グィッと下からユニフォームを引っ張られて、おっと…、と姿勢を保つ。

ホーム球場でファン感謝イベント終了後、ファンとの写真撮影や握手、サインに応じていれば俺の足元で真っ直ぐ見上げてくる小さな姿。


「めい!」
「お!なんだ、なんだ?チビ、どっから来たんだよ?」


ニパッと笑っちゃって可愛いなー!コイツ!

俺の顔も緩んで頭を撫でてやりながら俺のユニフォームを引いて舌足らずで俺を呼ぶ小さい男の子の前にしゃがみ込む。んー、3歳か4歳くらいぐらいかな?俺のチームのユニフォームを着てる。こんな小さい子のサイズもあるんだ?それでもブッカブカだけど。お!俺の背番号!

辺りを見回しても親らしい姿が見えない。近くで控えてた広報の須田さんが気付いて駆け寄って来ようとするけど、いいよ!、と声を掛けて、よっと!


「うわー!めい、大きい!!」
「だろー?」


知らない大人に連れて行かれて親を待つなんて心細すぎるじゃん!須田さん、一見強面だしさ絶対に泣いちゃうって。そんなことするよりこうして抱っこしてあげた方が目立つしね。

俺に抱っこされて目をキラッキラさせる男の子が下げているショルダーバッグをひっくり返して見れば、あぁあった。名前発見!


「涼太!良い名前じゃん!」
「めい、りょうのこと知ってるの?」
「んー?そりゃね!俺、なんでも分かるよ。そうだな、例えば涼太のお父さんお母さんが一瞬で分かる!」
「えー!!」


キャッキャッと楽しげに笑うのが可愛くて、うりゃ!、と首元や脇をくすぐってやれば俺の腕の中で身を捩ったり暴れたりして大爆笑。軽いから暴れられても落としたりしねェしこっちまで楽しくなっちゃうけど、いつまでもこうしてるわけにもいかねェか。

涼太に笑い掛けて辺りをぐるりと見回す。あ、いたいた。絶対にあれだ。こっちを見て涼太に向かって必死に手を振ってる2人。お父さんの方がスーツを着る須田さんに慌てた様子で声を掛けてる。お母さんの方へ俺が手を振って涼太にも教えてあげれば涼太が手を振り返したからホッとした顔をして何度も頭を下げてる。いいよ、謝んなくて。すっげー楽しいし!

間もなく須田さんに道を通されて涼太のお父さんが俺のところにやってきて、すみません!、と頭を下げた。


「全然!良い子だったよなー?涼太!」
「うん!めい、すっごいんだよ!?パパ!りょうのパパとママ、すぐに分かっちゃった!」
「だろー?よし!サインしてやろう」
「やったー!」


嬉しそうに両手を上げる涼太の脇下に手を入れて下ろしてやり、小さな背中にサインペンで自分のサインを書き込む。うわ、小さいから俺のサインでかく見えるや。


「めい、ありがとう!」
「お!ちゃんとお礼言えて偉いじゃん!涼太も野球好きなのか?」
「うん!!」
「そりゃいいや!また観に来いよ!」


めっちゃくちゃ可愛い!!バイバーイ!とお父さんに抱っこされて人混みに入り見えなくなるまで力いっぱい手を振る可愛らしさに心が和む。
プロ野球選手生活も5年目ともなればこうしてイベントに顔を出してくれるファンの顔も覚えてる。また来てくれりゃいいなー、なんて思い可愛さの余韻に浸りながらファンとの交流を再開した。


「…なんだかなー」
「どうしたんですか?成宮さん」 
「あー春市、おはよ」
「おはようございます。また彼女と別れたんですか?」
「違げェし!!んなしょっちゅう別れてるみてェな言い方すんな!!」
「え、別れてますよね…?」
「真顔腹立つ!」


そんな怒らなくても、ってそりゃ怒るだろ!
サラッと言い放つ可愛げないこの後輩は同地区ライバルであった時から変わらねェ。
ファン感謝イベントの翌日、チーム内で行われる紅白戦前にベンチでスマホを見てムスッとしてりゃこれだ。もっと優しい言葉掛けらんねェの!?
じとりと見たところで肩を竦められ、俺の隣に座った春市が、カメラ向いてますよ、なんて言うから春市と肩を組んでサービス!


