春季キャンプを経てシーズンが開幕になると本格的に野球一色の毎日がまた始まる。
メディアの露出も試合に集中するために減るし、俺もその環境はありがたい。須田さんからのお小言も減って須田さんの血管の心配も少なくなるしね。
ただ。集中してるとは言っても雑音がまったく聞こえなくなるわけじゃない。スマホを開けばSNSでニュースを目にするし、テレビをつければ予期せず流れてくる。たまたま入ったコンビニに置かれたスポーツ新聞は一面でデカデカと飾る。俺の不調を。
俺が何を抱えていたとしても、観る人にはそれは関係ない。数字だけが事実でそれに呼応するように過去や今の良し悪しが持ち上がるのはいつものこと。
そんな俺から興味がなくなったみてェに、つい最近まで媚を売ってきていた女の子から連絡が来なくなんのもいつものこと過ぎて笑える。


「鳴さん、またここですか」
「!……なんで来てんだよ、春市」


ただ酒飲んでるだけじゃん、とテーブルに頬杖をつく俺の前に春市が座る。成宮さん、なんていう堅苦しい呼び方を改めさせてからますます生意気になってんじゃない?春市。


「須田さんに頼まれたんですよ。心当たりがあるなら行って連れ帰れって」
「なんだそれ。子供じゃねェって」
「確かに子供はこういう場所には来ないですね」
「だろ?もっと敬ってもいいよ?」
「実年齢と精神年齢が一致しないことってありますよね」
「なんで今それ言った?」


明確な嫌味に、あ?と口の端を引き攣らせながら春市のほっぺたを抓り引っ張ってやる。そういうところですよ!、と痛みで涙目になんのをにやりと見据え酒を飲む。そうそう。実年齢と精神年齢は合わせねェとな。

俺がよく行く店はよくある大衆的な居酒屋。サラリーマンであったり大学生であったり家族であったりジャンルの問わない店はいつも満席で賑わってて、俺はそんなこの店の隅っこの席で色んな人の話を聞くとも聞きながら酒を飲むのが好きだ。
どこにいても1人にはなれねェ感覚も、ここでならなれる。スマホの着信もこの賑やかさで聞こえねェし、1人であることを実感するこの時間は俺には大切だ。


「ほら、お酒ばっか飲んでないで食べてください」
「うるせーお前母ちゃんか」
「また子供みたいなことを…」
「なんだとー!?青道の後輩はマジで可愛くねェ奴ばっか!!」
「青道の後輩って…あ、栄純くんですか?」
「アイツ会うたびに、シロアタマ!って叫んでくんのなんとかしろ春市」
「無理ですね。栄純くんのあれは諦めました」


うっわ…にこりと笑う顔が兄ちゃんの小湊さんにそっくりじゃん!兄弟ね。俺は姉ちゃんが2人いるけど、今は似てるなんてあんま言われない。そりゃやっぱ男と女だし、並んで初めて顔のパーツとか、雰囲気で似てるぐらい。

春市がテキパキと料理を注文するのを酒を飲みながら眺めていれば、ほどほどに、なんて言って取り上げやがったからまた頬を抓ってやる。生意気ー。


「鳴さん、強いですよね。お酒」
「春市はすーぐ赤くなる」


で、その様子が可愛いとモテてる。
俺に痛いところを指摘されて押し黙る春市に、プハッ!と笑いくくくっと喉を震わせればやっぱり真っ赤になっちゃってからかい甲斐があるよなぁ、春市。


「……どうして1人になろうとするんですか?」
「んー?」
「気のせいだったらすみません。けど、そんな気がして」


ふうん…。思いがけない奴から、鋭い言葉。
目を細め春市を見据えるもどうやら春市は答えを聞くまでは引かないみてェだ。
運ばれてきた料理に手をつけ食う俺が口を開く前に春市から話し出す。


「放っておけないんです。鳴さんに似た先輩を知ってるので」
「それって前に話してた人生は引き算云々って人?」
「あ…はい……そうです、けど」
「なんだよその顔」
「いえ、まさか覚えてると思わなくて」
「俺をなんだと思ってんだお前」
「えと…あ、その先輩は…」
「ま、いいけどさ。その人のことは」


俺はさ、と続ける俺は春市に持ってかれた酒を取り戻し飲む。


「何も持たねェで、1人で勝負する日が来るからな」
「!」
「MLB。俺は絶対に行くよ」
「…1人で、ですか?」
「おー」
「誰にもサポートされずに?」
「この身1つありゃいい。あっちでは日本で得た名声も人気も全部ゼロだろ。それに何も持ってねェ方が軽くていいし、勝負し甲斐がある」


MLBに挑戦するにはある程度のサポートは必須だ。例えば食事面、例えば生活面、例えば言語の不安。そのぐらいのサポートを球団側から契約時に引き出せるぐれェの選手であれば問題ない。

淡々と続ける俺を春市がなんともいえない複雑そうな顔で見つめ、男に見つめられても嬉しくねェ、などと軽口を叩いてやれば眉を下げて笑った。そういうところも似てます、なんて言われても俺はその人を知らねェけどそんな似て見えんならいつか会ってみたいかもね。


「鳴さんは寂しがり屋ですよね」
「!…うるせ」


だから今日は付き合いますよ、と生意気にも続ける春市ににやりと笑い、逃げんなよ、と言えば、はいはい、なんて言いやがるからその口に焼き鳥を突っ込んでやった。


そんなことを春市と話してから2年ちょっと。
MLBへ挑戦する手筈が整い渡米の前日に稲実OBが激励の会を開いてくれるっていうから時間は限られるけど参加した。
こっちでやれる事は全部やった。
日本シリーズも制覇したし最多勝投手の連続記録やその他色んなもんも残した。あとは超えてみなよ、と後からくる奴らに残して俺は新たな挑戦の地へと行くだけ。


