球団広報として働き始めて、辛い現実を目にすることも多くなった。
広報として選手のためにすることは様々な売り込みをし、仕事を彼らに作ること。もっと細かくいえば選手のイメージを知るためにファンの声に耳を傾けその市場を把握し適切に対応するのも大事な仕事。雑誌や新聞のインタビューにテレビ出演、トークイベントのゲストやブランドのモデルにグッズの提案・販売などたくさんの人が動き大きなお金が発生するだけに利害にはシビアにならざる得ない。
球団にとって選手は大きな広告塔であるのは否めない事実で、その利害によって切り捨てられてしまう現実は私にはまだ慣れず辛いものだった。

だからこそ、求めてもらえる選手にはそれに対して紳士に向き合ってほしい。それは私のワガママなのかな?


「アンディーさん!」
「来たな?」
「昨日!そのまま直帰するって言ったじゃないですか!なんなんですかこれは!!」
「あー…さすがだなぁ、陽菜」
「ごまかさないでください!」


うるせェなぁ、と選手の皆さんに言われるのなんてもう慣れっこ。
アンディーさんに向かってズンズン歩いてファンのSNSを開いたスマホのディスプレイをズイッとアンディーさんに突き出す。
アンディーさんの視線はスマホをしばらく見てから苦笑いで私に返ってきた。快勝した試合終了後、ロッカールームは明るい雰囲気。ルイスさんが、お疲れ、と私の肩を叩いてくれるけど小さな会釈を返すしかできない私は頭に血が上ってる。だって…!


「っ…これは本当なんですか?」
「んー?」


気にした風もなく、なんなら鼻歌交じりに間延びした声が返ってきて私はアンディーさんとロッカーの間に身体を滑り込ませて真正面から向き合う。目を丸くしたアンディーさんの眉間に皺が寄った。


「ファンの子たちとお店で大騒ぎ。その場のお会計をすべてアンディーさんが払ってその後も道を大勢で歩きながら歌って騒いでたって」
「どうだったかねェ。楽しかったことだけは覚えてんだけどな」
「楽しすぎて今日の試合が蔑ろになったんですか?」
「……あ?」


低い唸るようなアンディーさんの声に神経がビリビリと震えて息を呑んだ私だけど、ここで引いたらいけないとスマホをポケットに入れて逃げ出しそうになる足をグッと踏ん張る。
ここで逃げちゃいけない。根拠なんて何もないけど、ここが1番の踏ん張りどころだし私がこの仕事で選手のみんなと向き合う上で譲れないものを示すチャンスだとも思う。

周りの空気もピンと緊張感が張り詰める。
やめておけ、とばかりにアンディーさんの後ろで眉根を寄せて首を振る選手を一瞬だけ見てからこくりと緊張や恐怖を飲み込んで口を開く。


「今日だけじゃありません。ここ最近、ずっとエラーを出してますよね」
「…ま、調子の良い日ばかりじゃねェさ」
「いい加減、私生活の乱れを正してください」
「お前にゃ迷惑の1つも掛けてねェぜ」
「迷惑です」
「あぁ?」
「アンディーさんと同じポジションに手が届かずに夢を諦めざる得なかった選手たちに迷惑だと言ったんです」
「………」


なんとか声を震わさずに精一杯平然を装い言葉を繰り出す私に薄ら笑いを浮かべたアンディーさんが手を伸ばし頭に手を置く。それと同時にグッと顔を寄せられて至近距離で見つめ合う。
ぞくりとするほどの恐怖が走り心臓が痛いほど鼓動を打って痛い。足が震えそう。手も握り締めていないと震えてしまうから爪が手の平に食い込んで痛いぐらい強く握り締める。

ざわ、とロッカールームに動揺が広がって、やめろよ、と誰かがアンディーさんの肩に手を当てたけど肩から振り払うようにして腕を振り被ったアンディーさんはこのチームの顔。明るくムードメーカー。ファンからの期待も高く、契約期間も契約金も多い。たからこそ。


「アンディーさんのポジションはアンディーさんだけのものじゃありません!自分を甘やかして自己管理も出来ないアンディーさんはファンに対してそれを恥ずべきだし、今一度見直すべきです!」


ガンッ!!


