何気なく点けていた夕方のニュースで特集されていたのは高校の体育祭の特色を3校ほどピックアップしてそれに至るまでの実行委員や生徒会役員の苦労や人間模様を切り取ったもので、懐かしいなぁ、と感慨深く言う声に俺はハッとして顔を上げた。

ね?とにこりと笑われ、そうだな、と頷く。頭の中ではすでに記憶が古い写真のフィルムのように流れ出していて切り替えるために無理やり笑わせた口元が上手く笑えたかは微妙だ。


「洋一の高校はどうだった?体育祭」
「んな目立った特色もねーな」
「あぁ、この高校みたいに女装して走るとか?」
「ないない。お前のとこは?」
「どうかな。部対抗のリレーが1番盛り上がったかも!」


そう言って俺が座るソファーの前のテーブルに、はいどうぞ、とさっきからしていた美味そうな匂いの正体である夕飯のプレートを置いてくれた彼女に、サンキュー、と礼を言えば、いえいえ、と自分も同じものを手に俺の横に座った。


「洋一は足が速いから、体育祭とかで活躍したんじゃない?」
「それがよ、野球部っつーアドバンテージがあるからっつって無理やり障害物競争に振られたんだよな」
「あはは!あるある!うちもサッカー部とか陸上部とか強い部活は、反則だろー!なんて言って大ブーイングだったよ」
「ま、陸上部に圧勝してやったけどな」
「さすがだね」
「ヒャハハッ!そしたらアイツらすげェ顔でこっち見てきやがったからドヤ顔してやったぜ!」
「えぇ…性格悪い!で、何を借りたの?」


いただきます、と手を合わせた時にそう聞かれ心の中がぎくりと固まるのを感じる。野菜が豊富でバランスの取れた鶏の照り焼きが美味そうなプレートを前に舌打ちをしてェ気分だ。俺はいつまで引きずってんだよ。あの日あの時あの瞬間に俺は過去とケリをつけて前に進んだつもりだっつーのに。そうして返す言葉を頭の中で探す俺が口を開く前に、テレビのニュースはスポーツコーナーに切り替わり、あ!と彼女が声を上げた。テレビの画面にゃイケ好かねェあの野郎がシーズン中に登板した映像と共にテロップが打たれる。

『祝!成宮鳴選手、婚約発表!』


「洋一、知ってる?成宮選手が結婚する相手!」
「!……」
「一般の女性だってニュースではやってるけど」


待ってね、と続けながらテーブルの端に置いてあった自分のスマホを手に取り慣れた手付きで操作し、ほら、と俺に寄ってその画面を見せる。見慣れたSNSの画面には何枚かの写真がスクロール出来るようになっていてコメントには"鳴くんおめでとう!"とあの野郎がよくファンに呼ばれる呼び名で祝いのメッセージが書かれている。
結婚?アイツが?俺はアイツに泣かされた女を見たことがあるぜ。そりゃもうドラマかなんかかとツッコミたくなるぐれェの悲惨な泣き方で、俺としちゃ関わりたくもなかったが泣き崩れた場所が球場前だってんだから遭遇しちまって見て見ぬふりも出来ずタクシーに乗せるとこまでは付き合ってやった。死ねだの呪われろだの、よくも女にあそこまで言わせやがる。およそまともな付き合い方はしちゃいなかっただろうあの野郎が、結婚?笑わせんな臍で茶が沸く。しかもその相手が、


「ほらこれ!結構美人!指輪も素敵だよね。成宮選手が選んだのかな?」


陽菜だ。
悪夢でも見てるような心地になる俺が間違ってんのか?写真は加工されず、全身がハッキリとは見えねェものの知ってる奴が見れば陽菜だとは確認できる。
正式発表だとチームメイトも一時成宮が所属するチームの公式SNSを見て騒いでたこともあったな…。あのバカ、成宮だけはやめろっつったろうが。何が心配いらねェんだよ。ふざけんな。