「ニュースですか?」
「まあな」


チラッと俺のスマホが見えたらしい春市の言葉にムスッとしたくなんのを我慢してカメラマンにシャッターチャンスを作ってやる俺ってばさすがのプロ根性!さすが、と春市に言われねェでも俺が1番分かってっから。

スマホ画面上には昨日のイベントのことが取り上げられたニュースが開いてあって、俺が小さな涼太を抱き上げて好感度アップだとかなんとか。あとはそれに関してインタビューされた街の人の声も合わせて乗ってる。


「…なんか、違げェ」
「え?」
「なんでもねェ。ほら、行くぞ春市。今日は控えの選手と紅白戦。負けるわけにいかねェからな」
「はい」


俺はプロ野球選手で毎年最多勝投手になってて、球団の顔だっていうのは俺がよく分かってる。ファンの人たちは応援してくれるし、時々恨み言みてェな声が届くこともあるけど別に左から右に流すし気にしちゃいない。
ただ…。5年。5年プロとして活躍を続けて俺はなんにも変わらねェつもりでも周りが急激に変化するのに最近は疲れてる。ていうか、うんざりしてる。
昨日の。別に俺は好感度アップとか、狙ったわけじゃねェよ。ただ涼太が可愛かったし向けられたキラキラした瞳が素直で綺麗で嬉しかったんだ。あんな風に、利用したみてェに書かれるとムカつく…。ま、書いた方はそんなつもりねェかもしんないけどさ。

グッと腕を伸ばしそのままぐるりと回す。
よし…今日も誰一人打せねェつもりでやる。


「成宮さん、お疲れ様です」
「お疲れー。大活躍じゃん、ムカつく!」
「なんでですか!」
「先輩より目立つんじゃねェ!!」
「いたたたっ!子供ですか!」
「また言ったな!?そこに座れ春市ー!」
「嫌です!」


紅白戦の結果は俺たちレギュラー陣の圧勝。俺も点取らせなかったし、春市はじめ打線が頑張ってくれたから楽に勝てた。来季の戦力を調整するために行われたんだろうけど俺は誰にもエースの座は譲るつもりねェし、チームは日本シリーズ制覇とはいかなかった今季だけどクライマックスシリーズにまで残ったわけだし士気はますます高まったんじゃねェかな。
いつかは、と視野に入れているMLBへの挑戦だけどこっちで日本を制覇しねェことには集中もできない。立つ鳥跡を濁さずって言うしね。まずは来季。絶対に獲るよ、日本一。


「へー!すごい!成宮くん、メジャーに行くんだ!?」
「まぁ、いずれは。ていうか声大きいよ」


試合終了後、前から頻繁に連絡を取っていた女の子と約束していた食事に来れば疲れた身体に甲高い声がキッツイ。まぁ、リアクションの大きな子は可愛いけど。

せっかく静かな個室の場所を用意したのになぁ、なんて思いながら料理を食う。うん、美味い。テーブルを挟み向こう側に座るのはモデルの子。スラッと細く目も胸もでっかくて可愛い子。前に俺のファンなんだって先方から依頼があって対談したことがあるという縁。俺と個人的に連絡を取ってて事務所の方は大丈夫なの?、と聞けばにこりと笑い人差し指をグロスで光るぷくりとした唇に当てて、秘密にしてください、と艶っぽい声で言った。
歳は俺より2つ下で、お酒の飲み方教えて下さい、なんて言って男に対して甘え方を知ってるこの子は野球のことはなんも分かんないし俺が試合のこととか話してもニコニコ聞いてるだけだけど、変に詳しくて色々意見されるよりはマシ。

