旅行記Day1


「いや〜食べた!美味しかったね!」
「はい!初めてのロコモコでしたが、大満足でした……!」

ホテルのルームツアーを終えた後。ロビーで藤丸くんとマシュと合流した私たちは、近場のカフェで軽くご飯を済ませ現在ワイキキビーチを目指していた。街中からビーチまではそう遠くなくたくさんの人で賑わっていて、道ゆく人々は皆一様に楽しそうな笑顔を携えている。
どこまでもリゾート感のある風景に目移りしながら歩いていると、藤丸くんが思い出したように口を開く。

「そういえばホテルの部屋、すごい豪華じゃなかった?」
「私も一人では持て余すくらいのお部屋でした……」
「えっ二人も?だよね?すっごかったよね……?」
「なまえさんとオルタは同室?ってことは俺たちの部屋よりちょっと大きい?」
「もしかしたらそうかも?あまりにも広いから藤丸くんとマシュを呼んでパーティでもしようって話してたんだけど、今日は初日だし……明日の夜あたりにでもどうかな?」
「最高!お菓子とか買っとくよ!」
「私も勿論参加させて頂きます!楽しみですね、先輩!」

ワイワイあれをやろうこれもやろうと話し合う中で先程から沈黙しているオルタを不思議に思えば、彼はある一点を見つめたまま、それはもう最大級に嫌そうな表情を作っていた。
何事かと釣られるように眺めると、遠くからこちらに向かってくる影が二つ見える。

「あーん!クーちゃん!やっと来たのね!」
「メイヴ、離せ!一人で遊んでられねえのかテメェは!」
「ちょっと!?この私をビーチに一人放置するつもり!?」
「大体なんで俺なんだよ!?お前の取り巻きに相手してもらえっつうの!」

見つめていた一点を追いかけた先にあったのは、ものすごい剣幕で言い争いをしているメイヴちゃんとランサーの姿だった。
オルタは関わり合いになりたくないという感情を露骨に顔に出したまま、その様子を窺っている。

「メイヴちゃん〜!ランサーも!」
「あらなまえ。そのブルゾン、やっと着たのね?まあまあ似合ってるじゃない。でも自分であげておいてなんだけど、やっぱりクーちゃんとお揃いなの、なんかムカつくわね」
「ええ?じゃあメイヴちゃんも着て三人でお揃いにしようよ!」

名案だと自信満々にメイヴちゃんに提案するも私の発言は予想外の返答だったようで、大きなため息を返されてしまった。

「……あんたのそういうとこ、本当に調子狂うわ」
「なまえ、それコイツに貰ったのか?どういう風の吹き回しだ?」
「クーちゃんにあげてなまえにあげない訳にはいかないじゃない。それだけよ」
「ほ〜〜?」
「この話は終わりよ。で?なまえ。私に見せるものがあるでしょう?」
「ん?」
「水着よ、み・ず・ぎ!旅行先で着るとっておき≠ノはどんなものを選んだのかしら?見せてみなさいな」
「え」

メイヴちゃんの言葉に、そういえばとみんなを見る。
オルタの履いているハーフパンツは確かにシャカシャカしてて水着みたいだ。藤丸くんもアロハシャツに合わせているパンツはオルタと同じ素材の気がする。マシュもいつものジャージを羽織ってはいるけど、中は胸元にリボンがついた可愛らしいワンピースタイプの水着を着ているし、メイヴちゃんも白と黒の可愛いビキニだし、ランサーは第二再臨のサーファーのような格好だ。
……あれ?

「えっ!?水着着てないの私だけ!?」
「……なまえってたまに抜けてるとは思っていたけれど。なかなかね」
「嘘……なんで誰も言ってくれなかったの……」

あれだけ忘れ物はないか確認したつもりだったのに……!
もうこのアロハシャツのまま海に入るしかないと決意を固めようとした時、ふわりと優しい香りが鼻腔を掠めた。そしてえなめらかな手つきで腕を絡め取られる。

「メイヴちゃん……?」
「もう、ほんっと世話が焼けるんだから!この私が直々にアンタの水着を選んであげるわ!ありがたく思いなさいな。そうと決まれば行くわよ!」
「あっ、え!?今から!?」
「私は忙しいのよ?ほら、さっさと歩く!」

