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「よう」

 一ヶ月ぶりに、従兄が帰ってきた。学校から帰ってきたミキは、鍵が開いているのを若干不審に思ったが、玄関の靴を見て合点した。リビングで従兄がくつろいでいる。

「どしたの」
「どしたも何も、ここ俺の家」
「いや、そうだけど」
「まあ、いわゆる、実家に帰らせてもらってる状態?」
「……」

 男のくせに、とは言わなかった。のんきにテレビを見ている従兄に、そういえば言わなくてはいけないことができたのだと思い出す。

「あのさ」
「ん」
「坂本春菜の」
「シャラップ! その名を俺の前で口にするなと言ったはずだ」

 一気に、従兄の表情が般若の面のそれになる。この間古典か何かの授業で、般若は女だと聞いたが、この従兄は女々しいし別にいいだろうと思う。

「……妹と付き合ってる」
「妹……いたなあ、そんなの」
「知ってんの」
「見たことないけどね。別れろ」
「いやだよ」
「もしお前と妹が結婚したら、俺あの女と遠縁じゃねえか!」

 結婚。ミキは思わず顔を伏せた。青子と結婚など、まだそんなこと考えたこともなかったが、この先ずっと付き合っていけばそういうことも視野に入れなければならない。青子と結婚……いいかもしれない。そんなことをミキが考えているところに、従兄はぼそっと呟いた。

「ああ、でも、あの女、妹のこと嫌ってたし、別に大丈夫か」
「え?」

 春菜が青子を嫌っていた?
 そんなはずはない、とミキは春菜の顔を思い浮かべる。先日初めて会った際には、青子と仲良く会話をしていた。もうすぐ帰る、と電話までかけてきていたし。ミキは首を傾げる。が、従兄にはそれ以上春菜のことを聞くのははばかられたため、そのまま荷物を置きに寝室に入った。
 そして、空の弁当箱を持ってキッチンへ向かう。弁当箱を洗っていると、背後から従兄が顔を突き出してきた。

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