微睡の中で



「よし、ここにしよう」

歩みを進めた先にはロマニが言っていた通りの空き部屋がいくつかあり、そのうちの一部屋の前で足を止める。今日からここが私の部屋になるのか……。

「入らねえのか?」
「うわ!?」

突然聞こえた声に思わず大きな声をあげてしまう。
声のする方に顔を向ければ思ったより近くにオルタが立っていて、こちらを不思議そうに見下ろしていた。

「いつの間にいたの?心臓に悪すぎるんだけど……」
「サーヴァントは霊体化できることを忘れたか?」

そう言って当たり前のように先に部屋へと入って行く。マイルームの設定をずっとオルタにしてたから、彼にしてみればこれがいつも通りなのかもしれない。

与えられた部屋は十分すぎるほどの広さがあった。余計な物がないのでかなり殺風景ではあるけれど。
唯一インテリアとして置いてある隅っこの観葉植物が地味に嬉しい。カルデアの建物は大体が白や機械的な色を基調としていて、窓もない。あったとしても見えるのは一面の銀世界だろう。だからこうして自室という気の許せる場所に緑があるのは、心を落ち着けてくれるような気がした。

「なまえ。オレに話があるんだろう」
「あ、ごめんつい……。隣、座るね?」

座る所がベッドしかないので、肩を並べて腰を下ろす。変に意識してしまう前に早速何か尋ねようと思案したけど、いざこうして二人きりになると何から話せば良いのか分からなくなってしまう。

どうしたものかと思い悩む中、先に口を開いたのは意外にも彼の方だった。

「まさかお前に喚ばれる日が来るとはな」
「うん。私も実際に召喚を体験する日が来るとは思わなかった。何よりオルタが本当に応えてくれるなんて、夢でも見てるみたい」
「オレはこうしてここにいる。夢じゃねえさ」
「……ねえ、どうして私のことが分かったの?」
「さあな。だが、何故かお前に散々連れ回された記憶やら、呆れるほどに強化を施された……そんな些細な記憶がオレにもある」

こうして普通に会話をしている事実にまだ夢見心地のまま言葉を拾う。じっとその横顔を見つめていれば、前を向いていたオルタは口元に緩く弧を描きながらこちらに視線を寄越した。

「……お陰でだいぶお前に絆された。まったくらしくないが、まあ、案外悪くない」

ふと柔らかに細まった瞳が真っ直ぐに私を見つめる。そんな表情を見せるオルタを、私は知らない。
一瞬で熱を持った頬を髪で隠すように、少しだけ俯く。

「オルタっていろんな表情するんだね。知らなかった。実際に見ると、全然違う」
「同感だな」

伸びてきた手にぐ、と顎を掴まれ、床を眺めていたはずの視界は強制的にまた彼の瞳を映し出した。
あまりの顔の近さに動揺して距離を取ろうと身を引いても、手首をガッチリと掴まれてしまって逃げられない。

「なぜ逃げる?」
「に、逃げてるというか、さっきから距離が近すぎて慌ててるって言った方が正しい。デス」
「なぜ慌てる必要がある」
「なぜって……オルタがこんなにスキンシップを取るタイプだとは思ってなかったから……!」
「お前は散々オレに触れてきただろうが」
「ええ!?」

一瞬何を言われているのか理解出来なかったけど、もしかしてマイルームでセリフを聞くために画面に触っていた事を指しているのだろうか。それは画面越しだったから出来たのであって、直接触れるかどうかはまた別の話だ。とにかく、このままだと本当に心臓が止まってしまう。

「あの、とりあえず一旦離れてもらえると……」
「断る」

その言葉と共に引き寄せられ、あっという間に胸の下に腕が回った。気付けばベッドに寝転がり二人で寝る体制になっている。

「え!?なに!一体なに!!」
「ぎゃあぎゃあうるせえ。今日はもう寝ろ」
「いや、絶対眠れないんですけど!?」

大慌ての私とは対照的にオルタはすっかりいい位置を見つけたのか、一切動かなくなってしまった。
やっぱり記憶の中のオルタはこんなにスキンシップをしてくるようなサーヴァントじゃなかったはずだ。どう考えても絆レベルが関係しているとしか思えない。これで絆0だったら今まで私はクー・フーリン・オルタの何を見てきたんだという話になってしまう。

せめてそこだけでもはっきりさせてから寝たかった。いや、そこがはっきりしたからといって何がどうなるわけでもないんだけど。それでも多少は今より納得出来るはずだ。きっと。……多分。
背中から感じる熱に動揺したまま、控え目な声で尋ねてみる。

「本人にこんなこと聞くのどうかと思うけど……。オルタって絆レベルいくつなの?って言って通じる?」
「……」
「あれ、もう寝ちゃった?」
「10から先は覚えてねえな」
「え」

余裕で最初の上限を超えてる上に、しっかりと引き継いでる……。
費やしてきた時間が実際の距離感として現れるのはとても嬉しい。でもこうなってしまうとこちらも気が気じゃない。絶対口には出さないけど、大型犬に懐かれているような、そんな気分だった。絆レベルの高いオルタはこうなるのか。困った。

ここまで距離が近いと勘違いしてしまいそうになる。心臓が持たないのでやめてほしいという気持ちと、最初の頃の淡々とした印象の彼がこんな距離感で自分に接してくれているという嬉しさと、半々だ。
今自分の胸の下に回っている逞しい腕も、うなじにかかる息遣いも、背中から伝わる体温も。全てを意識してしまってどうしようもない。違う。これは、恋じゃない。

そう自分に言い聞かせているうちにオルタは本格的に眠ってしまったようで、静かな寝息が鼓膜を掠めた。もう今日は諦めてこのまま寝るしかないみたいだ。
うるさく動いていた心臓はもう一つの心臓の音と溶け合い、落ち着きを取り戻してきた。強張っていた体の力を抜くと心地よい疲労感に襲われ、瞼が重くなってくる。
こうしてオルタに抱きしめられて同じベッドで眠ているこの状況は、未だに受け止められそうにないけれど。

起きた時には全て夢かもしれないと頭の片隅で考えながら、規則的な寝息につられるようにベッドに意識を沈ませた。







×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -