その日、夕方のニュースは彼らの大歓喜を伝えた。最高気温16度のからりとした冬の近い晴れの空の元にこだました勝利の雄叫びを伝えた数分間を彼らは画面越しに見つめ、静まり返る中で誰からともなく立ち上がり1人また1人と出ていく青道高校野球部の青心寮食堂。明治神宮大会決勝戦の勝敗を見守った部員が一様にそこを出ていき、残ったのは一際小さく見える女子マネージャー1人。
グッと歯を食いしばり、野球ノートに大会の結果を書き込む彼女の耳にそれが届き再び顔を上げた。その目に堪え切れない涙がゆらゆらと揺れて小さく嗚咽を零す。


『明治神宮大会を制したのは…』


高校野球のマネージャーが選手と共にドキュメントとして取り上げられるのは見たことがある。顔を真っ赤にして手を握り合わせチームの勝利をひたすら祈る様子が映し出されたりするけれど、実際はそんな綺麗なものじゃないって彼女は身を持って知ってる。
勝者の影には必ず敗者がいて、喜びの裏で涙を流す選手がいて。自分たちに勝ったチームの善戦を願うなんてとんでもない。次こそは負けないと奮起して前進するその前には、辛い悲しみとやりきれない後悔が敗者を襲う。それを乗り越えるためにはひたすら練習して強くなるしかない。
だから彼らは自分たちを準決勝で破った相手校の勝利を目を逸らさずに見つめ、目に焼き付け、そしてもう2度と負けて堪るかと練習へと足を進めるんだ。


「あら、ここだったの」
「!…高島先生」
「……お疲れ様」


女子マネージャーが涙をポロポロ流すのを見て優しく微笑み隣に座ってその肩を叩いたのは青道高校野球部副部長の高島礼。テーブルの上にあるリモコンを手にしてテレビを消した高島はマネージャーの手元にある野球ノートに目をやってから、ふぅ、と一息ついた。


「何度経験しても、慣れないわね」
「!……先生もですか?」
「もちろん。時に負けを知ることは必要だわ。自分の弱さを知り、強くなれる彼らを私はいつも尊敬してる。あなた達マネージャーのこともね」
「私なんて…なにも…」


本当に何もできない。選手の練習を手伝うこと、備品を切らさないこと、スコアを間違わずにつけること、ボール拾いにボール磨き、バット磨き…。自分の日々の仕事が選手の強さを助けてるなんて思えなくて、もどかしい。

ギュッと手を握り込みまたじわりと込み上げる涙を堪え、ずびっ!と鼻を啜る様子を目を細めた高島はポケットからティッシュを取り出して彼女に差し出し、懐かしいわ、と話し出す。


「え"?」
「あなたの先輩にも同じように、そう言ってもどかしそうに彼らの側にいたわ」
「マネージャーの先輩、ですか?」
「ええ。負けん気が強くてよく選手と大声で喧嘩してたわね」
「喧嘩…」


選手と?凄い…、そう語るに落ちる彼女に高島が懐かしそうに笑い椅子の背もたれに深く寄りかかり腕を組む。腕に乗るなんて大きな胸だなぁ、とマネージャーは自分の胸元に目線を落として少しジェラシーである。


「それでも、側にいた。ジッとビデオを観て研究する渡辺くんの隣に。スコアブックを読み試合展開を頭の中に繰り広げる御幸くんの隣に。バットを振り後輩を気にかける倉持くんと一緒に」
「え……それって、」
「はい」
「!」
「その負けん気の強いけれど実は寂しがり屋のマネージャー先輩からあなた宛に」


高島が差し出した白い大きめの封筒。宛名は青心寮で、監督を通して自分宛になる記名がされているそれを見て目をぱちくりとさせる彼女に高島はくすりと笑って立ち上がった。


「このタイミングで届いたことに、やっぱり運命を感じるわ」
「あの…!これは…?」
「さあ?中身までは。大体想像はつくけれどね」


それじゃ、と食堂を出ていく高島。カッコいいなぁ…私もあんな大人になりたい。そう!あんなといえば先日この食堂を訪ねてくれたあの人も綺麗でカッコいい人だった。すらりとしてて、胸はあんまりだったけど長い黒い髪の毛が綺麗でメジャーチームのキャップがよく似合ってた。ニッと笑って快活なあの人はフォトブックを見て何か思うところがあったようだったけど。

高島が見えなくなって改めて白い封筒を見つめるマネージャーは首を傾げながらそれを振ってみる。うーん…中身は固そう。厚みも少しある。マネージャー先輩というとあの人…三森陽菜さんしか思いつかないだけに彼女の頭に浮かんだ可能性がパァッと表情を明るくさせた。まさか、まさか…!

