俺はまだ一言も発していないのにそれが事実であるように運ぶ状況が酷く怖いと思ったのは、プロ野球選手になって何年目だったかな。
とにかく俺の与り知らないところで動いた何かに口を開くのも億劫だ。俺はただ野球をしたい。それだけ。

陽菜が、喋る?とでも言いたげな一瞥を寄越して俺は肩を竦める。

  
「実は成宮はこのところピッチングの内容に満足はしておらず、自分がバッティングから何かをイメージできることがあるかもしれないとこのバッティングセンターに通っていたんです。同時にバッティングでもチームに貢献できるかもしれないと。本来はチーム内でトレーニングをするべきなのですが、如何せんプライドが高い彼なので、それが今回誤解を招くようなことになったのかもしれません」


まぁ…陽菜も次から次へとよくも言葉が出てくるもんだよ。
陽菜が淡々と語り終えてからまた俺に目線を送ってくる。はいはい。分かってるよ。


「バレちゃったもんはしょうがないですね!チームメイトを信用してないわけじゃないけど、やっぱピッチングにしてもバッティングにしても相手が驚き悔しそうにする顔が大好きなんで!俺!」
「では近々そんな成宮選手の姿をファンに見せてもらえますか!?」
「もっちろん!!期待しててください!」


そんなやり取りを終えて写真撮影に応じる頃にはスキャンダルを取れたと確信していたであろうもう1人の記者がそそくさと帰ろうとしたけど、それを止めたのは陽菜。


「今回、成宮のスキャンダルを取ろうと私に付き纏っていた件は貴社には伏せておきます。ですが、今後同じようなことがあれば球団からお話せざるを得ませんので其の実何卒ご承知おきください」
「っ……」


悔しげに舌打ちして、俺が聞き取れなかった言葉を捨て台詞として吐いて去っていく記者。なんて言ってたの?と俺が聞けば、成宮くんが知らなくていい言葉、だって。それにしても陽菜、強っ!まぁそれは知ってるんだけど改めて確認した。
…ていうか、あの記者。


「陽菜。付き纏われてたって、」
「さて!わざわざ来てくれてありがとうございました。助かりました」
「なんの!その代わり、約束のアレ忘れんなよ!」
「必ず」


……はい?
どう見ても親しげな2人。こうなってまじまじと見る人が良さそうな俺達より年上の記者は楽しい企みに噛ませてもらった、と俺を応援してると握手を済ませ意気揚々と帰っていった。


「今のやり取り、なに?」
「見て聞いたまんま」
「自演させるために俺を連れてきたってわけ?」
「そう」
「ふうん…俺を、ね」
「朝飯前でしょ?チーム選手ランキング1位の成宮鳴選手」
「!…1位?」
「そうだよ。昨日、集計結果が出たの」


野球が出来ればいい。周りの雑音も評価も関係ないなんて思ってたけど、陽菜から聞かされた俺への明確な評価に目が見開き言葉を失くすと同時に心が満たされるのを感じる。
そんな俺を見て目を丸くした陽菜は目を細め、


「球団自慢の投手の証だね」


そう言って微笑みこうも続ける。


「だからこそ、期待に応えなきゃだしこれからが大変だよ」
「!…上等じゃん。来年も1位取るよ俺は」
「ん。さ、帰ろっと」
「えぇ。打っていこうよ」
「嫌。またマメになる」
「はー?俺の専属ならバッテぐらい常時持ってなよ」
「!」
「ん?」
「まったく。野球馬鹿は誰も彼も同じことを」
「野球馬鹿!?」
「ほら!行くなら行こ!!今日こそホームラン!!」
「ブハッ!!ぷくくっ、無理に決まってんじゃん!!」
「じゃあ打てたら何かちょうだいね?」
「いいよ。なんでも」 
「約束ね」
「約束といえばさ、さっきの記者に何約束してたの?」
「うん?あぁ、あれは彼の娘さんが大ファンだから写真とサインを頼まれたの。それで交渉成立!」
「へぇー。しょうがないな。ほら、撮っていいよ。サインは…陽菜が色紙とサインペン持ってるでしょ」
「あ、成宮くんじゃなくて」
「はあ!?」
「アンディーの」
「な…!」
「頑張らないとねー?」





