年末ともなるとテレビ欄は毎年恒例の特番が組まれ長時間を各テレビ局視聴率を掛けて勝負する。豪華ゲストがスタジオゲストに招かれニュースなどでも宣伝を打つのだ。
そんな中に紛れてSNSを騒がせるあるトレンドワードを追い掛ける1人の記者がボイスレコーダーを片手にいざ出陣とばかりの面構えで彼の前にムンッ!と仁王立ちで立つ。今日こそは!そんな意気がありありと伝わってくるだけに、やりづれェ…、とせっかくセットされた髪の毛を煩わしそうに掻き乱すのは来季ついにMLBへ挑戦する日本球界の天才イケメン捕手との呼び声高く大人気の御幸一也だ。
オイオイ…この人、"俺の"インタビュー取りに来たんだよな…?


「御幸選手!!来季からはあの成宮投手と同じリーグでのプレイになりますが」
「はい。MLBでまた1つ大きくなった成宮選手と勝負出来るのを楽しみにし…」
「そうですか!ところでその成宮選手が最近SNSを騒がしているというのはご存知ですか!?」
「え、えぇまあ…」


アイツら…!!
数日前だったか、SNSのトレンドにこんなの入ってるよと婚約者である莉子から意気揚々と見せられた時から嫌な予感してたんだよな…ちくしょう。

ひく、と口の端が引き攣るのをグッと力を込めて堪えた俺よくやった。キラキラと目を輝かせる記者が欲しい情報がわざわざ聞かされねェでも分かる。
鳴と陽菜。
帰国してからちょくちょく目撃情報が上がり、やれ鳴がまた格好良くなっただとか、やれオーラが違うだとか、そういうのはまだマシな方だ。そんなもん、日本にいた時からあったしな。ただ近頃トレンド入りしてんのはそういう類のもんじゃない。青道野球部OB会でも言ったが、アイツの恋愛話ほど聞かされて恥ずかしくなるもんはねェ。まるで家族の惚気話を聞いてるみたいだ、とこっちが気恥ずかしくなっちまう…!


「成宮選手の婚約者の方への愛しっぷりがまた新たにファンを惹き付けやまず、ついには"成宮鳴"はもちろんそれに関連付けてトレンドに"愛妻家"や"致死量の糖分""蕩ける"などと上がりました!その事もご存知でしたか!?」


やめてくれ…!聞きたくねェ!!
さあ?とついには引きつりっぱなしの口の端を隠すことを諦めた俺。出来る事なら両耳を塞ぎてェし可能なもんならこのインタビューを打ち切りてェ。側に控える広報をちらりと見れば苦笑いを返されるあたり、どれも望み薄。なかなかに王手の出版社なだけに今後球団に及ぼす影響を考えれば無理はねェのは分かる。ただ、事前に受け取っていた質問表にはねェ質問。仕事だろうし必死なのは分かるんだが、ルールを無視されちゃこっちも誠実に付き合う気もなくなる。

そうは言っても記者が目を爛々と輝かせんのも分からないでもないけどな。
これだけの話題になっておきながら、鳴側から1つも証言が上がってねェからだ。さすがは大球団の先発ローテ入りエース投手って言えばいいのか。はてまた専属のマネージャーが優秀だと言えばいいのか。
やべ…頭が痛くなってきた。


「成宮選手にはインタビューしないんですか?」
「え?あ…あぁ、私たちも再三インタビューのお願いをしているんですが…これがなかなか。突撃取材もあちらの球団からは正式にNGを出されているので…」


苛立ち紛れの溜息と戸惑いの目線が右往左往する記者の言うことに嘘がないなら、陽菜が守ってんだな鳴を。
11月中頃、空港での108本のバラの花束を持ってプロポーズをしたっつー鳴のオフ入りからの帰国。日本でも大きく取り上げられたそのニュース後もあっちからSNSで発信される鳴と謎の一般人婚約者との熱愛の拡散、さらには球団からの婚約正式発表があったにも関わらず直後のスキャンダル。ともなれば直接インタビューがどの局よりも早く独占で欲しいところだろうな、映像付きで。そりゃスクープを取りに来るだろ。
が、そういった騒ぎはなくあくまで一般人からの目撃情報ばかり。ファンを大事にする鳴の意思と体裁を慮り、さらに報道よりもリアルな一般人投稿にファンからの好感度は上がる一方。優秀どころの話しじゃねェ、あれは食えねェマネージャーだ。

些か記者が気の毒ではあるがアイツらが喋らねェもんを俺が話すわけにもいかねェ。
なんとしてでも聞き出してみせるという強い意志を目に隠さねェ記者と、その記者ににこりと笑いやり過ごす俺の平行線を辿る時間がインタビュー時間いっぱいに流れるはずだったが次の瞬間そうもいかねェ言葉を聞くことになる。


「成宮選手のお相手は毎回違うという噂もありますが」
「!……へぇ…そうなんですか?」
「え……あ、はい。い、いえあの…」


やべ…嫌悪を声に出しすぎたか。
明らかに俺の気を引こうとする言葉に自制を意識する前に声を低く唸るように発しちまった。とはいえ、俺が莉子に見せられた投稿の中にんな投稿は1個もなかったぞ。
記者がびくりと身体を揺らし動揺すんのを見てまずいとは思うものの僅かに気が晴れるのも事実。鳴のこれまでの付き合い方が原因で有りもしねェ憶測が立っちまうのはアイツの自業自得だ。けど、それと陽菜を無責任な情報操作で傷つけ不安にすんのは違うだろ。俺も追っかけられる立場であったから間接的に訴えたようで自己満足に溜飲が下がる。

とはいえ、ここで背を向け帰っちまうのはさすがにまずいよな…。俺は来季からはMLBだとは言っても球団に迷惑を掛けちまう。
くしゃりと髪の毛を撫ぜて溜息をつきてェのをグッと我慢する。大人になると我慢が上手くなるよな、鳴がどうかは分かんねェけどな!!路上でキスすんなバカ!!抱き上げるなバカ!!こちとら頭痛が収まらねェんだよ!!

