旅行記Day2


「オルタ。今日の予定は分かってるね?」
「おう」
「よし。じゃあ……食べまくるぞー!」

昨夜二人揃ってぐっすりと眠った私たちは早起きをして、ルルハワ名物が食べられると話題のお店が立ち並ぶメインストリートへ足を運んでいた。
まだ朝の時間帯だというのに人出も多く、道端には屋台や移動販売の車まで見える。まるでお祭りのようなその雰囲気に心を踊らせて、目の前を通り過ぎて行く人々を眺めた。

「すごい活気だね……!まずどこから回ろっか?食い倒れツアーのつもりで来たけど、ブランドのお店なんかもあるみたいだよ。最初に買い物する?」
「欲しいもんなんて特にねえな」
「じゃあ、早速パンケーキ行っちゃう……!?」

彼にそう問いかけ、手に持っていたルルハワの歩き方≠ニポップなフォントが踊る雑誌の表紙を掲げて見せる。
出発前の部屋でこの雑誌を熱心に読んでいた私の姿をソファの背もたれに肘をかけながら隣で眺めていたオルタは、パンケーキと聞いて載っていた写真を思い出したようだ。

「お前の言うそれは、バカみてえにクリームが乗ってたアレか?」
「はいそれです」
「……朝からよくあんなものを食う気になるな」
「スイーツはいつでも食べたいよ!……あ、でもオルタがいまいちであれば他の所でも……」
「いや。お前が食いたいならそれでいい。行くぞ」

ペラペラと雑誌を捲って他のお店を提案しようとしたけど、その必要はないらしい。
よくよく考えれば彼が甘いものを好んで食べている姿は印象にない。それでも私の好みに付き合ってくれようとする発言に、つい嬉しさが込み上げる。
この気持ちが伝わるようにとオルタの腕に自分の腕をそっと絡ませて、その隣を歩いた。





「うわあ〜!美味しそう……!」

この辺りで一番有名なお店に並び、ようやくそのパンケーキと対面する。薄めに焼かれた何枚ものパンケーキが円を描いて並ぶ上には綺麗にカットされたイチゴやバナナが彩られていて、フルーツたちを隠してしまうほどに盛られたホイップクリームには砕かれたマカダミアナッツがちりばめられている。王道のザ・ハワイパンケーキに食べる前から心が弾んだ。

そしてもう一つ。オルタの前に運ばれてきたのはフルーツのスフレパンケーキで、厚みのある一枚のふわふわパンケーキの上にはカラフルなフルーツがこれでもかと盛られている。真ん中にはホイップ代わりに濃厚な色合いのバニラアイスが添えてあって、こちらもすごく美味しそうだ。

正直、付き合ってくれたオルタはコーヒーとか、そういった飲み物だけの注文だと思っていた。彼が店員さんから受け取ったメニューをパラパラと見た後無言でこれを指差したときは可愛いという感情が先走ってしまって、思わずにやけそうになった表情を隠すのが大変だった。

オルタとパンケーキというあまりに見慣れない光景に、頑張って下げた口角がまた上がってくる。

「……何をニヤついている」
「あ、バレた。いや、オルタのパンケーキも美味しそうだなあ〜と思って」
「食いたいのならやる」
「じゃあ後で一口ちょうだい!」

はやく食べよ!とナイフとフォークを手渡す。彼は早速大きめに切り分けたパンケーキにフォークを突き立てると、大きな口を開けてもぐもぐと口を動かした。

「どう?」
「……案外甘くねえな。悪くない」
「ほんと!良かった〜!」

せっかく食べてもらうのなら美味しく食べて欲しいと思っていたのでホッとする。大きな口が二口目を運ぶのを眺めながら、私もお待ちかねのパンケーキを切り分け、美味しさと幸せを同時に噛み締めた。


