菜を見ているのだが陽菜は書類を再び確認しだしてしまったものだから、勿体ないなぁ、と眉を下げた。
あぁあれだ。前に子供たちとやったマーブリングだ。アクリル絵の具を水に落とし模様を紙に写し取る。あの感じに2人は似ている。交わらず、だからといって別々にならず様々や模様を作り上げる。
のちに夫婦になるとまではこの時まだ知らない中嶋であったが、目の前の2人がどうかこのまま2人でいられて、そして自分がそれを見守っていければと今日も思うのであった。



不変の軌跡
「信じらんない!!当日ですよ!当日!!」
「おー!これか!よく撮れてるじゃないか」
「ぐっ…まぁ被写体が良いので評判はとても良いです。先方からも雑誌の売上が上々だと感謝の言葉を貰いました。だからって許しませんけど!!」
「"成宮の恋人へ向ける表情"か。で、向けられた感想は?」
「中嶋さん」
「んー?」
「当日、成宮くんが突然女性モデルじゃ緊張しちゃうとかなんとか普段からありえないぐらいの可愛げを演じた挙げ句、私なら大丈夫だと指名して先方を納得させてこの手を握る写真を撮影する目の前で私が彼にうっとりしていたと思いますか?」
「あー…だから今日も大バトルしていたわけか」
「……まぁカッコ良かったのは認めます」
(お?鳴、だってよ)
「ただこんなことするぐらい女性モデルが気に食わないんだったらやっぱり自分で女の子連れてくれば良かったんですよ」
「(おぉ…鳴、まだまだ道のりは遠いぞ)」

ー了ー
2021/04/05

[*prev] [next#]
[TOP]
[しおりを挟む]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -