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 ほぼ毎週末、大野さんは華さんの家を訪れる。そして他愛もないことを話し、夜遅く、または早朝に帰っていく。
 規則正しい仕事なのだなと思う。「トラ」は、家にいることもあったしいないこともあった。それは、毎週末、とか周期が決まっているわけではなかったので、彼は不規則な仕事をしていたのだとあとになって分かる。
 今日は、華さんの二十六歳の誕生日だ。僕がそれを知っているのは、先週大野さんが来たときに、ふたりでその日はご飯を食べに行こうねという話をしていたからだ。おい待て、僕のご飯はどうなる。そう思ったことを、よく覚えている。
 今日、宣言通り華さんは家にいない。僕のためにフードが皿にあけられていて、窓もちょっとだけ開いていた。
 帰ってくるのかどうかは知らない。けれど、僕としては外に出られる環境とご飯があればそれはどうでもよいことだった。
 けれど。華さんは出かけるとき、あまりうれしそうではなかった。誕生日なのに、大野さんがお祝いをしてくれるのに。
 たまに、昼間外を歩いていると、見知らぬヒトにゆっくりとまばたきをされることがある。どうやら、こちらを攻撃する意思のないこと、仲良くしたいことを伝えようとしてはいるらしいのだが、知らない、こちらが好きでもないやつにそんなことをされても戸惑うのがふつうである。
 つまりそういうことなのかな。

「トラはどこへ行っちまったんだろうね」

 姐さんがぼそりと呟く。僕のことではないことがすぐに分かる。
 僕が最後に「トラ」を見たのは、去年の冬だった。つまり、一年ほど前。いつものように華さんの家に来て、華さんが仕事から帰ってくる前に家を出た。それきりだ。
 そのとき、「トラ」はたしか、僕にこう言った。

「華さんのことよろしく頼むな」

 よろしく。って。
 猫にはヒトを守ることも支えることも世話することもできないのに、何を言ってるんだと。

「僕、思うんだけど」
「何さ」
「トラって、華さんのこと嫌いになったんじゃないよね」

 華さんのことを嫌いになって消えたのなら、よろしく、なんて言葉は出ないはず。
 「トラ」がいなくなってからの華さんは悲惨だった。毎日疲れたように「おもかげ」を引きずって、ひどいときは僕が集会に出かけた夜中から、帰ってくる未明まで泣き明かしていることもあった。
 それを癒したのが、大野さんだ。大野さんが家に来るようになってから、華さんは「おもかげ」を相変わらず引きずってはいるけれど、泣いたりしなくなった。だから、余計に、どうして華さんが大野さんを愛していないのかが理解できないんだ。

「ヒトにはいろいろあるんだろうよ」

 分かったような口ぶりで、姐さんは枯れ葉をつつく。
 いろいろってなんだろうか。嫌いになったわけでもないのに、傷つけてまで華さんのもとを離れなければならなかった理由ってなんだろうか。
 集会には、いろんな猫が集まる。僕のような家猫から野良まで、幅広く。もちろん、家から出してもらえない可哀相な猫も、たぶんいるにはいるんだろうけれど。たとえば華さんのアパートの向かいに建っている一軒家の窓から、白い、血統書でもついていそうな猫がこちらを覗き込んでいるのを知っている。
 その中でも、姐さんが僕に特によくしてくれる。それは、僕が華さんの家の猫だから。姐さんは、華さんの家の常連だったのだ。

「面倒くさいね、ヒトって」

 もしも「トラ」が、何かのっぴきならない理由で華さんの前から消えたのなら。
 それが、そののっぴきならない理由が、華さんよりも優先順位が高かったのなら。

「ヒトってのは、単純に生きられないようになってんだよ」

 猫の僕には分からない。「トラ」が、最後に(おそらく)決死の覚悟をして僕を撫でた理由が。


20150904
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