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「うっ……腹いてぇ」

 あたしは、保健室まであとちょっと、という廊下でダウンしていた。なんでこんなに腹が痛いんだ、昨日は何も変なものは食ってないはず……ご飯に唐辛子ふりかけかけすぎたか? いや、いつもと同じくらいだったはず……何食べたっけ、まず家着いてのり塩ポテチだろ、チョコパイ三つにあられにせんべい、ジュースしこたま飲んでプリッツ食べて、夕飯の酢豚二回おかわりしてご飯山盛りでがっつりいって、まいたけの味噌汁も飲んで、食後はゼリー食ってコンソメポテチ食ってポッキーとインスタント麺と……あとアイスも二本食べたな。うん、何も変なもん食ってないよ。なのにどうしてこんなに腹が痛いんだ。
 あと数十歩で保健室、というところであたしは倒れ込んでいた。と、そこにぱたぱたと足音が聞こえる。

「真中さん!?」

 おおっとこの声は、成績優秀スポーツ万能、バスケ部所属の女の子に大人気なイケメン東堂くんの声ではござらぬか? そんなことを思っていると、急にあたしは浮いた。

「へっ」
「頑張ってね、もうすぐ保健室だから」

 今の自分の状態を確認してみる。あの東堂くんに横抱きにされている。いわゆるお姫さま抱っこってやつだ。ちょ、何この状態。
 ハズイって! あたし一応女だけどさ、これはハズイって! 東堂くんの恥知らず! このまま保健室に乗り込むつもりかよ!? 先生になんて言い訳すればいいんだよ、このカス!
 あたしのそんな内なる叫びもむなしく、東堂くんは保健室のドアを開けてしまった。足で。

「あら、どうしたの?」
「いや、真中さんがそこで倒れてたんで……」
「あらあらあら、とりあえずベッドに寝かしてあげなさい。真っ青よ」
「うー……」

 東堂くんがあたしをベッドに寝かせる。ようやく解放されたぜ……。

「どうしたの、真中さん。サボり以外でくるなんて珍しいじゃない、健康優良児のくせして」
「じ、実は腹……や、おなかが痛くて……」

 東堂くんの手前、一応猫をかぶってみる。

「昨日何食べたの?」

 説明すると、東堂くんがぶっと吹き出した。何この失礼な人。ぶっ殺しちゃうよ。

「はい、分かりました」
「賞味期限切れのものなんて食べてないですよ」
「病名は、食べすぎです」

 ついに東堂くんが大笑いした。マジぶっ殺決定。最悪だ。

「真中さん、おもしろいね」
「そうかな……」

 ぽりぽりと頬を掻く。クソッ、よりにもよって東堂くんに借りをつくるとは、真中すず、一生の不覚!

「あの、クラスの皆には内緒にしてね」

 精一杯猫をかぶってそう言うと、東堂くんは笑いながら頷いた。

「分かってるよ。じゃあ、俺もう授業に戻るね」

 颯爽と去っていく東堂くんの背中をぼんやり見ていると、先生に話しかけられた。

「東堂くん、やっぱり格好いいねえ。まさか病人をお姫さま抱っこで連れてくる子がいるなんて思ってもなかったわ」
「死ぬほどハズかったっつの!」
「あら、元気ね。一時間休んだら教室帰んなさい」
「はーい……」

 ああ、この借りどうやって返そうか。つくりっぱなしは性に合わねー、というか、借りつくったまんまなんて末代までの恥だ。今度いちごミルクでも奢ってやるか、うん。


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