「うお!良い家だな!!」
「でしょー?まぁそんな広い家はいらないって言ったんだけどさ」


山岡に見せたスマホの写真はあっちが用意してくれた俺の住むマンションの内覧写真。担当してくれた人が律儀にエージェントを通じて俺に送ってくれて何か必要なものがあれば連絡をくれと言付けてきたメールに添付されていた。エージェントの話しではメールがきっちりとした日本語で、日本特有の言い回しを間違えず使いこなせていることから俺を担当する通訳の人を通じて送ってくれたんじゃないかってことだった。

贅沢言うな!、と山岡が喚くのを無視して横から樹が、凄い…、と感嘆の声を漏らすのににやりと笑う。


「いいだろー?遊びに来てもいいぞ!」
「行けるわけないじゃないですか!メジャーリーガーの家ですよ!?」
「……バッカじゃねェの!俺は俺だっての!!」
「いや!俺はそういう意味で言ったんじゃ…」
「立場を弁えろっつってんだよ樹は」
「なんだよ雅さんまで!」
「うるせェ吠えるな」


犬みたいに言うなよ!、と隣に座った雅さんに言うも気にも留めず、クィ、と俺のスマホに開かれた写真を顎で指す。


「お前が望まなくても先方がそういう部屋を用意して高待遇を見せてきたのは暗にあっちからのプレッシャーじゃねェのか?」
「!」
「こっちはお前にこれだけ期待をかけてんだからちゃんと応えろっていうな」
「っ……分かってるし!!」


確かに…。俺が移籍の決まっているチームは長年投手の補強に苦戦してきたチームとしてよく知ってる。得点力はあるのに防御力にいまいち欠ける。俺に望まれることはおのずとしてチームのエース的働きで、それ以下でもそれ以上でもない。そう示されてるのは俺もなんとなく分かっていただけに雅さんの言葉に眉根を寄せて写真を改めて見る。…フン。こんな広い部屋があったって俺の生活の主体は野球。トレーナーや通訳がいて施設が整ってりゃそれだけでいい。

気まずそうな樹に、食えよ、と皿を突き出してやりホッとした顔で食うのを横目で見ていれば雅さんが、オイ、とまたお小言言いそうな切り出しをしてくる。


「……なにさ」
「あっちで喧嘩すんじゃねェぞ。どうせ勝てねェんだから」
「やってみなきゃ分かんねェじゃん!!」
「いや、分かるだろ」
「相変わらずの無鉄砲、無自覚、無謀っぷり」
「カルロと白河、うるせー!!喧嘩なんかしなくても黙らせられりゃいいんでしょ。投球でさ」
「分かってんならいい。あぁ、あとな」
「まだあんの!?」
「早くサポートしてくれる人を見つけろ」
「!……いらないよ、そんな子」
「鳴、そうは言うが…」
「俺が欲しいのは俺と一緒に進める子!後ろからついてくる子はいらないよ。すぐに俺を見失っちゃうからね」
「どんだけ自信家だよ」
「そんな子いるわけない」


ククッと笑うカルロに呆れたように溜息をつく白河だって彼女いねェじゃん!!樹にいたっては、このヤロ…!可哀想なものを見るみてェな目で見やがって!おしぼりくらえ!!
ぶほぉ!と顔面で俺の投げたおしぼりを食らった樹は放っておき、どうにも性分で仕様がない雅さんの不安そうな顔にニッと笑う。しょうがないなぁ、本当。損な性分なんだから。


「俺があっちで活躍したら、俺の元相棒だ、って自慢していいよ!!」
「活躍できたらな」
「俺も自慢します!!元バッテリーで最高に凄い人だって!!」
「うわ…相変わらず暑苦しい奴…」


1人でいい。
そりゃ寂しくなる時もある。孤独で眠れねェ時も、およそ人には理解されねェ感覚に僻みをぶつけられる時もある。
けど俺の中に残った経験や大事なものが俺を支えてここに立ててるってことを俺はちゃんと知ってるし、それを忘れたりしねェ。
どうせ頂点に立つのはただ1人。
これからどんな出逢いがあるかは分かんねェけど、楽しくなればいいと思う。



冬来たりなば春遠からじ
「陽菜ー!!」
「なに?」
「なんで俺の前歩くわけ!?普通、後ろからついてくるだろ?広報とかさ」
「なんのために?成宮くん、もう立派な大人なんだから道ぐらい1人で歩けるよね?」
「そういうことじゃねェ!!」
「まぁまぁ落ち着けよ、成宮」
「アンディー!陽菜の味方かよ!」
「可愛げねェよなあ、陽菜は」
「本当!」
「でもあれはな、お前がファンに飛びつかれねェようにしてんだぜ」
「…はあ?」
「お前はいつもチームメイトの先頭を歩きたがるだろ?だとすりゃ後ろは心配ねェとして、向こう見ずなお前をあれでも守ってんだよ」
「ふ、ふうん…。そうならそうって言えばいいじゃん。マジで可愛くない!!」
「いやいやあれでなかなかだぞ」
「…は?え、なに?アンディー、陽菜のことに詳しいの?」
「前に寝言でよ」
「寝言!?なに!?一緒に寝たことあんの!?」
「バーカ。んなもん陽菜が許すわきゃねェだろ。オフィスで仮眠取ってたんだよ。で、なんて言ったと思う?"成宮くん"って言ってたぜ」
「!……マジ?」
「そのあとに"ムカつく"って続けたけどな!!」
「陽菜ー!!」
「わ!!なに!?」

ー了ー
2020/12/01

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