心の中で自分勝手な科白がポロポロと零れては音にならず自嘲へと変わる。今更俺がどう言おうと関係のねェ話しだってのは分かってんだよ。陽菜が幸せになれるわけがねェ、と決めつけてみっともなく記憶の中の陽菜がいつまでも原型を保ったままの陽菜であってほしいってのも身勝手で酷薄な願いだっつーのも、分かってる。
俺は側にいる婚約を交わしたちゃんと彼女を想ってるし、それに関しちゃ迷いはねェ。だがどうにもすべてを割り切るには8年のアイツとの空白が今、写真越しに見る陽菜の優しい笑顔と比べて冷たく横たわりすぎてて上手く整理が出来ねェんだ。


「…いち?洋一!」
「!…わり。…ヒャハハッ!成宮の野郎が結婚とか現実味が沸かねェ!」
「そうかな?こういう人が意外と愛情深いのって、少女漫画じゃテッパンだよ」 


洋一みたいに!と付け加えて、ね?とにこり笑う彼女に眉が下がり、ふぅ、と息をつく。
亮さんが、アイツ上手くやったじゃん、そう言って自分はすべて知っていたのだと告白されたのはプロ野球の世界で亮さんがスカウトという職に就いて再会した時だった。陽菜を卒業が近づいた頃に食事に誘い、その時に聞いた外国へと引っ越さなければならないこと。卒業までは日本にいられねェこと。陽菜が別れを悲しんでいたこと。見当違いにも、なぜ言ってくれなかったのか、とあろうことか亮さんを責めるようなことを言っちまう俺に亮さんが言った。俺がそんな風にナイーブだからだ、と。


「アイツも呼んだから。OB会」
「アイツ…?…え、陽菜ッスか?」
「そう」


数日後、久し振りに亮さんを飯に誘わせてもらえば運良く予定が合いその席で亮さんが機嫌良さそうにそう言いギョッとする。マジか。
カウンター席に座る天ぷらが主な和食店。落ち着き静かな店内では大声を出すには相応しくなく控え目に言ったはずでも俺の声は目立つ。


「お前は?式とかいつになんの?」
「え、あー…まだ日取りまでは。ただシーズン前にするかどうかは微妙ッスね」
「だろうね。御幸も同じようなことを言ってたよ。ただ向こうに渡る前に籍は入れてくってさ」
「なんの因果か結婚する時期がアイツ被るなんて癪ッスよ‥」
「それなら陽菜もじゃん」
「!」
「……ま、よくあることだろ。俺の周りでも誰かが結婚すると考えるきっかけになるのか結婚ラッシュになった時期あったよ」
「あの、亮さんは…」
「は?嫌味?」
「いて!!」
「別れたって言ったこと忘れたならもう一発いっとく?思い出すんじゃない?」
「いや違…!えっと…直接アイツと話したんすか?」
「陽菜と?」
「はい」


OB会に誘ったってんだから答えは決まってんのに確かめるような聞き方に亮さんが、ふうん、と声を低くする。やべ…沈黙が重てェ。
折りよく前に揚がりたての天ぷらが置かれ、いただきます、と手を合わせる俺の視界で亮さんも同じようにしていて、そんな俺達の前では料理人が箸を片手ににこやかに笑って小さくお辞儀をした。


「同じだよ」
「え?」


サクッと良い音を立てる鱚の天ぷらの口に広がる旨味を感じていれば亮さんがぽつりとそう言って言葉を追った俺に顔を向けず続けた。


「お前が何に悩んでんのかは知らないけど、その悩みも周りの結婚に色んなことを考える現象と同じってこと」
「亮さん…」
「お前の場合はマリッジブルーだけど」


生意気、とまた俺の頭の上にチョップを落とす亮さんも天ぷらを食って、美味い、と笑う。


「言っとくけど、結婚はゴールじゃなくてスタートだからな」
「え、亮さん誰からの受け売りっすか?」
「どういう意味?」
「や!!なんでも!!」
「さっきからお前の一言余計なとこ、沢村の影響じゃない?」
「勘弁してくださいよ!何が悲しくて後輩に影響されなきゃなんないんすか…」


パッと頭に浮かんだ馬鹿な後輩の顔を振り切るように頭を振れば亮さんが、アイツも結婚したりして、とくすりと笑って言う。…バカ村が?