逸る気持ちをなんとか抑えて立ち上がり食堂に置かれたハサミで封筒口を、中身を傷つけないように切っていく。


「わ…!わぁ…!!」


予感的中!!
封筒を手にその場でぴょんと跳ねたマネージャーは興奮を抑えきれず立ったまま中身を手にプルプルと震える。期待してないといえば嘘になるけど神宮大会もあったしすっかり忘れていた。先輩マネである三森さんは自分が大の大ファンである青道高校野球部OB、今やプロの世界で活躍する倉持洋一選手と同級生であの時に自分が応援しているという言葉を必ず伝えると心強くと言ってくれたのだ。
だけどまさかこんな…!


「写真と…サインまである…!」


しかも私の名前まで入ってるー!!日付はあの日倉持選手がトリプルスリーを達成した日。つまり、三森さんはあの日に倉持選手と会うことができてお話ししてこうして写真も撮らせてもらって…い、偉大…!!

感動で言葉にならないマネージャーが写真やサインをジッと見つめること1分ほど。外から聞こえる部員の声にハッとして中身の確認を再開する。まだある…。手紙だ。


『お疲れ様です。この手紙が着く頃には神宮大会は終わっているかな?約束の応援メッセージは倉持に直接しっかり伝えました。喜んでたよ。写真とサインはあの試合のあと、すぐに倉持に撮らせてもらって、書いてもらったからファン最速かも。これからもマネージャー、頑張ってね。いつも青道高校野球部の全国制覇を応援しています。それから、ありがとう』


ありがとう?お礼を言うのはこちらなのに…?

短い手紙の最後を締め括った文字をジッと見つめてピンッときたのはもしかしたら女の勘かもしれない。フォトブックの初代は御幸世代と呼ばれる三森さんたちが作り上げたもの。そのフォトブックの最後のページに書かれた謎のメッセージを三森さんが見つめ、言葉を詰まらせていて。からの、倉持選手の試合を観に行った三森さんからこの言葉。
もしかして!もしかしてヒーローインタビューで電撃プロポーズして婚約したそのお相手は三森さん!?

そうだったらすごい!誰かに話したい!けど駄目だよねこれは!!

1人興奮するマネージャーに、なにやってんだ?と食堂に入ってきてお茶を飲む選手に話したくて仕方がないけど…我慢!


「変な顔してんぞ」
「放っといてよ」
「あー!なんだよそれ!」
「ちょ、見ないで!」
「うっわすげェ…倉持選手じゃん!」
「ふふーん!いいでしょ?いいでしょー?」
「こんな写真とサインなんてどこで…まさか!」
「そう!あの時に激励に来てくれた三森さんが送ってくれたんだー」
「ずりィ!!」
「持つべきものは偉大なマネ先輩だねぇ」
「え、ていうかまだあるじゃん。色紙」
「んー?あ、本当だ」


倉持選手だけしか目に入らなかった、と続けるマネージャーを呆れた顔で見つめる部員も彼女の倉持選手好きをよく知ってる。かくいう自分もショートを守る選手として倉持選手のプレイスタイルに憧れ青道高校野球部の門を叩いたといっても過言じゃない。けれど同じショートを前にこうも羨望の眼差しを目の前でプロとはいえ他の選手に注がれると面白くはない。目を細め、フン、と鼻を鳴らしマネージャーが手にするものを捲るのを見る。
ちなみにこの部員がマネージャーに一方ならぬ想いを抱いていることなど向けられる本人を除いて周知のことである。


「「あー!!」」


そんな青春の渦中の2人が同時に声を上げる先でピースサインをする人物が写真の中でニッと笑っている。
2人の叫び声を聞きつけて、なんだなんだ?と部員が1人また1人と食堂に入りマネージャーが言葉なく見せる写真にまた叫び声を上げるの繰り返し。そうして何事かと食堂に入ってきたまた1人が、ふむ、と顎髭を撫でて口を開いた。


「成宮じゃないか」
「落合コーチ!」


いつからそこに!と部員が驚く言葉に、わりかし最初の方から、と目を細める。


「この写真、どうした?」
「あ…あの」


成宮鳴はかつてうちの最大のライバルとして何度も立ち塞がった当時から名投手であった選手。その選手の写真を持っていることに多少の罪悪感を感じるマネージャーの前に先程のショートの部員が立ち、実は、と説明する。


「マネの先輩が送ってくれたそうで」
「ん?…あぁ、三森か」
「ご存知なんですね」
「あの子ほど濃いマネもなかなかいないからなぁ」


いやしかし。まさか先日のニュースでその姿を久し振りに見ることになるとは。

落合コーチは顎髭を撫でながら、どれ、とマネージャーから写真やサインを受け取り見ながら、ほれ、とその中から1枚の白い紙を見つめてからマネージャーに見せる。


「昔っからこういう子だ」
「え…"彼が入れろって言うので写真とサインを同封します。できれば応援してあげてくれると嬉しいな。成宮鳴のマネージャーより"…わ、凄い…!」
「成宮鳴のマネージャーって…あの!?メジャーでも先発ローテから漏れたことがないあの成宮鳴!?すげー!!」
「いやはやところがどっこい、それだけじゃあない」
「え?」


驚き自分たちの先輩がとんでもないと騒ぎになる部員の中で落合コーチがどこか得意げにスマホを操作し、あぁあった、と画面を部員たちに見せる。

メジャーリーグチームの公式SNS。
コメントはすべて英語で、写真でしか事実が確認できず部員たちが目を丸くして見つめる中で英語が得意な部員が最前列へと連れ出され、なになに?訳しながらゆっくり読んでいく。


「えぇっと、成宮鳴…結婚、いやこれは婚約…え!?」
「そう。三森と成宮が婚約したという球団の正式発表」
「「えー!!」」
「しかも。その前に空港で成宮が三森に108本の赤いバラと共に公開プロポーズしたっていうSNSが写真付きで拡散されていたから間違いない」


いやー、とスマホ画面を今度は自分の方へ向けて改めておそらく成宮から贈られた指輪をする三森の手が重なる写真を確認する落合コーチに部員がざわめく中で、あの!とマネージャーが声を掛ける。
さっきまでもしかしたら倉持選手がプロポーズした相手は陽菜だと思っていただけに信じられない気持ちであるし、空港、と聞いてまさかという予感もあった。


「倉持選手がプロポーズしたのは三森さんだったんじゃ…」
「んん…?…あぁ、なるほど。これを見てみろ」
「え…。!」
「…本当にプロポーズされてたとしたらこの視点の写真は撮れないだろうな」


俺もあの試合は観ていたからな、と落合コーチが手にしていた倉持や成宮の写真等を捲りながら1枚マネージャーに差し出して見せたのは倉持の背中。見るにグラウンドの真ん中でヒーローインタビューがされている姿だ。
そっか…。プロポーズされているなら、正面になるはず。そっか…違うんだ。倉持選手のプロポーズを受けた一般の女性というのは、三森さんじゃないんだ。

落合コーチから写真などを返してもらいながら肩を落とすマネージャーに、なんだよ、と声を掛けたのはショートの部員。


「倉持選手のプロポーズ相手は三森さんだと思ってたから。いいなぁ…ヒーローインタビューでプロポーズなんて、すごい。もちろん空港で赤いバラ108本っていうのも素敵だけど」
「…ふうん。やっぱ女子ってああいうのに憧れんのな」
「そりゃそうだよ!まぁなかなかできないことだけどね」
「はあ?できるわ」
「はい?」
「見てろよ!プロになってヒーローインタビューでお前になんか分かることやってやる!」
「!……男に二言は?」
「ない!」


ここに人知れず小さな約束が誕生したことに気付いたのは騒ぎの中で側にいた落合コーチだけであったが、そんな2人を見ながらこれだから子供を見ているのは面白いと、かつて自分にフォトブックの作り方を教えてくれたマネージャーを頭に浮かべながら口を緩ませ食堂を後にしたのであった。



拝啓、可愛い後輩へ
「あ、鳴。返事きたよ」
「返事って…あぁ、マネ後輩の子から?」
「うん」
「なんだって?」
「神宮大会の結果と、今から冬合宿頑張りますって」
「あぁ…あれね」
「あれは、辛いよね…。ともあれとして、いつか会わせてあげたいなぁ。倉持と」
「そこは"俺と"じゃない?」
「あの子、倉持のファンだからね」
「そうだけどさー。ま、別にいいけど!俺の方がファンいっぱいいるもんねー!」
「あ、成宮選手とお幸せにって最後に書いてある」
「いい子じゃん!」
「現金なんだから…」

ー了ー
2020/10/11

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