「へぇーそんなことがあったんだ?」


で?とにこり俺に向かって笑うかつての青道野球部での先輩は今や球界で名うてのスカウトマンである亮さんだ。
頬杖をついてニコニコしてっけどこれは違うんだよ。笑顔なんかじゃねェ。それをよく知ってる奴がこの場にもう1人。それほど敷居が高いわけじゃないが料理は美味く個室も広いこの店を手配したのはこの人のさすがなんだが、青道OB会とは名ばかりで其の実、先日起きた"あのこと"へのお叱りと事情聴取のために今日があるとさえ思わせる圧迫感。サァッと血の気が引くのを感じる俺とはプロ野球選手8年目になる御幸一也で隣に座りすでに一発くらってる今シーズン初のトリプルスリーを達成した同じくプロ野球選手の倉持洋一だ。

なんとかしろよ!の意を込めた視線も倉持は先日のヒーローインタビューでのプロポーズに関してこの場から少し離れる先輩方からからかわれたばかりでそんな意気も残っちゃいねェだろうな…自業自得とはいえ、気の毒に。


「ん?聞こえなくなった?」
「いててててっ!!」
「それとも先輩の話を無視できるほど偉くなったんだ?御幸は」
「もげます!もげますって!!」
「このぐらいでもげてたら今頃沢村の両耳ないよ」
「沢村をお呼びで!?」
「うるせェ馬鹿!!」
「馬鹿とはなんですか馬鹿とは!!今期最多勝の投手に向かって!!」


あーそうだったな、ムカつくことに。
にゅ!とどこからともなく現れたお前、さっきまで純さんたちと騒いでたんじゃねェのかよ。

はぁ、と溜息をつく俺の耳…ついてる、よな?あ、ある。あー良かった。


「あ!そういえば聞きやしたよ!!陽菜先輩に会ったんでしょ!?」
「うわ…誰に聞いた?」
「春市」
「ちなみに春市は俺から聞いた」
「でしょうね…」


で、亮さんは倉持から聞いたんだろう。
あの馬鹿。撒くだけ撒いてまた回収せずに行きやがった。しかも恨みがましく俺がそう言えば、頼りにしてるよ、とでも言いそうだよなアイツは。はぁ、と重たい溜息をつくも、で!?とこっちの馬鹿はそんな俺の憂鬱さの欠片も察せずにキラキラした目で詳細を促してきやがる。


「写真とか撮ったんスよね!?」
「あ、それ俺も聞きたかった。撮った?」


陽菜の、とかつての野球部マネージャーのうちの1人の名を挙げる亮さんが取り分け陽菜を可愛がってたのは知ってる。と言っても恋愛とかそんなんじゃなく、倉持と小湊の二遊間とセットみたいなもんだったと思うが。

期待に目をキラキラさせる沢村もプロに入ってそこそこの経験を積んだ大人だっつーのに、高校の時から全く変わった気がしねェのはなんでだ?
……あぁ、そうか。
陽菜のことを青道の連中と話すのが、それ以来だからか。
見てみろよ陽菜。
お前、ちゃんとこんなに記憶に残ってんぞ。青道OB会のメッセージアプリのグループに招待してもいいかと聞いたが、それはみんなに会えるまでは嫌、だと。
そんで寂しそうに笑いながら言ったんだ。
次に会えるのはきっと御幸の結婚式か…倉持の結婚式だね、と。

倉持をチラと見る。あーぁ、疲れちまって。ま、半分以上はお祝いだったんだ。だからこそ甘んじて受けていたんだろ。
陽菜とはどんな話をしたんだよ、と聞くには野暮すぎるか…。聞くに彼女からプロポーズを受けてもらったらしい倉持と陽菜はあの当時以上の関係にゃならなかったってことだ。

さて、どうしたもんかな。


「写真ならあるにはあるんですけど」
「マジすか!勿体つけないで見せてくだせェよ!!」


つーか俺もメッセージ送りてー!!と沢村が俺の隣に座り取り出したスマホを今か今かと覗き込んでくる。コイツ…さては知らねェな?先日のニュースを。あれだけデカく取り上げられてたっつーのに。まぁ時差があるからしょうがねェのか?