「っ…!」


すぐ側で大きく鳴り響いた音はアンディーさんがロッカーを蹴りつけた音。
ビクッと身体が跳ねてもアンディーさんが私の頭を押さえつけるようにして置いた手を離してくれるわけではなく、依然として至近距離で私を睨みつけるアンディーさんの目には動揺の揺らぎが見える。


「何も出来ねェ新人が生意気言うな!!」
「っ…アンディーさん!!」
「陽菜!」


放るように私の頭から手を放しロッカールームを荒々しく出ていくアンディーさんを追いかけようとする私の肩を掴んで止めるルイスさんを振り返り、離して!、と睨む。


「落ち着け。アンディーもプロなんだ。自分のことは自分で面倒を見る」
「それがなんですか!?」
「!」
「私は!っ…私は、まだなんにも出来ないし顔も狭いし何かあってもカイルさんに頼らないと対応も難しいです。日本人の、何も知らない女でどうせMLBの選手と結婚したいだけなんだろうって、そんな風に馬鹿にされます。けど!!私はあなた達の味方でいたい!」
「陽菜、お前…」
「球団経営陣は残酷です。っ…切ろうと思えばいつでも切ってしまえる。なぜならプロとして野球選手を目指す人はたくさんいて、誰もが9つのポジションに立つことを夢を見て望み努力をしているからです。今この瞬間も!私は…っプロだから自己責任だと何かあったら取って替えれるみたいな商品のようにあなた達を見たくはないし、何か問題があればこれからも遠慮なくこうして生意気を言います!あなた達の努力はお金じゃ計れないから尊く輝いて見えて、夢を誰かに与えているはずだから!」


もう…伝えたい事が纏まらない!
感情が高ぶって込み上げる涙がじわりと視界を滲ませる。そんな私を唖然と見るルイスさんや選手のみんなに頭を下げ、失礼します!、とアンディーさんを追うためにロッカールームを走り出た。
やめた!いい加減もうやめる!
選手たちと仲良くしたいとか、仲間として受け入れてほしいとかそんな風に周りの顔色を伺った仕事はもうしない。元よりそんなの私らしくない。

ズンズンと歩きながらグィッと涙を拭ってアンディーさんを探しても見つからず、外に出て車を確認するももうアンディーさんの車はなかった。ならば、とオフィスに足を向けた私はカイルさんの部屋に直行してノックのち返事を待たずにドアを開けた。


「失礼します」
「アンディーの悪いところが移ったか」


デスクから顔を上げたルイスさんは呆れ顔で、ちょいちょい、とソファーを指差し私が座るのを眺めながらタバコに火を点けた。
タバコ…吸うんだ…。今まで一緒に仕事してきて初めて知った…。

そんな私の視線の意に気付いたのかルイスさんは白い煙を吹かしながら、選手の前では吸わん、と言って立ち上がる。


「アンディーから連絡があったぞ」
「!…私もそのことで話しがあって来ました」
「先に話してみろ」
「私をアンディーさんから外さないでください」
「………」


言葉が返らないのは続きを話せという意だと勝手に汲み取り続ける。


「アンディーさんを怒らせました。最後まで"責任"を取らせてください」
「…アンディーがお前を外せと言っていてもか?」
「はい」
「選手に深入りすると辛くなるのは自分だぞ」 「構いません。それが私の役目だと思ってます」 


やっぱり外せってカイルさんに連絡が…。
ギュッと唇を噛み締め眉を寄せる私にカイルさんも眉間に皺を寄せテーブルを挟んでソファーに座る。
カイルさんの大きな手が膝の上で合さり握り締められるのを見据え答えを待つ私の心が決して平常であるわけじゃない。けど、今はカイルさんに固い意思を示さなきゃ。


