「青子」
「ん?」
「お前家どこ」
「学校の裏」
「あ?」
二人は、揃って朝の天気予報を見逃した結果、こうなっている。ほかの生徒たちは、さっさと自分の傘や、友人または恋人との相合傘で下校してしまって、テスト期間前なので部活もなく、図書室や自習室に数人の生徒が残っているのみだった。ミキと青子は、どちらも傘を持っていないため、昇降口で靴を履き替えたあと、こうしてぼうっとしていた。
ミキのアパートは、電車で二駅離れたところにある。しかし学校から駅までの道のりは、長くはないが短いとも言えず、この土砂降りの中濡れて歩き、さらに電車に乗るのはためらわれる。
「なんでミキちゃんこんなとこ突っ立ってんの」
「見て分かるだろ、傘持ってねぇんだよ」
「あっ、雷」
ごろごろと空が鳴っている。ぴかっと光って、その数秒後に派手な音がした。ミキはとっさに青子を見るが、期待したリアクションは取ってくれなかった。つまりミキは、「きゃあ怖い」とか言われてしがみつかれるのを期待していた。しかし青子は無表情で空を見つめているままだ。
「お前家近いんだったら帰れよ」
「音速って何メートルだっけ」
「話聞け」
音速なんざ知るか。と吐き捨て、ミキはうんざりして空を見上げた。先ほど下駄箱付近にある傘立てを見てきたが、誰かの忘れ物らしき傘はなかった。盗難防止に、傘は肌身離さず持っている生徒が多いのだ。ビニール傘なんてあんな傘立てに挿していた日には、持っていかれても文句は言えない。
「ミキちゃん、帰んないの?」
「見て分かるだろ、帰れねぇんだよ」
「最近枝毛多いなあ」
髪の毛を見ながら青子がミキの言葉をまるで無視する。この女……。ミキは、こんな女を好きになったことを死ぬほど後悔していたが、それで恋心がストップしてくれるわけでもない。
「話を聞けよ」
「ミキちゃん、傘は?」
「だから……!」
「うち来る?」
「……」
頭を抱えかけたミキが、目を見開いて青子を凝視する。これは、誘われている?
もちろん、しつこいくらいに何度も何度も言うが、青子の発言にはまったく、これっぽちも他意はない。恋に焦がれた男の悲しい悲しい妄想である。
「うち近いしー、傘あるよん」
「……」
ここで二つ返事をすればよいものを、ミキの自尊心がそれを邪魔してなかなか答えられないでいた。葛藤がはじまる。落ち着け、コイツは何の含みもなく純粋に困っている俺に手を差し伸べてくれているだけだそれは分かってる、だがしかし好きな女の家だぞ、そうほいほいと邪魔してよいものか……。
「来ないの?」
「……行く」
自尊心は、恋心に負けた。
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