「成宮!」
「おわっ!……なんだよ」
「この間陽菜を持ち帰ったって、本当か?」
「はあ!?」


青天の霹靂、なんて字も書けないけど頭に浮かんだ俺はいきなり肩に腕を回しのしりと体重を掛けてきたアンディーをなんのことかと睨む。
ニヤニヤと訳知り顔をしながら俺が振り払う手を避けて、怖い怖い、と両手を俺に手の平向けて前へ広げるこの球団イチのお調子者め!!

何かというと俺の専属通訳兼広報の名前を持ち出してくるアンディーが実は陽菜のことを相当気に入ってんじゃねーかなって俺は思ってる。まぁ、アンディーが人を選ばず構うのは誰しもに同じでそれがあるから俺もチームに馴染めたってのは否めない事実だけど。


「噂になってるぞ?陽菜と夜一緒に居たとか、2人でタクシー乗って消えてったとか」
「なにそれ。いつものことじゃん」
「あ?…確かにな」


そりゃそうだよ。陽菜は専属として俺に就いてるんだから一緒にいるのはしょっちゅうだし、それ以上の意味なんてない。そんなこと、誰でも知ってることじゃないか。

今更何言ってんの、と目を細め呆れながら言えばアンディーは小さく唸りながら腕組みして眉間に皺を寄せる。うっわ、カッコいいじゃん。顔は良いのに調子がいいからモテねーんだよな、アンディー。ずっとその顔してれば?


「けどな、そのことで朝から陽菜が動いてるって話だぞ」
「はあ?……あぁ、そういえばいない」
「薄情な奴だな!」
「動いてるって?」
「カイルのとこ行ったり、すっぱ抜こうとしてる新聞記者のとこに行ったり」
「へぇー…、働き者。じゃ、俺もしっかり働こーっと!」


この間って、あれかな。陽菜が憂さ晴らしにと目的地も告げず俺をタクシーに突っ込んで20分ちょっと走らせたとこで到着した閑静な住宅街の中にぽつんとあった静かで誰もいない寂れたバッティングセンターに行った時。
あー多分そうだ。
だってバッティングセンターの傍にホテルあったし。誰かが見て勘違いしてもしょうがないか。
ただただ何も考えずに打ち続けた。隣の隣では陽菜も打ってたけど全然打てないのにバットが空を切る音だけはスラッガーかってぐらい立派で思わずブハッ!と噴き出し腹を抱えて笑えば怒る陽菜が、コツ教えて!!なんて地団駄踏んだりして。珍しく見えた年相応な一面が少しだけ心地良かったあの夜。悔しいけどモヤモヤしたもんが晴れてピッチングも好調を取り戻した。
陽菜のおかげとかじゃねーけど!!
結局陽菜がまともに打てたのは1本だけ。相変わらずバット重いなー、とおそらくマメになるだろう手を広げてグーパーする陽菜にいつから相変わらずなのかという疑問が今度は胸の奥に沈んでる。

あの手、マメになったかな。
バッティングセンターを知ってるって、なんでだろ。女の子1人で行ったりするもん?少なくとも俺が付き合ってきた女の子たちは汗や日焼けや傷には無縁の子たちだった。陽菜とはまるで違う。メイクが上手で香水の匂いがして俺との話題は有名人のスキャンダルや友達の結婚やキャリアのことで、俺が上手くいかなくて苛々しているとまた今度会おうと背中を向ける女の子ばかりだ。


「鳴、どうかした?」
「!…んー?」
「ほら!飲もうよ!!」
「気分じゃない」
「えー…」


つまんない。そう顔に書いてある。
彼女である子とバーで並び飲むには相応しくない面構え。頬杖ついて見つめれば取り繕う笑顔が仮面に見えて目を細めた。
まただ。また、愛せてる気がしない。
可愛い子だし抱く時もちゃんと気持ち良い。だけど…一緒に居ても満たされた気がしないのは、俺がおかしいのかな。

小さくと溜息をついて立ち上がる俺の手を引く彼女の視線が甘ったるく色欲を煽るものだとしてもパッと振りほどき店を出た。またね、とは言わなかった。


その数日後だった。最近俺の傍にいなかった陽菜が試合終わりに球場に現れて俺の手を引いた。俺より小さくて俺より柔らかい、紛れもなく女の子の陽菜の手が。


「は……なに!?」
「一緒に来て」
「へ?どこに?俺、今日は…」
「今日じゃなきゃ嫌。お願い」
「!ッ……」


フッと目の前の光景がブレて数日前に別れた元カノが俺を見上げた視線と陽菜が俺を見つめる今を繰り返す目の前に息を呑む。
全然、違う。
陽菜の目は強くて甘えなんてない。自然に頷いた俺にホッとした顔で俺の手を離そうとしたその手を、今度は逆に俺が掴んだ。