倉持は苦虫を噛み潰したような顔をして、チッと舌打ちをする。は?と亮さんにシュッと手刀を落とされて、いて!!と呻いたけど。


「これ」
「どれどれ……あれ?こ、こここれって!!」
「鳴」
「成宮さん!?なんで!?なんで俺の陽菜先輩と!?」
「こらこら。誰がお前のだよ」
「陽菜先輩は青道のマネさんでしょーが!!すなわちウチの!!つまり俺のマネさんでもある!!」
「「違うだろ馬鹿!!」」
「ぬあ!!2人で言うなー!!」
「沢村てめェ…さっきからタメ口ばっかきいてやがるが覚悟はできてんだろうなぁー?あ?コラ」
「いやいや!!それよりもこれ!!」


お、上手く逃げたな。
ビシッと沢村が俺のスマホ画面を指差しそれを亮さんが訝しげに覗き、ふうん、と声を低くする。


「成宮か。あのニュース、嘘じゃないんだ?」
「あ、知ってます?」
「なにそれ馬鹿にしてる?球界のことで知らないことなんてないぐらいのつもりで仕事してるけど」
「いやー…はっはっは、さすがですね」


目を細め笑えば亮さんは肩を竦めて俺の手からスマホを取りジッと写真を見つめる。
陽菜とやり取りをしてたってのに、視点からして明らかに鳴が撮っただろう2人の写真が送られてきた。多分、鳴が勝手に。鳴の専属広報なんつー驚きの役職についてるってのは聞いてたから仕事中に撮ったのかと思いきや、格好や背景が明らかにプライベートで部屋の中だってんだからそりゃ亮さんも顔を顰めるよな。
俺のせいじゃねェぞ、陽菜。俺を恨むな。恨むなら隣で写る俺様投手を恨め。


「え、ニュースってなんスか?」
「お前、本当に知らねェの?陽菜が鳴にプロポーズされたんだよ」
「はあ!?なんでそんなことに!?」
「しかも日本から戻ってきた空港の到着ロビーで薔薇の花束を渡してね」
「なんと!あの人どこぞの王子だったんスか!!」
「ブハッ!はっはっは!なんだよそれ」
「だって薔薇の花束とか普通やりやせんよ」


しかも空港で、と続ける沢村は自分のスマホを取り出しニュースをチェックしたらしい。これかー!とまた驚きの声を上げて、なんで俺の陽菜先輩が…、なんつーことをブツブツ言ってやがる。だからお前のってなんだよ、お前のって。


「沢村、まだ"あれ"持ってんの?」
「「あれ?」」


俺にスマホを返しながら言う亮さんの"あれ"というものに同時に反応した俺と倉持に、ふふーん!、とにんまりと自慢げな沢村の顔が相変わらずのウザささなら倉持の、うぜェ!と言いながらのバシッと1発頭を叩くのも相変わらずの速さだ。


「いてて…!倉持先輩、子供が生まれても同じことをしないでくだせーよ!?」
「え、なに?予定あんの?倉持」
「ねーよ!!つーかやるわけねェだろうが。お前みてーに馬鹿にはさせねェ」
「なんスかそれ!俺が馬鹿だとおっしゃる!?」
「自覚ないんだ…?」


お、当時の陽菜を語れる奴がもう1人。
お疲れ様です、と沢村にギャンギャン言われながらも完璧にスルーして亮さんの隣に座るのは同じくプロの世界で好打者として活躍する小湊春市。鳴とはメジャーに移籍するまで同じチームでプレイしていた小湊は、鳴さんのことですよね、と苦笑いを零した。


「本当、あの人がやることは計り知れないですよね」
「だな」


こりゃ同じチームにいた頃もそういうことに思い当たる節があったんだな、小湊。沢村との関わり方を見るにコイツの性分じゃ捨て置くこともできねェんだろうから、鳴の破天荒ぶりに振り回されたことがあるらしい。

まぁ飲め、と労いにグラスにビールを注いで渡せば、すみません、と受け取った小湊が俺にも注ぎ返しながら沢村に話しかける。


「あれ、まだ持ってるんだ?」
「わはは!俺は日本一物持ちがいいと称される男!!」
「あー。お前、この前のバラエティー番組で私物の中で高校の時から使ってるっつって財布馬鹿にされてたもんな」
「違いやすよ、倉持先輩!!あれは褒められてたんス!!」
「笑われてたっつの」
「小湊も知ってんのか、あれってやつ」
「はい。知ってる、というか…最後に三森先輩と話したのがそのことでしたから。取り分け記憶に残ってて」
「陽菜と?」
 

