根底の温度



――……ちゃん、なまえちゃん。

ピピピ、と鳴った電子音の後に私を呼ぶ女の人の声が聞こえる。……ような気がする。
曖昧な意識のまま体を起こそうとしても、お腹のあたりに重さを感じて起き上がれない。なんだか背中もポカポカで気持ち良いし、開きかけた瞼がまた落ちてくる。

「おーい、なまえちゃん!寝ぼけてるのかい?ミーティングを始めるから一時間後に管制室まで来てくれたまえ!」

あれ、ダ・ヴィンチちゃんの声……?
重い瞼を擦り薄らと目を開けば、どういう原理か目の前に通信画面のような青い四角が浮いていた。そこに映っているダ・ヴィンチちゃんは手をひらひらとさせ、そのまま聞いてくれていいよ〜と言葉を続ける。

「昨日はよく眠れた?体調は大丈夫かい?」
「……お陰様で、ゆっくり眠れました」
「それはよかった。制服はロッカーの中に新品が入ったままになっていると思うから、サイズの合うやつを選んでくれたまえ!」

制服……。未だ寝ぼけている頭でロッカーをチラリと見て、その問いかけに頷く。

「それじゃあ一時間後に管制室で待ってるね!あと、君たちがその状況になった経緯も後でこっそり教えてほしいなあなんて〜☆じゃあ、また後でね〜!」

ピッという音と共に目の前の青い四角は無くなってしまった。その状況になった経緯ってなんの話だ……?
疑問に思いながらずっと重みを感じていたお腹のあたりに視線を動かすと、自分のものではない腕が視界に入った。

腕だ。ん?……腕?
状況を理解した途端、脳が一気に覚醒した。これ、オルタの腕だ!?そうだ。昨日抱き抱えられたまま横になって、考え事をしているうちに私もいつの間にか寝ちゃってたんだ!全然夢オチでもなんでもなかった……!とりあえず起きないと……!
ガッチリと抱えられてしまっている体を起こすために、お腹に回っている腕を控えめに叩いてみる。

「オルタ、起きて。ミーティングするんだって。シャワー浴びたい」
「……ん」

寝起きのせいか、少し掠れた声がとても色っぽい。私の耳元でそういう声を出さないでほしい。……また余計な事を考えてしまった。意外にもスッと起き上がった様子を真似るように、私も体を起こす。

「おはよう」
「……ああ」

オルタは気怠げに首筋に手を当て、片足を立ててベッドに座っていた。眠る時にいつの間にかフードを取り払っていたようで、今はその顔立ちがよく見える。
見慣れない姿を静かに眺めていると、こちらの視線に気付いたようで首を傾げられてしまった。

見つめていた事実を誤魔化すように掛けた声は、きっと慌てていただろう。





シャワーを浴びてさっぱりとした気分のまま時計を見る。集合にはまだ少し時間がありそうだ。

「オルタ、眠かったらもうちょっと寝てても大丈夫だよ?」
「……」

無言でのそりとベッドから降りた彼は、外で待っているとだけ言い残し霊体化してしまった。
あれ、そうだ。霊体化出来るのならわざわざ一緒に寝る必要はなかったんじゃ……?そもそもサーヴァントの肉体は魔力で出来ているから、睡眠は本来は不要のはずだ。

そう考えると、オルタは一体どういうつもりで私に接しているのか分からなくなる。マスターとサーヴァントにしては距離が近すぎるような……。彼にとってはこれが普通なのだろうか。いや、そんな訳ないか。
仮に何か別の感情が存在していたとしても相手はあのクー・フーリン・オルタだ。こんなちんけな小娘に、あり得ない。自惚れもいいところだ。

自分のお腹に手を当てると、まだ腕の重みが残っている気がした。背中越しの体温や彼の息遣いも鮮明に思い出せてしまう自分を少し恨めしく思う。いつまでも浮わついてないで、気合を入れ直さないと。
余計な考えを頭から追い出すように両頬を軽く叩いて、真新しい制服に袖を通した。