「え……なに?」
「…つっまんねェ、その反応。俺に手を握ってもらってんだから喜……あ」
「うん?」
「絆創膏」
「ん?あぁ、この間ね」
「やっぱマメになった?」
「あれだけ振ればなるよね」
「やらなきゃ良かったじゃん」
「やるでしょ、目の前にあったら」
「いやいややらないでしょ。普通は、頑張ってー!とかってフェンス外から応援するよ女の子は」
「残念。私は"女の子"じゃありません」
「!」
「成人した"女"です」


なに、それ。カッコいいじゃん…。そんな言葉が思わず零れてポカンとする陽菜が得意げにニッと笑ったその瞬間に全身が粟立つような興奮が駆け抜けて雷に打たれたように痺れて言葉を失くした。大袈裟?そんなんじゃない。今まで味わったことがない感覚で、ほら行くよ!と絆創膏が貼られた手で俺を引くそれにただついて歩いた。犬の散歩かー!?って笑ったの誰だ!?


「学習しないんだよねー…なかなか」
「なにが?」
「ううん、なんでもない」


タクシーに乗せられ、俺と離れた絆創膏を貼る手の平を見つめ苦笑いする陽菜が俺の問いかけにふるりと首を横に振り窓の外を見る。まーた遠くを見ちゃって。なにがあるんだか、見るとも見ていないあの先に。陽菜の横顔を見てからフィッと俺は反対側の窓から外を眺めた。
タクシーの中ではどっかで聞いたことのあるような、緩やかなラブソングが流れていて運転手が信号待ちの間に小さく口ずさむ。彼女に会いたいけど会えなくて、次に会った時には腕の中に閉じ込めて1つになってしまいたい。そう歌うのは誰だっけ?


「今の歌、聞き取れた?」
「…まあね」
「凄い」
「……フン」
「あれ。褒めたのに」
「俺は"男の子"じゃなくて"男"なんでね」
「!…あはは!!」
「今の笑うとこ!?」
「フフッ、ごめんごめん!成宮くんは、成宮くんだよ」
「分かってんの?本当に」
「もちろん。私を誰と心得てます?」
「はあ?えっらそうに」 


絶対に分かってないじゃん。イタズラっ子みたいな顔して笑う陽菜は隣に座る俺が男で、無防備にタクシーで2人きりになるには相応しくない相手だって、ちゃんと分かってる?
こんな調子じゃホイホイ騙されちゃいそう…。運転手に、そこを曲がってください、と指示する横顔をジッと見ていれば気付いた陽菜が、なに?、と首を傾げた。
しょうがない。ここまで組んできた俺の専属付きなわけだし、なんかあったら守ってあげるよ。


「はい、到着!」
「…は?ホテル?」
「違う!!目的はこっち!」
「あぁ…バッティングセンター?」
「そうです」


いやなんでそんな得意げなの。
タクシーを降りれば確かに見覚えのある場所。先日陽菜に連れられて来たバッティングセンターじゃん。俺の隣に立つ陽菜を見おろし眉を顰め理由を聞こうと口を開いた時だった。


「成宮選手!」
「!」
「やっぱりまた来ましたね。どういうことか聞かせてください!!」


建物の影から飛び出し興奮した様子で突撃してきたのは…あ、前に取材を受けた新聞記者じゃん。
目を丸くしているであろう俺をよそに今度は、三森さん!、と陽菜に問い掛ける。


「ずっと否定してきましたけど、これじゃ言い逃れできませんよね?」
「昨日も説明しました。成宮と私は選手と専属広報で、その関係を逸脱する事実は何もありません」 


ずっと?昨日も?


「ですがまたここに2人きりで現れた。日本には火を見るより明らかという言葉がありますよね」
「よくご存知ですね。ですが、その使い方は間違ってます」
「間違ってる?」
「火を見るより明らか、というのはその状況から物事が悪い結果になることを言います。ご存知ですか?」
「っ…ならばこの状況は成宮選手にとっても三森さんにとっても都合が悪いのでは?成宮選手は初スキャンダルです!」
「スキャンダル?なんのことですか?」


白々しすぎるわざとらしい口調で、なんなら嘲笑も聞こえてきそうな陽菜の言葉に記者がグッと反論を飲み込んだもののすぐに口を開こうとする。穏やかじゃないのはさすがに俺も分かる。やれやれと思いながら反論しようとするとまた、成宮選手!、と俺の名前を呼ぶ声。
次から次へと。


「チームの選手からの発言なんですが」


そう切り出され新聞社の記者が勝ち誇ったようににやりと笑うものの、続けられたのは思いもよらない言葉だった。


「毎日このバッティングセンターで陰ながらバッティングのトレーニングをしてるというのは本当ですか!?」


は?と記者が唖然としたのと裏腹に、今度勝ち誇り笑ったのは陽菜だった。



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