「…アイツ、変なとこで男前ですからね。気が付いたら結婚してるなんてありそうっすね」
「確かに。ま、聞いた限りじゃ今彼女はいないみたいだけど」
「あー…知ってます。ランニングしまくっててデートの約束すっぽかして自分のじいちゃんばりのビンタと共に別れを突きつけられたって泣きつかれて飲みに行きましたから」
「なにそれ。すごい面白そう」
「いやもう、馬鹿すぎて疲れますって」
「でも構ってやるんじゃん。損な性分だよね、お前」


昔っから、と目を伏せて茶を飲む亮さんに苦笑いだ。俺も十分に自分の性分は理解してるだけにこの人みたいにブレない背中を見るたびに憧れを強くしたし尊敬も増した。大学までで野球を辞め、野球をやっていた立場から選手を見れる亮さんのスカウトはこの業界でも名うてで知らない奴はきっといない。俺の人生において青道野球部で過ごした3年間が今この現時点に繋がっていることを、こうして憧れの先輩と飯を食えている今も含め誇りに思う。
そうだ。失ったものばっかじゃねェ。俺の手にはちゃんとあれから自分自身の手で掴んできたものがちゃんとある。
だから振り返るな。気にすんな。俺は俺だ。そう、何度も言い聞かせてんのが腹が立ってしょうがねェ。


「陽菜とはまだ直接話してない」
「!…え、でも、」
「御幸が繋がってるっていうから送らせた。OB会来いって」
「御幸が?…あぁ、あの時に。どうせならグループに招待すりゃ…」
「OBのグループに招待するかって聞いたらしいけど、直接みんなに会うまでは嫌だって断られたってさ」
「あぁ…ヒャハハッ!アイツらしいっすね!」
「だね。"あの時"って、日本シリーズの最終日?」
「あ、はい。陽菜がこっちに来てた日です」
「成宮からお前に電話があったって?」
「…はい」
「ふうん。アイツ、そんなことできたんだ」
「………」
「ピッチングと違って私生活が不安定な奴だったけど、これで少しは落ち着くかな」
「陽菜は落ち着かねェんじゃないんすかね」
「そうだとしてもそれは陽菜が選んだこと」
「!…ッスね」
「それに元々落ち着いた奴じゃなかったし、めちゃくちゃ喧嘩してんじゃない?あっちで」
「強いですからね!陽菜は」 


色々思い出すと笑ける!だから、ヒャハッ!と笑う俺が茶を飲む横で、そうかな?と言う亮さんに目が丸くなる。


「え、どういう…?」


陽菜が生意気で強いなんてのは野球部共通の認識だと思ってただけに言葉に詰まり眉根がだんだん寄ってくる。
料理人が置いた2個目の天ぷらに手を伸ばせずにいる俺に、食いなよ、と疑問には取り合わず自分は食べる亮さんは俺が食べ始めるのを待っていたかのように話しだした。


「倉持に陽菜がそう見えたから陽菜は今お前と一緒にいないんだよ」


その言葉は多分、あの時に陽菜の秘密に気付いてやれなかった過去の俺のことも指していて心臓を直接突かれたような痛みで何も言えない俺に、ふぅ、と息をついて亮さんがさらに続けた。


「だからお前は何も気にせず結婚して、2人で幸せになればいいんだ」



[*prev] [next#]
[TOP]
[しおりを挟む]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -