御幸や春市から立て続けに、インタビュアーに気を付けろと連絡の入った数日後。
俺はその答えを目の前で確認することになった。今現在。


「成宮選手の婚約者の方とは倉持選手は面識がおありですか!?」


御幸や春市はやんわりと流したらしい。沢村の馬鹿は記者の挑発に乗りうっかり口を滑らせちまう寸でのところで耐えたらしい。ちなみに爺ちゃん直伝のビンタも。アイツもちゃんと大人になってんだな、とグループラインで零せば、良かったなお兄ちゃん、と連投されイラッとしたのはつい昨日。
予想以上にグイグイきやがるな、この記者。なんだっけ?『今年活躍したあの選手にインタビュー』だったか、仮題とは書いてあったが特集名は。

期待たっぷりで俺を見る記者はなかなか見上げた根性だと思う。御幸、沢村、春市を経ての俺だとしても一様に皆口を割らなかったっつーのによくも同じことを聞きやがる。
感心半分呆れ半分の俺はぴくりと口の端が痙攣すんのを感じながら髪の毛を描き乱す。さて、どうすっか。そうはいったところで答えは決まってんだけどな。


「さあ?自分からはなんとも」


そりゃそうだろ。内輪のことをそう簡単に話すように俺が思われてんならこれから取材に対して態度を改めなきゃなんねェな。

俺の回答にぴくりと眉を動かした記者だったがすぐににこりと笑い今度は当たり障りのない質問をしてくる。
今シーズンは自分で点数をつけるとしたら何点だったか。トリプルスリーの次に掲げる目標は。絶対に負けたくはない選手はいるか。
どの雑誌のインタビューでもテレビでも聞かれそうな質問に淡々と答えながら時折談笑も交えて序盤の不穏さが嘘のように順調に進むインタビューも残り時間は僅か5分ほど。さすがの記者も懲りて諦めたか。この先警戒されたんじゃインタビューもし辛くなっちまうだろうしな。


「さて、今日はお忙しい中お時間を戴きありがとうございました」
「いえ。こちらこそありがとうございました」
「ボイスレコーダーも止めさせてもらいますね!」
「え、はあ…?」


一々確認しなくても…まぁ、大事なことか。

にこにこと笑う記者がボイスレコーダーを俺の前で停止ボタンを押すのをこれみよがしに見せてから鞄にしまってからパンッ!と手を叩く。


「これで気にせず喋れますよ!」
「…は?」


おっと、やべ。素の声が出ちまった。でもしょうがねェだろ…。何が、気にせず、だよ。記事にする気満々じゃねェか!そもそも俺は喋るつもりはねェ!!

俺の素ににやりと笑う記者の厄介さに顔を伏せたまま1度目線を広報の方へと向けたが…そうだった。今さっき電話で外しちまってまだ戻って来てねェ。チッ、と舌打ちしてェのをグッと堪え顔を上げれば記者はにこりと笑う。……オイ、隠せてねェぞ。今一瞬、ほくそ笑んでやがっただろ。つーことは電話の相手もこの記者の企みか。

目を細める俺にも物怖じせずに記者が口を開く。


「倉持選手は成宮選手と折り合いが悪いと聞きまして。ここはどうでしょう?成宮選手の情報を流してスッキリしませんか?」
「………」
「珍しいことじゃありませんよ。関係者からの情報の多くはこうして本当に近いところにいる人間から挙がるものです」


誰からも証言が得られずに痺れを切らし最後の手段に出たってどこか。
俺に椅子を寄せて薄ら笑いを浮かべるその表情に嫌悪が背筋に走り奥歯を噛み締める。
確かに野郎とは仲が良いわけじゃねェ。分かり合えるかっつーと多分一生無理だ。いつでも人の上に立つ王様気取りだと嫌味の1つでも言いてェが確かにあの野郎は揺るがず強い。内に何を秘めてるかは分かりたくもねェが、事実は見えるところにあるだけで十分に足る。


「年貢の納時なんですかね、彼も」
「……どういう意味ですか?」
「すでに婚約者の女性が妊娠されてるということです」
「………」
「さすがの彼も無視できないでしょうねぇ。さて、相手の方は女優化モデルか。一般女性だと発表はされていますがそれはそれで面白いことになりそうですよね」 


眉根が寄る。ついでに吐き気までもよおしてきた。この野郎…。沢村、てめェはよく堪えたぜ。おそらく同じような事を言われたんだろう。
すでに妊娠?っざけんな。アイツがんな迂闊なことするわきゃねェだろ。別に子供を授かる事が悪い事とは言わねェ。ただ成宮の野郎をおそらく1番近くで見ていたアイツが成宮をプロモーションする立場でもあるアイツ自身がんなことを自分に許すわきゃねェんだよ。望む望まないじゃねェ。俺が青道野球部OB会で見た成宮に対するアイツは婚約者でありながら専属の広報でもあった。自分ではなく、成宮をいつでも優先する。ゾノが成宮に掴みかかった時、なんの迷いもなく庇ったっつーじゃねェか。
カッコイイ自立した大人になる。
アイツは俺にそう言って背中を向けて、再会した時にしっかり約束を果たしてみせた。そのアイツが。陽菜が。こんなクソ記者に貶されてたまるかよ。
ついでに、成宮の野郎が陽菜をちゃんと大切に想ってんのも嫌っつーほど分かってる。だからついでにあの野郎も含めて言ってやるよ。


