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 嘘でしょ、の言葉も出なかった。
 音に驚いたのか、豆太郎が唸るように吠えている。けれどそれも遠くで聞こえているような、不思議な感覚だ。現実感がない。
 シンクの中にぶちまけたコーヒーが、静かに静かに排水溝に流れていき、銀色のシンクが濃い茶色に染まる。
 僕は呆然として、粉々になったマグカップを見つめていた。



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