「さっき俺がつねったときは、たぶんあれ狸寝入りだね」
「え?」
「旭さんが名前呼んだら目開けるとか、ドラマじみてて笑えない」
「りっくん、何言ってんの?」
あ、しまった。つい、本音が口をついて出た。僕ははっと口を覆ったけど、すずは訝しげな顔で僕を見ている。
「どうしたの? りっくん、変だよ」
「……変だよ。知ってる」
大学の講義をわざわざ捨ててきて、ここですずとけんかなんかしたくないけど、ため息が出るのは止められなかった。
すずが顔を曇らせる。
「あーちゃんのこと、きらい?」
「……」
きらいだよ。
「別に。すずの弟だし、きらいなはずないじゃん」
「うん……だよね」
だいっきらいだよ。
眉が寄る。口角が下がる。目が細くなる。
「じゃあ、俺、大学に……今から行っても、講義終わってるか」
「あ、ごめ……」
「いや、俺がこっちを選んだんだから、別にいいんだけど。出席取るやつじゃないし」
シャツの胸ポケットから伊達めがねを出して装着する。あまり、すずが他人の感情の機微に鋭いほうでないことは知ってるんだけど、目の奥にある感情を読まれたくなかった。
「ていうか、すずも同じ講義取ってるのに、俺だけ気にしてるなんて、おかしいね」
はは、と笑うと、すずも、あそうか、と言って笑った。
そう、笑っててよ。泣いたり、しないでよ。あゆむくんなんかのために、さ。
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