スマートフォンを耳に当てて呼出音を聴く真夜中。1年目のシーズンが今日終わった。先発した俺は8回まで1点もやらなかった好投。ただ点が取れず惜しくも敗退。身体はくったくただし悔しくもあるけど、球場を出る時にファンにすっげー励まされたりピッチングを褒めてもらったりしてそれだけで充実したシーズンだったって、満たされてる不思議な心地。


《もしもし》
「久し振り、雅さん」
《あぁ。お前はいつも唐突だな》
「嬉しいでしょー?俺の声が聴けて!」
《馬鹿言え。今夜は悪夢を見るぞ》
「言ってくれる」
《観てたぞ、試合。残念だったな》
「うん。悔しいよ、すげー悔しい」


1人きりでいるには広すぎる自室で電気もつけずにソファーで天井を仰ぎ見る。
はぁーあ、と溜息をつけば、電話口で溜息つくなとかなんとか、雅さんらしくグチグチ言うのが相変わらずで思わずブハッ!と噴き出し笑っちゃうよ。


《その調子なら問題ねェな》
「心配してくれてたんだー?」
《いや。お前がこのぐらいで挫けるような玉じゃねェのはよく知ってるからな》
「さっすが雅さん!で?そっちは?獲れそうなの?日本一!」
《どうだかな。こればっかりはやってみなきゃ分からねェな》
「頼りないなー選手会長!しっかりしなよ!」
《うるせェ、アメリカ言ってまで喚いてくんな》
「へへっ嬉しいくせに」
《誰が》


つーか、と雅さんが続けるのを、んー?と返す。


《そっちでワガママ言ってんじゃねェのか?迷惑かけんなよ、鳴》
「子供扱いすんなよ!!全っ然大丈夫だし!!」
《そりゃお前が思ってるだけだ》
「そんなことねーし!……俺より厄介な子いるしね」
《お前より?》
「そ!俺のことちっとも敬わないしなんなら手駒に使ってくるしさ、可愛げない専属通訳兼広報の子!!」
《その子、大丈夫なのか?》
「どういう意味!?」
《いや、心労で倒れたりしねェかと》
「あの子はそんなやわな子じゃないよ。……いつか雅さんにも紹介する」


あの日、結局陽菜はホームランを打てず代わりに俺がホームランボードにぶつけたもんだから悔しそうにマメが潰れるまで打った。
勝ち気で強気、芯がしっかりしてて何よりいつも俺を尊重してくれる陽菜のことを実は俺は気に入ってる。
ファーストコンタクトの印象は最悪だったし、ただ仕事を通した人間関係しか出来ないだろうとさえ思ってたのに不思議だ。今は興味が尽きないあの子とまだまだこの世界に挑戦し勝ち続けていきたいと思うよ。



FIRST CONTACT
「陽菜ー!あれどこ!?あれ!!」
「"あれ"じゃ分かりませんー」
「ムッ!グローブのクリーナー!!」
「はいこれ」
「分かってんじゃん!!なんで分かんないふりすんだよ!?」
「私は成宮くんに虜な女の子とは違うのでなんでも許容して甘やかしたりしません」
「言い方ムカつく!!」
「まーたやってんのか?成宮と陽菜」
「いやいやあれでなかなかどうして、馬が合うみてーだぞ?」
「もう口利いてやんねー!!」
「そう?じゃ、成宮くんが以前こっそり連絡先を渡してた受付の子からの伝言預かってきたけどいらないね」
「なっ……!!…なんて言ってた?」
「"彼氏ができたのでごめんなさい"」
「わざわざ言わなくていいよ!!」
「ブッハ!!わはははっ!!だっせー!!」
「アンディー、てめー!!」
「……馬が合って、んのか?」
「…多分な」

ー了ー
2020/10/07

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