き、緊張する…!23年間の人生の中で間違いなく1番緊張してる。

ふぅーと自分を落ち着かせるために細く長く息をついてみてもフルフルと小刻みな身体の震えが収まるわけもなくて、心臓の高鳴りのせいで視界がグラグラと揺れる。
遅いな、と腕時計に目をやったのは今日から直属の上司になったカイルさんで眼光鋭い広報部署のボス。声も低いし見られるだけで縮こまる私も悪いんだけど舌打ちしなくたっていいのに!

大学卒業後すぐに来てほしいと内定していたこの大人気MLB球団の広報部署。かねてから人手不足を嘆き、即戦力を探してるとのことで引き込んでくれた方の熱弁もあり今日私はここに立っているものの、まさかその初日にカイルさんに部屋に呼ばれ今から来る選手と組めだなんて無茶ぶりが過ぎない!?右も左もどころか上も下も分からないと言っても過言じゃない私の手にはカイルさんが、緊張するな、と投げて寄越したブラックコーヒー缶がもう温くなって握られてる。

この球団のアンディーさんといえば球団名と一緒に名前が挙がる人気選手の1人。明るくファンも多いムードメーカーの彼にカイルさんと一緒に就くことになったのだけれど……一体どんな人だろう?

ジッと缶コーヒーのプルトップを眺めて眉間に皺。いけないいけない…第一印象が大事…。


「おーっす!!お疲れー!!」


第一印象、軽っ!!

バターンッと扉をノックもしないで開けて騒々しくお花畑にでもいるんですかって言いたくなっちゃうぐらいの軽い足取りで入ってきたのがチーム人気投票No.1を獲得したことがあるアンディーさん!?

唖然とする先でカイルさんは慣れたものなのか平然と、静かに入れ、と溜息混じりに言いながらアンディーさんに私に向かって顎で指して見せる。


「前話してあっただろ。新人の陽菜だ」
「おー。…おー?」
「は、初めまして!!」


すっごい…!やっぱりMLBの選手ともなると身体も大きいし近付かれると迫力にちょっとだけ後退りしちゃう。
値踏みするように顎に手を当て目を細めるアンディーさんは、んー?、と至近距離で私を見てからニカッと笑い私の頭に大きな手を乗せて言い放った言葉を私はきっと一生忘れないだろう。


「カイルの姪っ子?職場見学ってやつか!偉いなー!!」
「はあ!?」


有り得ない有り得ない!本当に有り得ない!!
ダンダンッと廊下を踏み鳴らし歩く私に、元気だな新人!、と声を掛けて頂いてありがとうございます!

バンッと私のデスクだという場所にカイルさんから貰ったアンディーさんのスケジュールと取材日程と球団の規約等を纏めた書類を置いて俯き深呼吸。
日本人がこっちの人より幼く見えるのはしょうがないと思う。けど、姪っ子!?叫んだ私に呆れたように目を伏せたカイルさんが、姪は15歳だ、なんて余計な情報を教えてくれて私はまたアンディーさんに向かって叫んだ。


「中学生……!」


確かにこっちの15歳は発育も良いしメイクも大人っぽいよね。けど…15歳はなくない?私、今年で23歳なのに…!

椅子に座り、はあぁ、と溜息と共にデスクに伏せながら今さっきアンディーさんと一緒に撮った写真が送られたメールを開く。
…確かに拭えない親戚の集まり感。これじゃカイルさんがお父さんでアンディーさんが親戚のお兄ちゃん…。アンディーさんは取り分け距離感が近くて肩に腕を回されて緊張しちゃう慣れてない感もきっと子供っぽく見える要因の1つかな。よし…平常心、平常心。

ふうー、と息をついて心を整え鞄を膝に乗せて中を見る。中に入っている御幸から貰ったバッティンググローブは目的を見失いそうになったり迷子になりそうになったり、昔を振り返り泣きそうになったりする時に眺めてる。
プロ野球選手になってもう今年で5年目。バッテに書いてくれた記名なんかじゃなくて、立派なサインがあるんだろうなぁ…。

…よし。いつか貰おっと!
そして今日は御幸や倉持たちに再び会うための道筋の第一歩!頑張る!!