呆気に取られているみんなを尻目に、絡ませた腕を引いてどんどん歩みを進める彼女に遅れないよう、必死に足を動かした。



「なあ、オルタの俺よお。良いのか?あの二人で行かせて」
「アイツはなんだかんだ言いつつもなまえを気に入っている。何も問題あるまい」
「へえ、意外だな。あの女王サマ相手にはもっと過保護にしてるかと思ったぜ」
「さてな」
「アイツのなまえに対する態度は気まぐれなのか、本当に気に入ってんのか。まあ、どちらにせよお前への嫌がらせでなまえを自分のものにしそうなところはあるな!」
「……笑えねえ冗談だ」





「どうかしら?私の完ッ璧な見立ては?」
「めっ……メイヴちゃんサイコー……!本当に、すっごく可愛い!けど、ワンピースタイプじゃなくて大丈夫かな?」
「はあ?あんた、私のプロデュースに文句があるって言うの?」
「めめ滅相もございません!」

メイヴちゃんはお洒落なショップに着くと、すぐに顔馴染みらしい店員さんに一声かけ私を試着室へ押し込んだ。
最終的にこれだ!と推してくれた水着は、オルタの髪色のような深青のクリスクロスのビキニで、バストの下が太い紐でクロスしているタイプだった。紐は背中で結べるようになっていて、体をひねると背中で結ばれた大きいリボンが見えてすごく可愛い。
パンツは黒のすっきりとしたタイプで、サイドにささやかな赤いオーガンジーのリボンがついているという、またなんとも彼を連想してしまうような色合いだ。オーソドックスなビキニほど露出が多いわけではないにしろ、こんな水着を着るのは初めてで……多少の恥ずかしさはあれど、オルタのような色合いの水着を大変気に入ってしまった私は即決でOKを出してしまった。

メイヴちゃんは水着が決まるとあっという間に髪型も合うようにアレンジしてくれて、いよいよ彼女に足を向けて眠れないなと心の中で呟く。

「まあ私には到底及ばないけど。あんたもまあまあ良い女なんだから。背筋を伸ばして、自信を持ちなさい」
「ふふ。……うん。いつもありがとう、メイヴちゃん」
「はあ?別に、お礼を言われるようなコトじゃないわ!せいぜいクーちゃんに愛想尽かされないようにすることね!」

そっぽを向いてしまったメイヴちゃんに今度は私から腕を絡ませると、少し驚いた顔をした彼女にほんと生意気、と笑いかけられる。
嬉しい気持ちのまま笑みを返して、絡ませた腕をそのままにみんなの待つビーチへと戻るのだった。





夕陽が海に浸る。
あたり一面のオレンジがもうすぐ夜の色に染まっていく頃、海を満喫し終えた私たちはさざ波の音を背にホテルへの帰路についていた。藤丸くんとマシュは途中で締切に追われるサーヴァントからのヘルプが入ってしまったので、残ったのはなんとも不思議な組み合わせの四人だ。

「それじゃ。まあ、なかなか楽しめたわね。また時間があれば遊んであげても良いわよ?」
「うん!またねメイヴちゃん。水着、本当にありがとう。ランサーもまたね!」
「おう。じゃあ、俺はこれで……」
「ちょっと。青いクーちゃんはまだ付き合って貰うわよ。それじゃ、クーちゃんまたね〜!」

賑やかに遠ざかっていく二人を見送って大きく手を振る。
その姿が見えなくなった頃、隣から深いため息が聞こえた。

「やっとやかましいのがいなくなったな」
「賑やかで楽しかったね。それにしても……やっぱりクーちゃんって呼び方可愛いなあ。私もオルタのことクーちゃんって呼ぼうか な?」
「却下だ」
「ええ即答すぎる」

やっぱりダメかと残念がる中、オルタが私の頭から爪先まで視線を滑らせている事に気が付く。突然どうしたんだろう。

「何かあった?」
「……似合ってるな」
「ん?」
「水着。髪型も。お前に合っている」
「え。あ、ありがとう……」

メイヴちゃんとビーチに戻った時にみんなが水着姿をたくさん褒めてくれたけど、オルタは特に何を言うわけでもなかったので反応が気にはなっていた。まさかこうして二人になったタイミングでストレートに褒められるとは思っていなかっただけに、その……とても嬉しく感じてしまう。
でも、改めて面と向かって褒められると、少し恥ずかしいものだ。