美味しいです、と食べる前に熱心に写真を撮っていたこの子のSNSを見ればすでに写真が上がってる。……ふうん。これって匂わせってやつだよね。俺の手も一緒に写ってるじゃん。やっばい…広報の須田さんが怒る顔が頭に浮かび苦笑い。


「成宮くん。私も一緒に行けるかな…?」
「へ?どこに?」


いきなり脈絡なくない?
キョトン、としながら肉の付け合せに添えられていた筍が主役級に美味くてあまり気にも留めず、美味い、なんて言っていれば彼女ははにかみ笑い、あのね、と席を立ちわざわざ俺の隣に座った。ふわりと香る甘ったるい匂いはこの子の香水か…。美味い料理が台無し。

そっ、と手が俺の左肩に触れてゆっくりとしなだれかかってくる。感じる柔らかさと誘惑の空気。キスを強請る様に唇を近付けて、触れそうで触れないところで、成宮くん、と甘ったるく呼ぶ彼女が目を閉じた様子を目を細め見つめる。誘ってくれちゃって。
彼女の耳を手で捏ねて、ゆっくり頬にあてがう。ぴくりと震える反応を追って唇を俺から近付けてから触れそうで触れない距離を保つ。
閉じられた目。長い睫毛。色っぽいアイシャドウ。もうキスするしかねェシチュエーションだよね。


「行くって、どこに?」


ま、しないけど。
俺の言葉にポカンとする彼女から離れて後ろに手をつき距離を取る。キスされるものとばかり思っていたのか微かに顔を赤くしちゃって、俺が薄く笑えば一瞬悔しそうに眉根を寄せた。あーぁ、可愛いのに台無しじゃん。すぐに戻ったのはさすがのプロ根性かな。


「えっと…メジャーに」
「……ふうん。行ける?」
「行ける?って…?」
「俺と一緒に来るってことはそれなりの覚悟があるんだろうなぁって思ってさ。外国だよ。英語出来んの?俺は野球主体の生活は変わらねェし、俺の食事や生活面全般のサポート出来る覚悟とスペックが君にはあんの?」


旅行じゃねェんだし、とトドメを打った俺に何を言うこともできず俯き手を握り締める。


「君には無理だよ。俺には付いてこられない。自分の足で俺の横にいられる子じゃないと、すぐに見失うよ、俺を」


そんな子がいるかどうかはまったく思えないんだけど、とは心の中で呟いて立ち上がり、ゆっくりしてって、とにこりと笑い掛け部屋を出る。支払いを済ませキャップを目深に被り外へ出れば時間帯が時間帯なだけに飲み帰りのサラリーマンや学生らしい人たちで街が賑やかだ。
俺は1人だけど、別に孤独だとは思わない。さっきまでも俺はあの子と同じ時間を共有して楽しんだわけじゃねェから。

通り掛かったゲームセンターはひときわ賑やかな音楽が流れて照明も存在を象徴しすぎる明るさだ。一組の男女が一台のクレーンゲームの前で中に入っている景品を見ながらああでもないこうでもないと攻略方法を楽しげに話すのを眺める。デカいぬいぐるみが欲しいらしい彼女と、取れないよ、と言いながらも色んな角度から見てなんとか取ろうとする彼氏。
俺はあんな風に街を歩いたことねェな…。いつも目的地を決めて気を遣いながら会わなきゃなんねェし、時間も限られる。ただ街を気ままに歩き目についたものに気が向けば足を止め想いを共有する。そんなデートらしいデートをしたことがない。

いつか俺にも、あんな風に互いの利害関係なく他愛もないことで一喜一憂したいと思える子が隣にいる時が来んのかな。


「到底思えねェや…」
 

取れたー!!と上がる男の歓喜の声に俺の声は掻き消され、女の子は嬉しそうに大きなぬいぐるみを抱き締める。嬉しそうな笑顔を見て同じように笑顔になる2人はとても幸せそうで、俺はそれを横目に見ながらまた歩き出した。



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