カイルさんに貰った缶コーヒーのプルトップを開けてひと飲みしてから書類の数々を読み込んでいく。
球団の広報。まだ私にとってどんな仕事になっていくのか分からないけど特別で生き甲斐になる仕事にできれば…いいな。


「アンディーさん、困ります!」
「そんな怒るなよ。可愛いベビーフェイスが台無しだぞー」


それって暗に私が童顔だって言ってますよね!?

ギュッと両手を握り締める試合後ロッカールームのアンディーさん前。へらりと笑ったアンディーさんにムッと口を噤めば隣で聞いていたらしい選手がブハッ!と噴き出し笑う。…内野手のロイさんだ。


「アンディーに就いてる、あー…と?」
「三森陽菜です」
「陽菜な。試合後にギャンギャン叫ばれるとキツいからまたにしてくれよ」
「っ……すみません」
「お疲れー」


笑って、お疲れー、とヒラヒラ手を振られるけど目が笑ってないし不機嫌がありありと感じ取れる。今日、うちのチームは8回から逆転を許し最終回で同点に持ち込んだもののやはり点を取られて惜敗。かねてからの最重要憂慮である投手陣の戦力強化が今後の課題として浮き彫りになった試合だった。点を取っても勝利に繋がらない…。私とそれをあしらうアンディーさんやロイさん以外の声は聞こえないロッカールームには苛立ちや不満などの負のオーラが漂ってるの、私にも分かる。

でも…!
帰り支度をするアンディーさんの横で口を開いて閉じての繰り返し。よそ者感、疎外感、仲間とはほど遠い冷たい眼差し。ギュッと唇を噛む。


「気にするなよ」
「!」
「良くも悪くも個の強いチームなんだ。そういうものだって受け入れてくれ」
「ルイスさん…」


やだ…声が震える。
ポンと肩を叩かれてチーム最年長者であり正捕手のルイスさんから声色は優しいけれど私には何も望んでいないとばかりな言葉を聞いて心がどんどん萎んでいく。へらりと馬鹿にしたように笑う選手たちからの嘲笑も手伝ってじわりと浮かぶ涙が視界を揺らす。

甘かった。ぼんやりと広報はマネージャーのようなものだって勝手に思っちゃってた。青道で選手のみんなとつねに同じ視点ではいられないけどサポートしながら同じ目標に向かって添えていると感じられていたけれど、全然違う。
むしろ邪険にするような…そんな警戒心さえ感じるのは、なんでだろう?私は、間違ったことは言ってないのに。

グッと手をもう1度強く握り締めてアンディーさんを見つめる。と、同時に涙がポロと落ちて慌てて拭う私を見たアンディーさんは目を丸くする。


「駄目です!今日は真っ直ぐ自宅に帰ってください」


連日飲みに歩いているというのは彼のSNSやファンからの情報を追えば分かる。健康状態も心配だし、明るく毎日楽しそうなアンディーさんだけどそんな生活をしていて最大出力を試合に出せるとは思わない。
キッと、ベビーフェイスだと馬鹿にされるけれどアンディーさんを見据え精一杯訴える。頭の中に浮かぶのは青道で練習でヘトヘトになりながらも洗濯機を回し、その場で眠ってしまうみんなのこと。確かに国は違うけど私の中の大事なことは絶対に変えたりしない。私が誇れる経験に嘘をついたりしない。


「……分かったよ」
「!」
「じゃあ陽菜も一緒に行くぞ!」
「……はい?」


分かってなーい!!全然まったく1ミリも伝わってない!!

唖然とする私を置いて、わははは!!とロッカールームは笑いに包まれる。子供相手にやめてやれよ、と言う声に触発された私はその声の主を睨みアンディーさんに向かって一歩踏み出す。


「いいですよ。お付き合いします」


引いてやるもんか。アンディーさんが出来るもんかとばかりに言うそれに真正面から立ち向かった私が意外だったらしく目を丸くするアンディーさんと同じくしてロッカールーム内は驚きのざわめきが広がる。
もし。もしアンディーさんにとってそれが必要なら私の目で見てみないことには多分、アンディーさんは私と同じ目線で話してはくれない。

カイルさんに許可を取ってきます、と背中を向ける私に誰かが、ぴゅう!と高い口笛を鳴らした。



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