入団した時にまず言われたのは、成宮には気をつけろ、だった。
あまりにも直接的であるのに理由が不明瞭。首を傾げた僕は一軍としてプレイできるようになってすぐにその理由を身を持って理解することになった。成宮鳴。関東No.1左腕で都のプリンスとかつて称されたこの人は今や日本を代表する日本球界始まって以来の最大のプレイボーイなどと呼ばれてる。


「はーるいち!飯、連れてってやろっか?」
「いやいいです」
「なんでさ!!ていうか先輩の誘いは絶対!」
「そんなこと言って。前一緒に行った時に女の人の紹介が目的だったじゃないですか」
「あの後どうなった?」
「おかげ様で付き纏われました」
「あれ?付き合ったりは?」
「しませんよ。初対面ですし」


まったくこの人は何がしたいんだ。
はぁ、と溜息をついて、可愛げないー、と肩に手を回しのしりと体重を掛けてくる成宮さんはマウンドで向き合った時よりずっと子供っぽい。春市、と早々に呼ばれるようになったのはな兄貴も球界に携わり面識があるからだそう。

日本人離れした色素の薄い髪の毛と瞳の色、整った顔立ちに実力有りとなればファンサービスも抜群に良いこの人の周りにはいつも女の子の姿がある。


「広報の須田さんが困ってましたよ。また成宮かー!って」
「怒られるようなことしてねーのにすーぐ怒んだよね、あの人。春市、今度あの人の頭触って角あるか確かめてみてよ。鬼みたいに生えてるかも!!」
「嫌ですよ!子供ですか!」
「げー」
「はい?」
「いやさ、高校の時の生意気な後輩キャッチャーにも同じようなこと言われたことあるなーって」


つまりその高校時代から進歩してない、と?
グッと本音を飲み込み、へぇ、とにこりと笑う僕に、お前も生意気ー、と頬を手で挟みブニュッと寄せてにんまり笑うこの人は間違いない、進歩がない。

はぁ、と小さく溜息をついた僕に、生意気だー!とギャンギャン吠える成宮さんを置いて、お疲れ様です、と自主練後のグラウンドをあとにする僕が振り返るともう捕手を連れてブルペンへと向かう成宮さんの背中が見えた。
プロ3年目で漸く手に入れたセカンドのポジション。初シーズンは成宮さんの好投虚しくリーグ3位の成績で幕を閉じたものの、彼自身は最多勝投手の地位を得て3年目になるのだという最強ぶり。同じくプロ入りし僕より先に一軍のマウンドで投げる栄純くんが同じ左腕として比較されてしまうのも少し気の毒になってしまうほど、この人は時々怖いぐらい精神を尖らせ研ぎ澄まし野球にすべてを傾けてる。尊敬したくない部分も多いけど、高校野球での対戦を経てこうして一緒のチームでプレイできるのは誇るべきことかもしれない。


「もう知らない!!」
「いって!!」


………うわぁ。
そんなことを思ってた数日後。球場の出口付近で成宮さんと…あれは確か一月前ぐらいに熱愛報道がされた一般の女性。
女性に何かを投げつけられて、はあ?と怒りを顕にする成宮さんにびくりと萎縮した様子の彼女がポロポロと泣いてしまう修羅場中の修羅場。あぁ、なんて間が悪い…。
自分の足元を見ればきらりと光るネックレスが落ちていて、大きな石付き。これ、いくらしたんだろう?…といつまでも傍観決め込んでていいものかな…?須田さん、呼ぼうかな…。


「あのさ、言ったよね?野球に邪魔になる付き合いはできねーよって」
「い、言ったけど!こんなに冷たいなんて思わなかった!」
「知らねーし」


ただ聞いてるだけの僕でもぞくりと寒気を覚えるほどの冷たい声に息を呑む。成宮さんは固まる彼女にお構いなしに地面をきょろりと見回し振り返ったところで漸く僕に気付いたらしい。どうも、と頭を下げるも一瞥を投げただけの彼は普段の明るさとはまるで別人だ。

スタスタ、と僕の方に歩いてきたと思えば足を振り上げて、ダンッ!と勢いよく落ちているネックレスを踏みつけた。絶句だ、それ以外の言葉が見つからない。ただ一瞬目を上げて僕を見た成宮さんの目が何も映さないような暗さを携えていて、このままじゃいけない、と焦燥感が喉元を通り過ぎるのが分かる。


「俺が冷たいと思わなかったとか、野球よりも構ってもらいたいとか、それさ、俺の意思まるっと無視じゃん」
「っ……」
「よく言われんだよね。野球をしてる俺が1番格好良いって」


この人は、本当にあの成宮さんなんだろうか。
グッと言葉に詰まり冷や汗が背中に流れた。ネックレスを踏みつけにしてそのままグリグリと摺り潰すかのようにしながら誰に聞かせるというわけでもなくポツリと成宮さんが、マジ笑える、と嘲笑を浮かべた。


「ま、いいや。バイバイ」
「な…!ちょ、ちょっとは引き止めたりとか…!」
「俺、頭悪い女嫌いなんだよね。さっさと帰れば?さっき、顔も見たくない!とかって言ってたじゃん」
「っ……死ね!!」