「事実は俺には分かりません。けど、もし本当に授かっているのだとすればそれはとても喜ばしいことですね。この場を借りてお祝いを伝えたいです」
「え…あぁ、まぁ…それはもちろん…でも、」
「それから」
「!」
「成宮選手は婚約者の女性をとても大切に想われてます。それと、MLBでも屈指の実力チームで先発ローテから漏れることなくを活躍する彼の記事にはあちらも敏感だと思いますよ?」
「っ……これは、報道の自由というもので…知る権利は誰にも等しく…」
「…あ?」
「あ、いや…」
「自由と権利がありゃ、誰でも傷付けていいのかよ?成宮の婚約者があることないこと書かれて苦しい想いをすると思わねェのか?アンタ、SNS見ねェの?あの2人は幸せそうだろうが。事実なんてそれだけで十分だ」


低く唸るように言う俺に記者は気後れしたらしく反論に開いた口を閉じてギュッと唇を結んだ。真っ青な顔で今にも逃げたそうな記者が出した名刺を目の前で読み上げて目を細めてやる。
今までインタビューを受けたことがねェ記者。 企画のためだと言うが、それも嘘か。

睨みつけていた目を伏せて溜息をつきながら髪の毛を掻き乱す。


「もういいですか?時間もきたので」


立ち上がったタイミングでようやく担当の広報が戻ってきたが、俺たちの間に流れる不穏の空気を感じたのか記者に、いかがでしたか?、と聞いている。言えるわきゃねェよな?てめェが自由と権利を振りかざして好き勝手にアイツらのことを書こうとしてたことなんざ。チッ、どうせなら俺がボイスレコーダーを仕込んどきゃ良かったぜ。
なんてことを思っていると広報がいつ入れたのか俺の鞄からボイスレコーダーを取り出し記者に見せる。うお…!かっけェ!!


「よく記者があんな手に出ると分かりましたね」


記者が慌てて部屋を出ていった後に感心しながら聞く。


「うん?あぁ…実は須田さんから連絡を貰っていたんだよ」
「須田さん…あぁ、春市のとこの」
「そう。事前に連絡を貰っていて助かったよ。どうもここ最近嗅ぎ回ってるらしくてね」
「あ、はい。御幸や沢村も言ってました」
「そうなんだね。たまにああいう手合いがいるから厄介なんだ。まぁ今回は成宮選手の専属広報の方に感謝だな」
「え…」


それは陽菜のことだ。
目を丸くする俺に、あぁ、と広報が笑う。


「倉持さんも彼女のことを知っているんですよね。青道野球部時代のマネージャーだとか」
「はい」
「成宮選手の古巣である球団に成宮選手の専属広報の方から連絡があったらしいですよ。彼の婚約のことでオフシーズンに入る選手たちにおそらく質問が飛ぶだろう。対応のご迷惑を掛けて申し訳ない。その憂慮を須田さんが共有してくれたんだ」


実際憂慮通りになった、と眉根を寄せる広報はこの企画はおそらく倒れることになるだろうと溜息をつきながらどこかへ電話を掛ける。内容からして今あったことを他の広報と情報共有しているらしく、その口調は苛立たしげだ。
自分のことでああまで怒ってくれる人は貴重だ。そうして俺の現役生活が今日も支えられてるんだと再確認する。
そして俺を支えてくれてる存在が1番近くにいるのだと、今日も俺を笑顔で送り出してくれたアイツを思い出す。

青道野球部OB会の後、情けなさを正直に離した俺を、バカ正直!、と婚約者である彼女が笑い飛ばした。
そんなの私にもあるよ。忘れられない人は必ずいる。その人は自分の中で大切に想っていればいい。あぁびっくりした。浮気してるのかと思った。
そう言って最後に、そんな器用じゃないから悩んだんだね、と言ってくれたアイツはそれなら尚更幸せにならなきゃねと笑った。

俺は、わりかし悩み考え込んじまう方だ。そんな自分が弱く情けなく堪らなく嫌いだ。陽菜が成宮と結婚すんのがどうにも納得出来ず、そんな気持ちを抱えたまま結婚なんて出来ねェとさえ思った。陽菜を想う気持ちの置き場所が見つからず、かといって捨てる事も出来ず。否定ばっかで埋め尽くされる俺を肯定する婚約者の存在に甘えんのも嫌で、あれも嫌これも嫌。我儘なガキみてェだ。多分、割り切るのにもう少し時間が掛かる。

けど、俺にちゃんと向き合う存在に背を向け見ようとしねェのだけはやめる。
丁寧に向き合い、俺は俺の答えを自分でしっかり出す。


「そういえば倉持さんは婚姻届はいつ出されるんですか?」
「!……そうですね…良い日があればと思ってます」
「挙式はシーズン前にするのはもう難しいですね。何か力になれることがあったら言ってくださいね」
「はい。ありがとうこざいます」


おそらく成宮たちの後になるだろう。
そうとは言わず、行きましょうか、と広報に伴われその場を後にする。
年明け間もなく予定されるキャンプを念頭にしながら、またね、と陽菜と交わした言葉を頭に浮かべその時にはアイツが心配することがねェ姿を見せてやると奮起するのだった。



点と点の描
(それは見る人によって違う形に見える心の形)

ー了ー
2020/12/22

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