「…日本で言う精神論は詭弁だ」
「………」
「努力は必ず身を結ぶわけではない。汗を掻き倒れそうになるほど練習しても結果は万人についてくるわけではない。この世界は時に残酷に才能の有無で人に価値を求め、そしてふるいにかける。俺たちの仕事にしても同じだ。選手が求めるものは綺麗事じゃなく、分かりやすく自分のためになるか、ならないかだけだ」
「はい」
「……もっと泣き喚いたりするもんだと思ったが、存外使えそうだな」
「!」


そう言ったカイルさんは立ち上がりスマホを操作した。それを眺めていれば私のポケットから通知音が鳴ってハッと手に取ればカイルさんからのメール。


「アンディーならそこだ」
「え…」


そこ…?あ、メールに地図が添付されてる。ここ?ここにって…バーとか?


「どう責任を取るか、見せてみろ」
「は、はい!あの…!」
「なんだ?」
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」


立ち上がり頭を下げる。
私の意地だし、責任を取ればそれを理由に迷惑を掛けていいわけじゃない。現にアンディーさんから連絡があったわけだし…居たたまれない。


「謝ってる暇があるなら早く行け」
「はい」


スマホを操作しているカイルさんが私を見ることはなかったけど、そこに私に任せるという意思を感じて勝手に頼もしくなり足取りが軽くなる。歩きながらスマホに送られたメールから添付ファイルを開きデスクで支度をしていざアンディーさんのところへ。
外へ出てタクシーを捕まえるために通りで手を上げながら開いた地図を見て目を見張り目が離せなくなった。


「お疲れ様です。アンディーさん」
「!っ…カイルから聞いたのか?」
「はい」


都心部から離れた郊外には目立つ高いグリーンネットの施設。寂れた外見と受付のおじさんのやる気のなさが人のなかなか来ない場所だと教えてる。

私の声に振り返り目を細めたアンディーさんだったけど、すぐに手に持つバットを構えて背を向けた。バスッと思い切りの良いボールを投げてくる機械音を綺麗に打ち返したアンディーさんの背中を見つめる。

カイルさんが地図で教えてくれたこの場所はバッティングセンターだった。
夜になれば寝静まる住宅街の中にあるだけにナイターを点けていると遠目には煌々と輝いて見えた。それこそ隣のラブホテルなんかよりも。

バット…懐かしいな。全然握ってないから握り方覚えてるかな?
よくこうやって見てたな…倉持や御幸、ゾノとか春市とか…1年生が青心寮の門前で素振りしているから差し入れにおにぎりを持っていって眺めていたりした。


「アンディーさん、私日本で高校野球部のマネージャーをしていたんです」


アンディーさんから返事はない。集中しているのか私のことを煩わしく思っているかは分からないけど、きっと後者。
それでも喋っちゃうもんね。カツン!と打たれ勢いよく飛んだボールがライトの眩しさに消えたように見える。


「青道高校っていうんです。東京の強豪校で、みんな野球をするためだけに実家を出て寮で暮らすんですよ。凄いですよね」


ブンッ!と次のボールが投げ込まれる間にアンディーさんが素振りをする。


「みんなとにかく格好良くて。みんながみんな試合に出られるわけじゃないから辛い想いをたくさんした人もいるけど、チームが一丸となってそれぞれが出来る事で貢献して強くなって私たちは日本でただ1つ、夏に行われる大会で1度も負けなかったチームになりました。とても、楽しかったです」


私は選手ではなかったけれど、誇らしい記憶。
フッと顔が緩み思い出を追うようにぼんやりとしているとアンディーさんが入っているボックスに投げ込まれた球がバスンッとネットに突っ込んできて、後ろに立つ私はビクッと身体が跳ねてしまう。
さっきまでアンディーさんが外すことはなかったのに……。え…え!?


「ア、アンディーさん!?」 


大丈夫ですか!?
怪我!?ぶつかったの!?

バッターボックスに蹲るようにして座るアンディーさんの姿に血の気が引いたのも束の間、すぐに私も中に入って様子を伺う。アンディーさん?と呼びかけても腕に顔を埋めてしまってまったく反応がない。そっ、と腕に触れてもう1度呼びかけてみる。どうしよう…!



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