私は照れ隠しにと彼の手を握って、ホテルまでの道を辿っていった。





一日の疲れをシャワーで流して、髪を乾かして。キングサイズのベッドにダイブする。
ひっくり返って天井を見上げればいつもと違う景色。お洒落なシーリングファンが静かにくるくると回っていた。

リビングから続いていたドアのうちの一つがここだ。もう一つのドアも寝室になっていて、そっちにはダブルベッドがツインで備え付けてあった。あの広さのリビングなのでベッドルームが二つあるのは納得だ。ツインの部屋で寝てもよかったけど、オルタとはいつも同じベッドで寝ているせいもあり、自然とこちらに足が向いてしまった。でも、私の部屋のベッドはこんなにふかふかじゃないし、こんな肌触りの良いナイトウェアもない。本当に旅行先なんだなあ……。

お風呂上がりで脱力している体をベッドに沈ませながらそう考えていると、ガチャ、と扉が開く音がした。
起き上がり、扉を見る。そこには想像通りオルタがいた。シャワー終わりの彼は頭にかけたタオルでガシガシと怠そうに濡れた髪を拭いている。
私と同じナイトウェアは下だけ穿いていて、上半身は何も着ておらず、美しく付いた筋肉には髪から伝った水滴が落ちていた。いつも後ろに流している前髪は珍しく下ろされ彼の目にかかり、なんだかいつもより少し幼く見える。
思い返せば、こんなにまじまじとお風呂上がりのオルタを見るのは初めてかもしれない。

その姿に釘付けになっていると、下ろされた前髪の間から瞳を覗かせたオルタと目が合う。私の視線に気づいた彼は、口角を上げて悪い顔をしたままベッドに近づいた。

「何をそんな熱心に見ている?」
「いや、なんか……髪型とか新鮮だなと思って……」
「こっちの方がお好みか?」
「どっちも!好きです!」

力いっぱいそう答えた私に、そうかよ、と笑みを含んだ声が降る。オルタは私の頬に手のひらを添えて、反対側の頬にキスを落とした。くすぐったさに笑いながら彼の胸元に手を添えると、今は結われていない水分を含んだ後ろ髪がぱさりと腕にかかる。こんなに綺麗な髪なのに、乾かさないでいたら傷んじゃうかも……。

そんな事を考えているうちに吐息が首筋をなぞったので、慌てて目の前の胸板を押し返した。

「オルタ、髪!乾かさないと!」
「あ?どうでもいい」
「ええ!?じゃあ、私が乾かしてもいい?」
「……構わんが。男の髪なんぞ乾かして何が楽しい?」
「やった!実はずっとやりたかったんだ〜」

オルタは何か言いたそうな様子だったけど、髪を乾かす事を快諾してくれた。シャワーを浴びる時はだいたい時間がかからないオルタが先なので、私が上がる頃には彼の髪はいつも不思議と乾いてしまっている。なのでこんなチャンスはないと張り切ってドライヤーとブローブラシを準備した。

ベッドの淵に腰掛けている彼の背中に回り、タオルで軽く水気を取ってからドライヤーの風を優しく当てていく。ブラシで丁寧に髪を梳かせば、広くて逞しい背中に色艶の良い青い髪が広がってとても綺麗だった。
思わず髪の間に指を滑らせると、あまりのサラサラ具合に驚いてしまう。なんだこれ、素直に羨ましい……!

一通り乾かし終わったら今度は前に周って、後ろとは違って短めに整えられた前髪に指を通してわしゃわしゃと乾かしていく。その間もオルタは何も言わずに、瞼を閉じてされるがまま私に髪を乾かされていた。

水を含んで黒に近くなっていた髪色は徐々にいつもの青色を取り戻し、深青へと変わっていく。
名残惜しいけど、もう綺麗に乾いてしまったみたいだ。

「はい、おしまい」
「ん。満足したのか」
「うん。大満足」

部屋の電気を消してオルタと一緒にベッドに入れば、すぐに眠気が追いかけてくる。もぞもぞ動いてオルタの胸元の近くに潜り込むと、腰に手が添えられぐっと引き寄せられた。オルタの手のひらはそのまま優しく私の頭を撫で、髪を梳く。その感覚はさらに眠気を誘い、明日の予定を整理する余裕はなさそうだと諦めて瞳を閉じた。

夢に片足を浸けたまま、小さくおやすみと呟く。返事の代わりに額に落とされたリップ音を聞きながら、私の意識は夢の中へと沈んでいった。







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