そういや、卒業式当日にコイツら2人は陽菜が撮ったっつー写真を貰ってたよな。多分後輩の中で唯一。
意外だったのは感情表現の豊かな沢村があの日あの場に陽菜がいなかったその真実を監督から聞かされて、そっすか、と妙に納得してあの人らしいと笑ったことだった。沢村に、らしい?、と聞き返せば、あの人寂しがり屋だから、と自分が寂しそうに笑うもんだから俺の中にも印象強く残ってる。俺たちにはそんな一面の欠片も見せなかった陽菜のどこにそれを感じたのか、あの時の俺には理解できなかった。ガキだったんだな、何も知らなすぎる。


「これッスよ!これ!!」
「うわ、汚ね」
「汚いとは失礼な!!俺の必勝アイテムッスよ!!これがあったから最多勝を獲得したと言っても過言ではない!!本邦初公開!!」
「いや、外国でも公開されてないからね栄純くん」
「なに!?本邦ってどういう意味なんだ!?春市!!」
「そっから!?」
「沢村、お座り」
「ハッ!お兄さん…!」 


亮さんに言われ、ぐぬぬっ、と唸りながらもちゃんと姿勢を正し座る沢村がテーブルに出してきたそれに俺と倉持が視線を向ける。
汚ねェなー、と言いながら声が掠れて狼狽する。これには確かに見覚えがある。

懐かしく目を細めたくなるほど眩しい青春を、自分の全てを傾けたあの場所で着ていた青道野球部の試合用ユニフォームを模した小さなお守りはマネージャー達が夏大前に選手それぞれの背番号を入れて作ってくれるものだ。
背番号20。沢村が1年の時にベンチ入りを果たしもらった最初の背番号じゃねェか、これ。


「へへっ!これは陽菜先輩が作ってくれたやつッス!」
「!…へぇ。そんな話ししてたこと、あったな」
「えー?本当に覚えてやす?」
「覚えてるよ。つーか疑る意味が分かんねェ」
「だってアンタ、あの時何も言わねェで受け取ってたじゃねーですか。スコアブック見ながらの片手間に」
「げっ…マジ?」


それは覚えてねェ。
細めた目でじとりと俺に軽蔑の眼差しを送る沢村に冷や汗をかく。そんな俺にハッと嘲笑する倉持が沢村の言う陽菜作の必勝アイテムを手に取り、ふうん、と目を細めた。
つーか、マジ?受け取った時、俺お礼の1つも言わなかったのか?やべ…。


「アイツ、上手くなってんだな」
「へ?陽菜先輩はなんでもプロ級の腕ッスよ。俺の練習着についた泥汚れも真っ白に戻してくれやしたし」
「はあ?お前な…それぐらい自分でやれよ」
「御幸先輩はやってもらわなかったんスか?」
「もらわねーだろ、普通」
「俺なんかあんまりにも見事な腕だったんで、青道の母ちゃん!なんて呼びやしたがね!!だぁーはっはっはっ!!」
「栄純くん、三森先輩にインターンシップで行った保育園で会ったよく汚す園児のようだって言われてたの知ってる?」
「園児!?」


俺が!?って何驚いてんだよ。"なんでもプロ級"なんて自信満々に称するぐれーなんだから、他にもやってもらってたんだろ、お前。ぐぬぬっ、と腑に落ちない顔をして唸る沢村を横に呆れながら溜息をつきビールをひと飲み。そんな面倒見てやってたなんて、俺は知らなかったけどな…。マネージャーは俺たちが気付かねェぐらい、日常に溶け込む大事な仕事をやってくれてる、と改めて確認する思いだ。


「ヒャハハッ!お前は知らねェかもしれねーけどな、陽菜が最初に作ったやつは酷いもんだったぜ?」
「そうなんすか?」
「おー。縫い目ガッタガタ。中に飴入ってただろ?これ」
「そっすね」
「陽菜が作った俺のは閉じちまってて、飴は手渡しだった。この間久し振りに見た時、笑っ…」
「!」


この間久し振りに見た?
ハッと息を呑み口を噤んだ倉持に気付き目線を向けたのは俺だけじゃない。亮さんも眉根を寄せ小湊は何かを言おうと開いた口を閉じてうるさい沢村の口に唐揚げを突っ込んだ。あれ、揚げたてでーすってさっき持ってこられたやつだけど。

…久し振りに、ってお前…それはつまりお前も持ってるってことだよな?陽菜が作った背番号6が入ったこれを。


「…で?陽菜は本当に成宮と付き合ってんの?」


話題の切り替えタイミングはさすがだな、亮さん。
チッと舌打ちして手にしていた沢村のお守りをテーブルに置く倉持に一瞥を送り肩を竦める。


「さあ?アイツからの返信は鳴は誠実な奴だから心配ないとだけなんで」
「相変わらず食えない奴だね、陽菜は」
「ですね」
「ま、同じ球界にいるならいつか会うだろうし、その前にお前らの結婚式に招待するなら会えるし。その時に詳しく聞くからいいけど」
「はっはっは、お願いします」
「にしても成宮、ね」


そう笑顔で言うものの背負う空気は真っ黒な怖い先輩が事情説明待ってんぞー、陽菜。
俺を巻き込むなよ、その時は。お前、そういうの天才的に上手いからな…。

鳴といえば、日本球界始まって以来のプレイボーイなどと揶揄されてんのを陽菜は知ってんだろうか。噂なんて聞こうとしなくたって耳に入ってくる。お前自嘲しろよ、といつだか鳴と飯に行った時に言ったが、別に悪いことしてないじゃん、と子供みてーな目で言われたっけな。顔も良く愛嬌もある。実力も兼ね備えてりゃ引く手数多なのはしょうがねェとして、その引く手を少しの躊躇いもなく掴むのをやめろっつってんのが本気で分からないらしいことに絶句した。鳴の価値観はおよそ理解できねェ。
その鳴が、どこまで本気なのかと疑っちまうのも陽菜を心配する気持ちを差し引いたって仕方がねェだろ。

…8年ぶりに会った陽菜は、当時の面影を残しながら俺が知らない顔で笑うようになってた。
グラウンドを切なそうに見つめるその横顔を見据えながらその隣では俺の彼女であり婚約者の莉子が目を見開き事情を理解したように同じぐらい辛そうに顔を歪めてたな。
なぁ。
どうしてこうなっちまったんだよ、と酔っ払った勢いでいつか零したらお前はどんな顔すんだろうな。面と向かっては言ってやらねェけど、あの頃から礼ちゃんが憧れだと言ってたお前は綺麗になったよ。ただ、その姿が俺たちとの思い出から離れて1人で立つ凛とした空気も手伝ってそう見えるのも気付いてたよ。だけど今の俺らには何もしてやれねェし、もう帰るのかよ、と眉根を寄せる俺にお前はなんの迷いも見せずに、問題児がいるからね、とおそらく鳴のことを言いながら別れの手を振ったんだ。

あの頃あの時、俺たちが陽菜が1人になろうとしてんのに気付き繋ぎ止めていたとしたら倉持があの球場でプロポーズしてたのはお前だったかもしれない。
どうしてこうなんだ、とまさか今更言えるわけねェけど。


「…あれ?御幸先輩、酔ったんスか?」
「あー…そうみてーだわ」
「珍しいッスね。水貰いやしょうか。すいやせーん!!」
「ブハッ!!…相変わらずの馬鹿でけー声…」


頭を抱え俯く俺の隣で今は純さんに、祝いだコラァァー!!と酒を飲まされてる倉持にも、それでいいのかよ、と余計なことを言っちまいそうで酒のせいにした俺は沢村がお守りにしているという陽菜が作ったそれを最後に見て壁にもたれしばらく目を瞑ることにしたのだった。



もう1つの時間軸に想う
「御幸先輩ー?…にしし」
「栄純くん、なにやってるの?」
「コイツがこういう席で眠っちまうなんてなかなかねェからな!!今がチャンスだぞ!春市!

「チャンスって…借りにも世話になってる先輩に何するつもり?」
「これだー!!」
「水性ペン?…まさか」
「さー!やるどー!!」
「やめときなよ。御幸先輩が、」
「丸聞こえだ馬鹿!!」
「なぬ!?」
「栄純の馬鹿デカい声で起きないわけないんだから」

ー了ー
2020/08/25

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