こ、怖い…けど、可哀想だ。
成宮さんに何かを求めてしまった彼女も、あーぁ、とネックレスを拾い上げて目を細めるこの人も。


「春市、いる?」
「いりませんよ!…いいんですか?」
「なにが?」
「彼女」
「なに?お前も俺を責めるんだ?」


ハッとうっすら笑う成宮さんは走り去る彼女に一瞥もくれずに手にしたネックレスを手近にあったゴミ箱、燃えないゴミの中に捨ててしばらく見遣ってから僕を振り返る。

諦めたように笑う成宮さんはグラウンドでは見られない。肩を竦めて、いいんだよ、とまた背を向けて、行くよ!、と声を上げた。


「はい?」
「めーし!失恋の痛手を負う先輩の誘いをまさか断ったりしないよね?」


痛手はどう見ても彼女の方だ。けど、成宮さんは、はーやーくー!、と言いながもどこか心細そうで、はぁ、と溜息をついた僕は腕時計で時間を確認して重たい足取りで成宮さんとご飯に行くことにした。


「なに、食べないの?」
「あ!た、食べます」
「面白い顔してる」


ニヤッと笑う成宮さんになんて返したいいのか。大衆的な居酒屋のざわめきの中でキャップを目深に被る姿は目立たない。ここにいる皆、酔って楽しそうで浮かれてて、誰も僕たちがプロ野球選手だとは気付きもしない。

成宮さんは口角を上げて笑うのを見せてから頬杖をついて店内を眺める。自分こそさっきからお酒ばかりで何も食べていないじゃないか。だから焼き鳥の皿を差し出せば、ん、と漸くつくね串を口に運んだ。


「こういう店で意外だったんだろ?」
「!…はい」
「俺、好きなんだよね。こういう雰囲気」
「こういう?」


これは嫌い、と焼き鳥の残りを皿ごとまた寄越す成宮さんが頷く。


「誰も俺を知らない、構わない、どうでもいいって雰囲気」
「!」
「楽しそうでさ、落ち着く」


静かだ、成宮さんが。こんな成宮さんは初めて見るから何を言ったらいいのか悩む。目を細め、羨望するかのように見つめる様子が手を伸ばしても手に入らないかのようなもどかしさを感じさせる。
…色々あるんだろうな。僕には分からないだけで、なんでも手に入るような成宮さんがこんな顔をする理由なんて想像もつかないけど。


「……マウンドでだって凄く楽しそうですよ、成宮さん」
「!…生意気」


目を丸くした成宮さんはくたりと笑い、ていうかさ、とグラスに入るお酒をグッと煽ってから続ける。


「いつまでそんな他人行儀な呼び方するわけ?」
「え…」
「春市には鳴さんと呼ぶのを許してやろう!」
「…はぁ」
「反応!ここは涙を流して喜ぶとこじゃん!!」
「えぇ!?そんなこと言われても…」 
「本当生意気!!初めて俺の球、木製バットで折りながらも打ち返した時からずっと変わんない!」


そんなことまで覚えてるんだ…?意外だ。それは僕が代打で打席に立った1年の夏大決勝戦でのことだ。
明るく普段そう見えないけど、実は思慮深く驚かされることがある。もう1個の一面はなかなか見せないから傍にいるとこっちが寂しい気持ちになったりして。疎外感…?いや、違うかな。頼られないもどかしさ?うーん、これも違うような。とにかく、成宮さんを見てるともう写真を見ずには記憶で思い出すには姿が朧げになるあの人のことを思い出す。


「…似てる」
「は?」
「あ、いや…成宮さんと、」
「え?なんて?」
「め、鳴さんと!…知ってる人が似てるなって、ちょっと思ってて」
「へー。どんなとこ?」
「どんな、って言われると難しいですしずっと会ってないんで今もそうかは分からないんですけど」
「ずっと?」
「はい。もうかれこれ4年ぐらい」
「ふうん。なに、女?」
「まぁ、そうですね」
「なになに!?好きな人とか!?」
「違いますよ!!先輩です!」
「先輩ー?青道の?」
「はい」


誰だろ?と思案してもきっと分からないと思うし、名前を挙げても知らないと一蹴するだろうから言わないけど。
僕の中にずっと残る"あの人"の言葉を記憶をなぞりながら口にしてみる。


「"人生は引き算"」
「ん?」
「あ、いえ。その先輩が言ってたんです。ちょっと思い出して」


思えばあの時あの人は何を思ってこの言葉を言ったんだろう。
卒業を待たずに外国へ渡らなければならなかった先輩は手にしていた仲間や友達すべてを手放して行ってしまった。連絡先として登録していたメッセージアプリは繋がらず、片岡監督から話しを聞いて、そんな阿呆なことあるか!とゾノさんがその場でそれを試したのに僕も自室に戻り同じことをした。
同じマネ仲間だった梅本先輩や夏川先輩すらも知らされておらず、残されたのは先輩が作成したフォトブックと、それぞれにプリントされた写真たちだけ。あとで知ったことだけど、主将であった御幸先輩や両副主将であった洋さんやゾノさんには気付いてほしいと懇願するようなメッセージが写真に残されていて"またね"と繋がったらしいそれはまだ果たされない。