「ごめん、お待たせ!」

廊下に出て声を掛ければ、何もない空間にオルタが姿を現した。どうやら本当に待っていてくれたらしい。

「済んだのか」
「うん。ありがと」

二人肩を並べて管制室へ向かう。ミーティングを済ませたら、本当にマスターとしての仕事が待っているのだろうか。少し、いや……本音を言うとかなり怖い。
でも、ロマニは私がここへ来た事には意味があると言ってくれた。それに私の側にはオルタがいてくれる。恐怖心を捨てる事は出来なくても、不思議と不安はなかった。隣に並び立つ、世界で一番信頼出来るサーヴァントの横顔を見上げる。
決意を込めた手のひらを握って、長い廊下を一歩ずつ踏み締めて歩いた。





「おはよう、なまえちゃん。オルタくん」
「おっ、二人ともちゃんと来たね!おはよう!」

管制室へ足を踏み入れると、昨日と変わらない笑顔を見せてくれたロマニとダ・ヴィンチちゃん。そして。

「初めまして。俺、藤丸立香って言います。ロマニからさっき仲間が増えたって聞いて……!これからよろしく!」
「初めまして。マシュ・キリエライトです。デミサーヴァントとして先輩をサポートしています。よろしくお願いします、なまえさん!」

そこには、ぐだ男くんとマシュがいた。
自分の事で精一杯できちんと頭が回っていなかったけど。ここがカルデアとして機能している以上、ぐだ男くんとマシュがいるのは当然だった。
勝手に昔からの戦友の気持ちになってしまって一人感極まる。ここに来てからというものあまりに涙腺が弱すぎるなあ……。
今にでもこぼれてしまいそうな涙をぐっと堪えて、二人の前に一歩踏み出した。

「初めまして、みょうじなまえです……!少しでも力になれるように頑張るので、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく!自分以外のマスターに会えるとは思ってなかったから、すごく嬉しいよ」

ぐだ男くん……いや。藤丸くんはそっと手を差し出し、握手を求めてきてくれた。マシュもキラキラとした瞳で手を差し出してくれる。
二人がいてくれる事で、これからに対する恐怖心が少し薄れた気がした。仲間ってすごい。少しの時間で心がこんなにもぽかぽかになってしまった。

握手を交わした藤丸くんは一歩下がって会話を聞いていたオルタへと視線を移してそちらに歩み寄っていく。

「俺もマスターとしてここで戦ってるんだ。クー・フーリン・オルタ、これからよろしく」

物怖じせず堂々とオルタの前に立った藤丸くんに、マスターとしていくつもの死線をかいくぐってきた様を感じた。別の霊基とは言え、一度敵対したサーヴァントへあんな風に笑いかけるのは一般的な感覚ではない、と思う。
藤丸くんはすごいなあと呑気に感心してしまった私の気持ちと彼の気持ちは違ったようで、オルタは無表情のまま薄く口を開いた。

「……必要以上に馴れ合う気はない。オレは所詮兵器。サーヴァントとしての役割は全うする。それでいいだろう」

ああ。これだ。
これが私が記憶していたクー・フーリン・オルタだと、そう思った。淡々と告げられた兵器≠ニいう言葉に、私は昔の記憶を思い出していた。

他人と深く干渉せず、己を兵器として扱えと、サーヴァントの人格を考慮するなと突き放していた彼がそこにはいた。当初の印象に比べれば、画面の中でのオルタは他のサーヴァントとの関わりも増えたり、受け答えが柔らかくなったように感じていたけど。それでも、己は使い捨ての兵器だという根本の考えだけはずっと変わっていないのだと、今はっきりと分かってしまった。
サーヴァントは使い捨ての兵器だなんて、一度だって考えた事はない。藤丸くんだってきっとそうだ。何より、オルタの口からそんな悲しい言葉は聞きたくなかった。

冷え切った瞳を見つめながら、私は暗然と共に伝えたい言葉を飲み込んだ。







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