なんて事はない話をしつつ食べ進めていると、こちらのテーブルをチラチラと盗み見ながら小声で話している二人組の女の子に気が付く。その子たちの視線はオルタに注がれていて、ソワソワと心が湧き立っているように見えた。
そういえば。外に並んで待っている間も道ゆく女の子たちが彼を見て振り返り、キャッキャと楽しそうに話している場面に何度か遭遇したのを思い出した。本人は気が付いていないのか、そもそも興味がないのか、一切気にしていないようだったけど……。

数分前の出来事を思い出して、改めてまじまじと目の前のオルタを見る。今日はいつもの衣装とトゲトゲの装備による禍々しさは一切なく、普段フードで隠れてしまいがちな表情もよく見えて、その端正な顔立ちを際立たせていた。
ガッチリとした体格はそのままに、はだけたシャツから覗く胸元の赤いタトゥーはなんとも色っぽく見える。側から見れば、今どきな服装の美形なお兄さんだ。

少し前の私なら、ここで自分なんか釣り合わないと落ち込んでいるところなんだけど……。今の私は、彼の些細な行動からどれだけ私を想ってくれているのかを日々実感していて、へこむどころか自慢の恋人を褒められているようで鼻高々な気分にすらっていた。
そんな自分の心境の変化に少し驚きつつもじっと彼を見続けていると、視線に気づいたオルタは私の口元を見つめて手を伸ばした。

「ガキか。ついてんぞ」
「えっ?あ、ありがとう……」

口元のホイップクリームを親指で掠め取られ、オルタはその指をぺろ、と舐める。その様子を見ていたらしいさっきの女の子たちから黄色い声が上がり、一瞬で羞恥が突き抜けた。
口にクリームを付けたまま気付かなかった事も、それを拭われ舐め取られるというベタな展開を人に見られていた事も、全ての要素があまりに恥ずかしい。口にクリームなんて、今どき小学生でもやらないんじゃ……。

周りを特に気にする様子もなく甘ぇ。と溢した彼の声は、心の中で頭を抱える今の私の耳には入らなかった。





「めちゃくちゃ美味しかったね……!」

いくらか熱が落ち着いた頃にお店を出る。
席を立つ前、先に会計を済ませていたあの女の子たちに「素敵ですね、お幸せに〜!」なんて声を掛けられる始末だった。オルタはなんの話かよく分かっていないようだったけど、普通に恥ずかしい。お似合いって言われたのは、ちょっと嬉しい。

もう同じ失敗はしないと気を取り直し、次に向かう場所を決めるために雑誌を開くとオルタが一緒に覗き込んでくれたので、何箇所か候補を見せる。

「次、どこにしよっか?たくさん印はつけてきたんだけど、オルタは何か食べたいものある?」
「これ」
「ん〜最高!行こう!」

ガーリックシュリンプにフリフリチキン、マラサダ、トロピカルジュース。私たちはハワイの名物料理を食べて飲んで食べまくった。
オルタが注文する時は無条件でとにかく一番サイズが大きいものを頼むので、受け取った食べ物の量にあんぐりと口を開けてしまう事も多く、人は食べきれないと即判断出来るサイズの料理を見ると笑ってしまう事も知った。

彼の口にどんどん食べ物が吸い込まれていく様子は見ていてとても気持ちが良い。パンケーキの時点でだいぶお腹がいっぱいになっていた私も、オルタが注文したものを少しずつ貰って色んな料理を食べられたのでとても満足だ。

一通り目星をつけていた食べ物を制覇した私たちは、木陰になっているベンチに座ってココナッツウォーターを飲みながら次の場所を考えていた。

「はあ、もうお腹いっぱいで何も入らない……」
「たいして食ってねえだろ」
「オルタくん、それ本気で言ってる……?」
「腹が膨れているのなら何か見に行くか。土産を買うんだろ」
「うん。ちょっと歩きながら色々見てみよ!」