写真に収まる僕と栄純くんと先輩はふと思い出して写真を見ても当然あの日から変わることのない姿で笑ってる。
今どこで何をして、また会えたら僕は先輩に何を話すだろう?
すべて手放したその手に先輩は今何を掴んでますか?そう、聞きたいかな…。


「バッカじゃねーの!」
「!…はい?」
「引き算?そんなの自分次第でしょ。例えば失ったとしても取り戻せばプラマイゼロじゃん!」
「はあ…なるほど。そういう考えも…できますね」


ていうか、先輩も同じようなことを言いそうだって鳴さんが強気に笑う様を見て唖然と思う。ただ言い方1つというか、先輩もかなり強い人だった。御幸先輩の軽口にパンチで応戦し、洋さんとのゲーム対決に何度負けても挑んでた。あの強面ゾノさんに至っては完全に掌握してたし。
もしも、は多分ないだろうけど。
どことなく似てる鳴さんと…三森先輩が会ったら水と油状態で交わることがなく、犬と猿のような相性の悪さで大喧嘩になるんじゃないだろうか。

あれ、でも。考えてみれば鳴さんと三森先輩は同学年。なにか接点があったりとかは…さすがにないか…聞いたことないし。うん、ない。


「はーるいーちー!!酒!!もっと飲めー!」
「わ!ちょ、僕こんなには…!」
「なんだー!?先輩の酌で酒が飲めないっての!?」
「うわぁ…面倒臭い…」
「聞こえてんぞ!!」


聞こえるように言いましたからね。
すでにかなり酔っ払ってる鳴さんをなんとか窘め、溜息を何回もつきながらぐだぐたの状態でマンションに送る。あーもう、なんとなくこうなるのは分かってたけどドッと疲れる!


「あー酔った…」
「吐かないでくださいよ」
「吐いたらよろしくー」
「嫌ですよ!!」
「あはははは!めっちゃ怒ってんのー!」
「誰のせいですか!!」


仰向けにバフンッと大きなベッドに横たわる鳴さんを睨んだはずなのにケラケラと笑われて溜息が何回でも出る。

入った時に借りた鍵を、ここに置いておきますからね、とベッド横の棚の上に置いて早く帰りたい一心で、お疲れ様でした!と投げつけるように言う僕を、春市ー、とぼんやりとした声が呼ぶ。


「はい?」
「一也の彼女、どんな子か知ってる?」
「え?…あ、いえ」


実は知ってるけど軽く喋っていいものじゃないだろうし言葉を濁し鳴さんを振り返れば、鳴さんは額に腕を当てて天井を仰ぎ見ながら続きを話す。


「前さー飲んだ時、アイツの手帳に入ってた写真を見たんだよね」
「!……写真?」


ていうか何勝手に見てるんですか?、と訝れば、見えるとこに置くのが悪い、とにんまりな鳴さん。はいはい。


「青道のさー、多分室内練習場で2人で写ってるやつ」
「室内練習場で…」
「あれが彼女だな、多分。すっげー仲良さそうだったし」
「………」


それは、違う。絶対とは言い切れないけど違うはずだ。
御幸先輩の彼女さんは同じ青道高校の生徒だったけど野球部とは直接関わらずいたはずだから、ましてや室内練習場でなんて写真を撮れるとは思えない。

黙り込んだ僕に横目を流した鳴さんが、春市?と僕を呼ぶから、どうなんでしょうね、と返したけど僕の中には確信があった。鳴さんが見たその写真は多分、いや紛れもなく絶対三森先輩が精一杯自分の人生へ足し算をしようとした欠片の1つだ。


「あんな風にさ、俺写真撮ったことないかも」
「あんな風、ですか?」
「ん。……酔った。なんでもねェ。気をつけて帰れよ」
「…はい」


なんで何もかも手にしているような鳴さんがこんなに1人なんだろう。眉根を寄せてしばらくそこに佇んでも鳴さんはそれ以上何も次がず、僕も言える言葉を持たずに得体の知れない虚無感が胸の中に渦巻いた。

都心の一等地に建つタワーマンションの広い一室。好成績、高収入、人気もある鳴さんが御幸先輩と三森先輩の写る写真を見て何かを感じたのだとしたら、それはどんな感情なんだろうか。
僕には到底及ばない感情への理解だけど、鳴さんに早く穏やかにすべて預けられる人が見つかればいいなと帰り路に思うのだった。



欠片の煌めきを請う
「うー!頭痛い!」
「あ、おはようございます。鳴さん」
「あー…おはよ。ていうか二日酔いの薬ぐらい置いてってよね」
「さすがにそこまでは知りませんよ」
「あ、今日もトレーニング終わったら飲みに行くぞー」
「嫌ですよ絶対!」
「そこまで言う!?」

ー了ー
2020/09/01

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