「お久し振りです成宮さん!」
「はい。今日はよろしくお願いします」


あ、顔見知りなんだ…?
意外にも成宮くんはちゃんと予定を把握してくれていて、試合終了後なんて私より先んじて、行くよ、とタクシーに乗った取材場所にて後ろに控える私は親しげに握手をする成宮くんと女性記者2人を目を丸くして見つめる。そんなこともあるかな、日本の方だし。

と、途中まで思ってたけどこれは多分…。


「今も女性に大人気の成宮くんですが」


"くん"って。今、くんって言いました?お仕事でいらしてますよね?こちらもトレーニング時間の合間を縫って来てますけど…?

和気あいあいとした雰囲気の中、時折笑いも混じりとても雰囲気の良い取材ではあると思うけど女性記者が向ける目線がとてもじゃないけど仕事に向けるものじゃなくて眉根が勝手に寄ってしまう。おっと…カメラマンが気付かわしげにこっちを見てる。すみません、顔に出ちゃって私こそしっかりしなきゃ。にこりと、こんな感じ?

多分、としか言い様がないけど。仕事だけじゃない関係が過去に2人にあったかな。


「いやーそれほどでも」
「こちらでもやはりモテます?」


それ仕事で使う言葉で合ってます!?こっちでの生活が長い私でも取材で使われる言葉として疑問なんですが!!せめて"引く手数多"とかありますよね!?あぁ、いけない。笑顔…笑顔と。

軽い言葉を使われるたびに笑顔が引き攣ってしまう。成宮くんはこんな世間話をするために時間を割いてるわけじゃないんだけど…!貴重な時間を使ってるのに!
苛々としてしまう私の前では成宮くんが笑って答えてる。その限りは彼の邪魔をするわけにはいかないけど。

ギュッと拳を握り修行僧のような気持ちで見守る取材は写真撮影をして終了。女性記者は成宮くんに手を振ってからにこやかに笑い私に向き直った。


「広報の三森さんですね?このたびはありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
「日本のファンにも良い記事が届けられそうです。次回もぜひよろしくお願いします」
「いえ、次回はあなたの取材はお断りします」
「「!」」


差し出された手を握り返さず真っ直ぐ彼女を見据える私が言い捨てた言葉にその場で成宮くんと女性記者が驚き私を見る。あ、カメラマンさんは何か悟ったように首を横に振ってる。


「成宮をあなたのように失礼な方に付き合わせるわけにはいきません。こちらも貴重な時間を割いているんです。私情を交えまるで昔話をするようなあなたの取材は受けられません。貴社にはこちらから正式にお断りをさせて頂きます」
「な…!うちは日本でも人気の野球雑誌ですよ!?そんなことを言ってもいいんですか!?」
「それがどうしたんですか?ここはアメリカです。成宮はもう日本のプロ野球選手じゃありません。この国で受け入れられるメジャーリーガーです。あなたに痛手であっても成宮には何一つ痛手でありません」


まぁそれが成宮くんのプライベートではどうかは私にはそこまでは分からないけれど。

淡々と、けれど溜め込んだ怒りを語る私を前にカァッと真っ赤になる女性記者は形だけお辞儀をして部屋を出ていき、申し訳ありません、と苦笑するカメラマンもあとについていった。

シン…とする室内で私は成宮くんと顔を見合わせてどちらからともなくプッと吹き出し笑う。スッキリしたよ、と肩を竦める成宮くんいわく日本にいた頃からあからさまな好意を向ける人だったらしい。


「さて。カイルに怒られに行かなきゃ」
「そんなんばっかやってると、敵ばっか作るよ」
「うん?んー…そうなんだよね。私の悪いところ」
「へぇ…自覚あるんだ?」
「三つ子の魂百までっていうでしょ?変えようとしてもなかなか変えられなくて」


でも、と続けながらカイルに今あったことを報告するメールを打つ。


「譲れないものを守るためには嫌われてもいいよ」


えっと、1つ取材先失いました…と。
さて送信、としようとした手をいつの間にか目の前にいた成宮くんに掴まれハッと顔を上げる。


「譲れないものって、俺のこと?」
「!……うん」
「この傷も俺のため?」
「うん」
「あー…勘違いしそうなんだけど!」


いきなり怒った!!この人の怒りのボルテージがまだ全然分かんない!!
私のほっぺたに当てていた手で絆創膏の上からほっぺた摘まれて、いたたたた!!傷!そこに傷あるー!

痛みでじわりと涙が浮かぶ私に、ふぅ、と呆れる成宮くんが、んー…、と言おうか言わまいか逡巡するように目線をあちこちに流す。その目線が戻ってきた時、真剣な眼差しに成宮くんから目が離せなくなったこの人はきっとそういう魅力がある。心臓が跳ね上がって、息が上がりそうになるから奥歯を噛み締めて無理やり呼吸を押し込める。


「陽菜が大事にしたいものがあんなら、邪魔しない」
「!」
「けどいくら強くても傷つけられて痛くないわけじゃねェでしょ?」
「まぁ…」
「だから傷つけられて当たり前みたいな顔すんな。俺を理由に自分を二の次にすんのは許さねェかんな」
「そんなつもりじゃなかったんだけど…あ、だから今日怒ってたの?」
「別にそのためだけじゃねェけど!自分を大事に出来ない人がどうやって俺を守ってくれんのかなーって思っただけ!」
「そっか…なるほど。なんか、目からウロコ」
「!……陽菜は肝心なとこが見えてない」
「そのぐらい成宮くんが手の掛か…じゃなくて。成宮くんに一生懸命なんだよ」
「ふうん…陽菜、言っとくけどさ」
「ん?…あ、ちょっと私のスマホ!」


まだカイルに送信してないのに、私の手から勝手にスマホを取り作成中のメール画面を見つめた成宮くんはニッと笑いその作成中のメールをまたもや勝手に消去。


「俺は野球選手ってだけじゃない、ちゃんと男だってこと覚えておいた方がいいよ?」


そう言う成宮くんを前にして目をぱちくりさせる私に彼は眉を下げ、ハハッ、と笑い、帰ろ!と私にスマホを返した。報告不要!って…まったく勝手なんだから。
けれど…悪い気はしない。
どこか機嫌良さそうな成宮くんの背中を見ながらジッとスマホを見たけれど一先ず鞄にしまい背中を追うことにした。ありがとう、成宮くん。別に見返りは期待してなかったけど私のことを気にかけてくれるのはやっぱり嬉しい。


「で?」


報告不要なんて無理!目の前の上司はタバコをふかして私の応答を眉間に皺寄せてお待ちの様子。さながら軍隊の訓練のごとく、姿勢を正し後ろに手を組んで背中にたらりと掻いた汗が流れるのを感じながら意を決して口を開く。


「今後の取材をお断りしました」
「らしいな」
「!え…ご存知で?」
「成宮から連絡がきた。自分が拒絶したのだと」
「それは、」
「"そういうこと"にしておいてやる」
「ありがとうございます」 
「今回ばかりは成宮に感謝するんだな」
「はい」


それからカイルには頬に貼った絆創膏を指さされほどほどにしないとその内後ろから刺されるぞなんて冗談にもならない警告を厳しめにされ、今回の出来事はどれも自分の中で反省。

どうにも考えるより先に身体が動いちゃうのは昔っからの悪い癖。


「はあぁ…」
「反省中?」
「わ…!」


大きな溜息と共にデスクへと身体を伏せていれば、コツン、と頭に何かが乗せられて頭を上げるより先に手を伸ばせば…あ、カフェオレ。


「成宮くん」


彼ほどオフィスに顔を出す選手はいないんじゃないかな。くれるの?と問いかける私に、いらない?とニッと笑う成宮くんの手にはいつも私が飲んでるブラックの缶コーヒー。そっちがいいけど…。


「いる。ありがとう」 
「ん」


中嶋さんに前、貰って飲んだ時頭がすっきりしたのを思い出す。やっぱり糖分って定期的に必要なんだなぁ…。
プルトップを開けて飲む私を見てから成宮くんもいつもの椅子に座りコーヒーを飲む。


「デート?」
「ん?」
「前に社員と食事の約束してたでしょ?」
「はあ?陽菜を迎えに来たんだけど!」
「……はい?」
「飯!行くよ!って言ったじゃん!!」
「え、いつ?」


やっばい全然覚えてない。ぽかんとする私に、マジかコイツ、とばかりに同じように目を丸くする成宮くんが眉間に皺を寄せてスッと息を吸い込む。あ、くる。


「信じらんねー!!ハイハイって、生返事!俺が誘ったのに!?」


悲しいことに彼が爆発する瞬間が分かるようになりました。

ガァッと怒る成宮くんを前にキーンとする耳を抑えながら、えぇ?と記憶を探ってみる。今日?今日だとしたら会ったのは試合の前だけだし、その時?…あ、時間ある?って聞かれたかも。カイルに呼ばれてるって返して、じゃあ行くよ!って…。


「えぇ…あれじゃ分からないよ」
「なんだと思ったわけ!?」
「試合に行くからもういい?って聞いてるのかと」
「うっわ!男に誘われなさすぎて察することもできねーの!?」
「うるさいなぁ」
「今、うるさいって言った!?」
「私はまだ仕事があるので可愛い子でも誘っていってらっしゃーい」 
「っ……ムッカつく!!絶対行くからな!!早く仕事終わらせて!!」
「はあ!?」 


成宮鳴。俺様でワガママ、頑固だし負けず嫌いで唯我独尊。けど、大事なことをちゃんと知っている実は人間味の深い同い年のうちのチームの貴重な先発ローテ入り投手。
彼と惹かれ合い結婚する未来はこの時の私は当然思いもしないわけだったけれど、仕事を通して彼を知り尊敬するここから私たちが始まったのには違いない。



彼と私のスタートライン
「鳴?どうかした?」
「…んー?ちゃんと治って良かったなって」
「え?…あぁ、ほっぺたの?」
「そ。あれ見た時血の気が引いた」
「そうだった?すごい怒ってたのは記憶にあるんだけど」 
「もうあんな目に合わせねーし、いいけどね」
「ん…ありがとう」 
「でさ、ビンタした子の顔覚えてる?」
「全然良くなさそうなんだけど」

ー了ー
2020/10/13

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