たくさんのお店が並ぶ景観に圧倒されながらストリートをのんびりと歩く中。カラフルな色が並ぶあるお店の前で足を止めた。

「うわ、すごい数のアロハシャツ!こんなに種類があるんだ……」
「それを土産にすんのか?」
「うーん。お土産はもうちょっと他も見てみようかなあ。そういえば、オルタはアロハシャツ着ないの?」

ランサーは黄緑色のアロハシャツを着ているイメージがあったので、純粋に気になって聞いてみる。

「服なんざなんでもいい」
「じゃあ買ってみない?似合いそうだし!」
「オレにはよく分からん。買うのならお前が選べ」
「え、いいの?……それと同じの、私も買っていい?」

こくりと頷いたオルタを確認してから一番身近にあった棚に手を伸ばし、彼に合いそうなシャツを探そうと意気込んだ。





「ん〜!似合ってる!かっこいい!」
「はいはい」
「照れてる?」
「照れてねえ」

悩んだ末、ワインレッドのような赤地に白混じりの黒い花がオシャレにデザインされたアロハシャツを選んだ。やっぱりオルタには赤がよく似合う。
一度可愛らしいスイカ柄とポップなお寿司柄のアロハを両手に持って振り返ったら最大級の顰めっ面をされたので、それはそっと元の場所に戻しておいた。

「このシャツ、お前にはゴツすぎたな」
「いいの。またオルタみたいな色の服が増えたから、満足」
「…………」
「やっぱり照れてる?」
「……照れてねえ」

そっぽを向いて歩き始めてしまった背中に一つ笑みをこぼして、その手を握るために彼の後ろ姿を追いかけた。





夕陽が水面に姿を隠し、辺りが暗くなり始めた頃。
軽くシャワーを浴びて買い出し品の整理をしていると部屋のチャイムが鳴る。扉を開けに行ったオルタと一緒に、藤丸くんとマシュが廊下からリビングへ顔を覗かせた。

部屋の広さにひとしきり盛り上がった後、大きなソファ横のローテーブルに持ち寄った買い出し品を並べて全員でグラスを合わせる。カルデアではこうして時間を気にせずにみんなと話せる機会は中々なく、話が弾む。今日の出来事などを話していく時間は穏やかに過ぎていった。

そうして空き缶と空き瓶がだいぶ増えた頃。絨毯に座っていたマシュが背中のソファに凭れ、両腕を枕に静かに寝息を立てていた。

「眠っちゃったね。疲れてたのかな」
「昨日も今日も活動時間が長かったからなあ。ふあ、俺も眠くなってきた」

気持ちよさそうに眠るマシュを見ると起こすのが可哀想になってしまう。かといってここで寝かせておくよりかはベッドでゆっくり寝て欲しい気持ちもあり、藤丸くんに提案のつもりで話を振った。

「マシュを起こすのも可哀想だし……隣の部屋で寝かせちゃっても大丈夫かな?藤丸くんも、よかったらすぐそこのドアの部屋使って?ツインダブルの部屋だから」
「え、いいの?なまえさんたちは?」
「あっちにもう一部屋寝室があるから気にしなくて大丈夫!」

じゃあお言葉に甘えようかな、と話す藤丸くんも目をしぱしぱとさせていてとても眠そうだ。
早速寝室へのドアを開けて、オルタに声を掛ける。

「オルタごめん。マシュをベッドに運んでもらってもいい?」
「ああ、了解」
「あ、俺が!……俺が運ぶから、大丈夫!」

そう言うと藤丸くんはマシュを起こさないようゆっくりとお姫様抱っこし、寝室の前でこちらを振り返った。

「お先にごめんね。二人とも、おやすみ。また明日」
「……あ、うん!おやすみ!」

パタンと静かに寝室の扉が閉じる。

あれ、私はもしかして今、貴重な瞬間に立ち会ったのでは……!?
マシュが目を覚ましたらこっそり教えてあげようと心に決めて二人が消えていった扉を見つめていると、オルタが立ち上がりダイニングテーブルの方へ向かって行った。