……だが、投稿の中で1番多く拡散された写真でお前が陽菜をすげェ大事にしてんのは俺にもちゃんと分かった。
だから今回は婚約祝いっつーことで許してやるとする。頭痛の貸しは向こうの試合で返してもらうからな。


「自分も見ましたよ、SNSの写真を」
「あ…そうですか!旧知の仲の御幸選手から見てどう感じられましたか?」
「そうですね…」


にやりと笑う記者の目が輝く。まるで獲物を見つけた猛禽類みてェな人だな…この人。
俺は莉子の存在をこういう人からずっと守ってきたが、鳴と陽菜の2人は堂々としたもんだ。まぁ陽菜の場合、現場慣れしてるっつーのもあるだろうし鳴にしてもああして包み隠さねェことで周囲に陽菜が自分にとってどういう存在かを知らせて認めさせようとする意図があんだろ。そうして思えば、初めて聞いた時はなんの冗談だと信じられるわけもなかったが……ったく。

フッと頭に浮かぶのは青道野球部OB会での2人。
ああも一緒にいることに違和感がねェとは思ってなかった。それこそ青道のライバル校としての意識が強かった稲実の野球部ユニフォームを着る鳴の姿と、青道の制服を着る陽菜が俺の中に強く残っているだけに目を細め2人を見据えた俺の目にはその姿で映ったもんだから絶句した。その俺の隣で莉子は、なんて顔してるの、と俺の肩をポンッと叩いた。

複雑で寂しく、ある意味じゃ悔しくもどかしい。
鳴が勝手に拝借した置かれっぱなしの沢村の新型スマホでカメラを起動しニッと悪戯っぽく笑い陽菜と肩を並べて自分たちに向ける。目を見開いた陽菜が怪訝そうにしながら鳴に何かを問い掛け答えを聞いた時、仕方がないとばかりに眉を下げたかと思いきや鳴がなにやら言った言葉に次の瞬間には2人で笑い合った。
"say cheese!"と鳴が英語で発音良く声を掛け、2人が満面の笑みで写真を撮る様子を焦燥にかられて眺めていた俺に気付き、来んな!っつってんのに無視して鳴と陽菜が俺を挟んで一緒に声を合わせ、say cheese!、とか言いやがって。
その瞬間、最後に陽菜と写真を撮ったあの日がフラッシュバックしてハッと息を呑んだ俺が陽菜を見れば陽菜も同じだったらしく見開いた目に少しだけ涙を滲ませていた。まぁさっきから泣きっぱなしだったわけだが。で、鳴がその涙を拭ってやってる。

『御幸!笑って!!』
笑って笑って!写真を撮るたびにそう言ってたよな。お前は笑ってたけど、意外と思い出に縋ると自分で言っていたお前がいつかあの写真を見て1人で泣くんだと思うとやり切れなかった。いつかどこかでばったりと会っても見つけてやれるようにと持ち歩いていた写真は当然18歳から姿が変わるわけもなく、今こうして隣にいる陽菜は大人で自分の足でちゃんとこの場に来た。後悔を自分から拭えなかった悔しさとその想いを伝え切れない焦燥と、身体の力が抜けるほどの安心感が鳴と笑う陽菜を見て一気に押し寄せてきた。
鳴と陽菜の肩に腕を回し、その手で頬を引っ張ってやる。その瞬間に写真を撮っちまった鳴と陽菜からはギャンギャンと猛抗議が上がり、莉子は腹を抱えて笑う。沢村に、俺にも送れよー、と言ったあの写真は沢村のSNSに載せられ大量のいいねとコメントが寄せられ成宮鳴のトレンドに一躍を買ったんだよな。
つーかあの写真、鳴側的には載せてOKだったのか?


ついぼうっと思いに沈んじまったらしい。御幸選手?と問いかけられハッとして目線を記者に合わせれば答えが待ちきれないとばかりに手を固く握り締める姿。俺が鳴を批難する言葉でも待ってんのか。まさか俺が同業者の悪口を言うとでも思ってんなら見くびられたもんだ。頭の中に掠めたSNSの写真。鳴と陽菜が2人で笑い合う姿に勝手に口の端が上がる。


「お似合いの2人だと思います」
「え…あ、はい。あの…御幸選手はお相手の女性のことはご存知ですか?あちらの球団側からは一般女性としか情報が出ていないんですが」
「さあ、自分が言えることはこれ以上はありません。ただ2人の幸せを願ってます」


記者はその俺の答えにこれ以上の発展が望めないと判断したのか一瞬小さく肩を落としてから本来の質問に戻った。


「あれ?一也、この写真もういいの?」
「ん?…おう。もう俺が持ってる必要ねェからな」
「そっか…三森さん、幸せそうだね。SNSの写真もすっごい良い顔して笑ってる」
「ん。莉子、頼みがあんだけど」
「うん?」
「この写真、プリントしたいんだけどどうやったらいい?」
「!…あはは!教えてあげるから一緒にやろ」


俺と莉子が一緒に写る写真を見て嬉しそうに笑う莉子が、お疲れ様でした、と俺の肩に柔らかく寄り添った。



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