「オルタももう寝る?」
「お前は?」
「私はまだ大丈夫」
「……なら、もう少し付き合え」

新しい氷が入れられた二人分のグラスと、新品のお酒の瓶を持ったオルタがソファへと座り直す。彼はまだ飲み足りないみたいだ。

隣に腰を下ろして注がれたお酒を受け取り、コン、と軽くグラスを合わせる。口をつければ大きめの氷が上唇に触れ、ひんやりとした気持ち良さと度数の高いお酒の熱が喉を通り抜けた。

「っう、美味しいけど喉が焼けそう……ロックだと酔いも早そうだなあ」
「ハ、一杯飲んだらお前は水で割るなり、炭酸で割るなりしとけ」





二人だけの二次会が始まってから、だいぶ時間が経った。
彼は未だにウイスキーをロックで体に流し込んでいる。でもその顔色はいつもと変わらないように見えて、オルタってザルなのかなあとぼんやり考えた。対する私はやけに酔いが回っているように思える。一日中歩き回って、疲れた体にお酒を流し込んだせいもあるのかもしれない。

ふと、瓶の中のお酒が少なくなっている事に気付いて席を立つ。今日たまたま街中で見かけたお酒を持ち出して、テーブルに置いた。

「これ、私と藤丸くんの故郷のお酒なんだ。オルタの口に合うか分からないけど、飲んでみる?」
「……ああ」

小さいグラスにお酒を注ぎ目の前に差し出せば、日本酒特有の匂いが鼻を掠めた。
オルタの喉が上下するのを見つめて私もちょっとだけ飲もうかなと漏らすと、グラスを置いた手で突然顎を掴まれる。

「ん……っ!?」

くい、と上を向かされた私の唇に唇が触れ、そのまま口移しでお酒を流し込まれる。味なんて分からないままごくりと飲み干すと、オルタは私をソファに組み敷き、深く舌を絡ませて来た。

「んっ!?ん…っ、はっ……!」
「っは、……舌、出せ」
「ん、っ」

そう言われると従順に舌を出してしまうようになった自分が少し恨めしい。素直な反応に満足したのか、オルタは差し出された舌をじゅるりと吸い上げた。ぴちゃぴちゃという音にアルコールの匂いが混ざって、さらに酔いが回ってしまいそうだ。

酔心地のふわふわとした思考のまま気持ち良さに身を任せて舌を絡ませていると、熱い手のひらが太ももの内側をゆっくりと撫でる。
あれ?今って、どこにいるんだっけ……?

「ストップ!」
「む、」

口を塞ぐように両手を滑り込ませ、強制的に唇を離す。彼の眉間にはグッと皺が寄っていたけど、今は無視だ。
ここはリビングで、すぐ近くで藤丸くんとマシュが寝ているという状況をしっかりと思い出した私は、二人が眠るドアを指差して小声で話し掛ける。

「二人とも起きちゃうから!せめて寝室に行こう……?」

オルタはすぐには反応を見せず、私を組み敷いたままじっとこちらを窺っている。返事を待つ間目をパチパチさせていると、いつもの意地悪な笑みが浮かぶ顔が寄せられた。

「問題ない」
「何、言って……」
「お前が声を出さなきゃバレねえってことだ」
「む、無理だよ!」
「観念しろ」

これはもしかして、酔ってらっしゃる……?顔には全く出てないけど、オルタは私以上に相当な量を飲んでいるはずだ。
改めてチラリと見たテーブル周りの空き缶や空き瓶の数は見なかった事にしたい。

――これ、まずい。
そう頭では分かっていても、アルコールで判断力が鈍っている体は快感に引っ張られて、再び落とされるキスを易々と受け入れてしまう。
咥内を犯される音に、これから先を想像した体がふるりと震えた。







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